4 / 24
機械師ロン
第四話 メロスの生い立ち
しおりを挟む
「で、結局あの市長は揉め事一つ解決できずに庁舎に逃げ帰ったわけか」
依頼を終えて小屋に帰る最中にまたふらりといなくなり、夜遅くにやっと帰ってきたと思えばこれである。ブツブツと文句を言いながら安酒をあおるその行動に、弟子のロンは不安を覚えた。
ふらふらしていて神出鬼没なのはいつものことである。愚痴をいうこともないことはない。問題はその内容と、酒が絡んでいることだった。
「師匠、お酒なんて飲まずに寝ましょうよ。お酒は身体に悪いですから」
「わかってるよ、くそ弟子。たまに飲むくらいいいじゃねぇか」
やはりおかしい、とロンは警戒心を高めた。グダを巻く感じからして相当に酔いが回っているらしい。日頃から酒で鬱憤を晴らすような人間ではなかったため、よほどのことがあったのだろうと弟子は心配するわけである。
「まぁたまにならいいですけど。それより、市長がどうかしたんですか」
メロスはため息をついて、途端にシラフの顔になった。酔いが回った演技だったのだろうか? 酔ったフリでもしないことには気がすまないほどのストレスだったのだろうか。ロンは気が気でない。
メロスは黙ったまま、酒を床に置いた。そして、ソファに腰を下ろしポツリポツリと語り出した。ゴミ捨て場にあったものを修理し、継ぎ接ぎのカバーを被せただけの小屋唯一の腰を下ろせる場所が、ギィと音をたてて歪んだ。
「俺はな、ヴァンの息子なんだ」
「ヴァンさん、というのが師匠の父上なのですね」
「ああ、そうか。若い者は知らないのかもしれないな。ヴァンというのは革命の英雄メゾンの別名だ。特権階級の出身ながら平等な世界を実現した偉大な人だよ」
「えっ、師匠がメゾン様の……いや、ちょっと待ってください。メゾン様はヒトとしての肉体を捨てた抵抗組織の方のはずです。破壊神との問答で人間の肉体を取り戻したタエ様とは違って、革命後もお子は作れない身体のはず……」
「そうさ、ヴァンという人の実の子はいない。でも俺は、あの方から大切なことをたくさん教わったーー孤児だった俺に機械いじりの楽しさを教えてくれたのも彼だった。養子にしてくれるという話もあったが俺が断った。なんか、俺があの方の子だなんておこがましいと思ったからだ」
メロスは悲しげなまつげをロンに向けた。
「あの方は聡明な人だったーータエ様が亡くなってすぐ、世界に新たな不条理が近づいていることにお気づきになったのだ。それは、同じ民族のなかでの富める者と貧しき者の格差だった」
革命の英雄タエ・モンブランの死後、タエの長男は自らに名誉市民の称号を贈らせた。そして、工場経営者への税金を軽くした。すべて、有力な人間に支持を得たいという打算からきた行動だった。
貧しき労働者に力はなく、彼らをこき使う経営者が優遇される。タエの息子の虚栄心のために、不可逆の格差増大が始まった。それこそ、坂を転がり落ちるように。民族間の平等という理想が実現されてすぐのことだった。
依頼を終えて小屋に帰る最中にまたふらりといなくなり、夜遅くにやっと帰ってきたと思えばこれである。ブツブツと文句を言いながら安酒をあおるその行動に、弟子のロンは不安を覚えた。
ふらふらしていて神出鬼没なのはいつものことである。愚痴をいうこともないことはない。問題はその内容と、酒が絡んでいることだった。
「師匠、お酒なんて飲まずに寝ましょうよ。お酒は身体に悪いですから」
「わかってるよ、くそ弟子。たまに飲むくらいいいじゃねぇか」
やはりおかしい、とロンは警戒心を高めた。グダを巻く感じからして相当に酔いが回っているらしい。日頃から酒で鬱憤を晴らすような人間ではなかったため、よほどのことがあったのだろうと弟子は心配するわけである。
「まぁたまにならいいですけど。それより、市長がどうかしたんですか」
メロスはため息をついて、途端にシラフの顔になった。酔いが回った演技だったのだろうか? 酔ったフリでもしないことには気がすまないほどのストレスだったのだろうか。ロンは気が気でない。
メロスは黙ったまま、酒を床に置いた。そして、ソファに腰を下ろしポツリポツリと語り出した。ゴミ捨て場にあったものを修理し、継ぎ接ぎのカバーを被せただけの小屋唯一の腰を下ろせる場所が、ギィと音をたてて歪んだ。
「俺はな、ヴァンの息子なんだ」
「ヴァンさん、というのが師匠の父上なのですね」
「ああ、そうか。若い者は知らないのかもしれないな。ヴァンというのは革命の英雄メゾンの別名だ。特権階級の出身ながら平等な世界を実現した偉大な人だよ」
「えっ、師匠がメゾン様の……いや、ちょっと待ってください。メゾン様はヒトとしての肉体を捨てた抵抗組織の方のはずです。破壊神との問答で人間の肉体を取り戻したタエ様とは違って、革命後もお子は作れない身体のはず……」
「そうさ、ヴァンという人の実の子はいない。でも俺は、あの方から大切なことをたくさん教わったーー孤児だった俺に機械いじりの楽しさを教えてくれたのも彼だった。養子にしてくれるという話もあったが俺が断った。なんか、俺があの方の子だなんておこがましいと思ったからだ」
メロスは悲しげなまつげをロンに向けた。
「あの方は聡明な人だったーータエ様が亡くなってすぐ、世界に新たな不条理が近づいていることにお気づきになったのだ。それは、同じ民族のなかでの富める者と貧しき者の格差だった」
革命の英雄タエ・モンブランの死後、タエの長男は自らに名誉市民の称号を贈らせた。そして、工場経営者への税金を軽くした。すべて、有力な人間に支持を得たいという打算からきた行動だった。
貧しき労働者に力はなく、彼らをこき使う経営者が優遇される。タエの息子の虚栄心のために、不可逆の格差増大が始まった。それこそ、坂を転がり落ちるように。民族間の平等という理想が実現されてすぐのことだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる