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機械師ロン
第三話 痴話喧嘩
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依頼人の住まいは、スラムにも等しいこの街では比較的恵まれている一画にあった。道路もメロスの住まいの近所に比べれば清潔な方だし、街ゆく人たちの服装も……メロスに比べればだいぶましである。
そのせいか、通行人はメロスと弟子のロンを奇妙なものでも見る目で見た。汚い地区から何の用だ、と遠くから言い捨てる人もおり、また嫌悪感を隠さない人もいた。だがそんな人たちも、メロスが会った市長の生活水準に比べれば大層劣悪な環境にいる。
「ふぅん」
メロスは鼻を鳴らした。みすぼらしい身なりの二人を嫌がる素振りの人の群れのなかに、二人を見たのちに依頼人を見て、得心したようにニヤつく人が何人かいたのである。根っからの善人で疑うことを知らない弟子は気づけないことであった。
メロスの態度が気に食わないのか、メロスが勘付いたことが図星なのかはわからないが、依頼人は足音を大きくたてて肩をいからせて扉を開ける。メロスとロンは住まいに入り、早速仕事の準備に取り掛かった。
「ふぅん……」
壊れたという窓枠と依頼人を交互に見比べては歯を見せてニヤつくメロス。それを不思議そうにロンは見つめる。肝心の依頼人は、修理屋の非礼に怒ることはできないらしい。
「旦那に愛想でもつかされたか」
「なっ……そんなにあからさまに言わなくてもいいでしょう?」
「だってこの破損の仕方はどう考えても外からの衝撃じゃねぇ。内側から叩き破られた跡がある」
「だから何だって言うの? お金は払うからさっさと仕事を済ませて頂戴」
「同情を誘うネタに選んだのが子供だったってのも興味深いな。他所の子でも孕んだのか」
あけすけな物言いは嫌われる。メロスは敵を作る天才なのだ。さすがのロンにもわかる侮辱に、依頼人は激高しかかった。
「ほい、直ったぞ」
「……へ?」
「直ったと言っているんだ。俺は赤の他人が子供関係で喧嘩をして窓を叩き割った挙句、外聞が悪いからと普通の修理屋に修理を依頼できずに偏屈な男に修理を依頼した話になんて興味はねぇ」
「ちょっと師匠それはあんまり……」
「ガチガチに言い当てておいてなにが『興味はない』よ! 興味の精が聞いて呆れるわ!」
依頼人は財布と思しき袋に片手を突っ込み、ワシャアと中身を掴んだあと、それをメロスに投げてよこした。メロスは相変わらずニマニマ笑い、床に散らばった報酬をロンはかき集める。
「それじゃ、毎度ありでしたー」
無気力を絵に描いたような修理屋はハラハラと手を振りながら依頼人の家を出て、それを慌ただしく工具箱を持ってロンが追いかけた。依頼人の事情を知ると見られる近所の人たちが何人かクスクスと笑う。
「師匠、あれはやりすぎですよぉ」
ロンが諌めようとすると、メロスは予想外のことを口にした。
「あれだけ妻が馬鹿にされて、夫は黙っていないだろうなぁ。共通の敵があればまとまる縁もあるんだよ」
ロンにはまだその言葉の意味がわからなかった。
そのせいか、通行人はメロスと弟子のロンを奇妙なものでも見る目で見た。汚い地区から何の用だ、と遠くから言い捨てる人もおり、また嫌悪感を隠さない人もいた。だがそんな人たちも、メロスが会った市長の生活水準に比べれば大層劣悪な環境にいる。
「ふぅん」
メロスは鼻を鳴らした。みすぼらしい身なりの二人を嫌がる素振りの人の群れのなかに、二人を見たのちに依頼人を見て、得心したようにニヤつく人が何人かいたのである。根っからの善人で疑うことを知らない弟子は気づけないことであった。
メロスの態度が気に食わないのか、メロスが勘付いたことが図星なのかはわからないが、依頼人は足音を大きくたてて肩をいからせて扉を開ける。メロスとロンは住まいに入り、早速仕事の準備に取り掛かった。
「ふぅん……」
壊れたという窓枠と依頼人を交互に見比べては歯を見せてニヤつくメロス。それを不思議そうにロンは見つめる。肝心の依頼人は、修理屋の非礼に怒ることはできないらしい。
「旦那に愛想でもつかされたか」
「なっ……そんなにあからさまに言わなくてもいいでしょう?」
「だってこの破損の仕方はどう考えても外からの衝撃じゃねぇ。内側から叩き破られた跡がある」
「だから何だって言うの? お金は払うからさっさと仕事を済ませて頂戴」
「同情を誘うネタに選んだのが子供だったってのも興味深いな。他所の子でも孕んだのか」
あけすけな物言いは嫌われる。メロスは敵を作る天才なのだ。さすがのロンにもわかる侮辱に、依頼人は激高しかかった。
「ほい、直ったぞ」
「……へ?」
「直ったと言っているんだ。俺は赤の他人が子供関係で喧嘩をして窓を叩き割った挙句、外聞が悪いからと普通の修理屋に修理を依頼できずに偏屈な男に修理を依頼した話になんて興味はねぇ」
「ちょっと師匠それはあんまり……」
「ガチガチに言い当てておいてなにが『興味はない』よ! 興味の精が聞いて呆れるわ!」
依頼人は財布と思しき袋に片手を突っ込み、ワシャアと中身を掴んだあと、それをメロスに投げてよこした。メロスは相変わらずニマニマ笑い、床に散らばった報酬をロンはかき集める。
「それじゃ、毎度ありでしたー」
無気力を絵に描いたような修理屋はハラハラと手を振りながら依頼人の家を出て、それを慌ただしく工具箱を持ってロンが追いかけた。依頼人の事情を知ると見られる近所の人たちが何人かクスクスと笑う。
「師匠、あれはやりすぎですよぉ」
ロンが諌めようとすると、メロスは予想外のことを口にした。
「あれだけ妻が馬鹿にされて、夫は黙っていないだろうなぁ。共通の敵があればまとまる縁もあるんだよ」
ロンにはまだその言葉の意味がわからなかった。
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