空域のかなた

春瀬由衣

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最終決戦は避けられぬ

第58話 タイムリミット 

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『五百年前からというもの、人類の知る世界はあまりにも小さいものになった。人の生きられる空気がわずかに残った地区を壁で囲い、そこに人類は定住したが、五百年のときを経て人類は飛び地を得た。
 レジスタンス組織の作戦本部アジトは、壁のなかの小さなコミュニティの存在する大陸から海を挟んだ土地にある。壁の外は瘴気で覆われ人が大人になるまで生きられない世界で海を挟んだ土地に生きる者たちは、瘴気を吸い込み蓄積してしまう、肉体という重い殻を脱ぎ捨てた。
 戦争の駒として使われる黒肌の民には、各人に与えられた専用機があった。運命を共にしてきたその機体と肉体の相互作用により、人体の炭素はすべて新元素ファクロに置換され、金属光沢を示す身体を持つ人間――新人類とでもいうのだろうか、彼らによるコミュニティが形成されている。
 彼らの目的は彼ら自身を苦しめたメストス階級の無力化と革命であったが、決死の覚悟で遂行した急襲作戦も今は休止されている。それどころではない事態が発覚したからだ。』

 という説明を聞いて書庫に籠りっきりになってしまった先輩たちに、日光浴の時間を知らせるのがナルの仕事だった。しかし、これが難しい。太陽光発電で一日のエネルギーを充電する〝新人類〟という自覚が足らないのではないか口をとがらせる。ナルはこの組織の一番の新入りであるのに、その新入りが先輩に説教しなければならないのがどうにも納得できないらしい。
「朝ですよ! 太陽が昇りましたよ! 日光浴の時間ですよ!」
 案の定電池切れで動かなくなっている人間が何人か存在する。人類の存亡をかけて資料を読み漁るのは実に結構だが、倒れてしまっては結局時間が無駄になると何度言えばわかるのだろうか。
「んもう、よっこいせ!」
 ――無駄になるものに、守り役の体力も付け加えておく。普通はこんな風に本人の自覚なくエネルギーが枯渇することなんて考えにくいのに、あの書庫には何があるというんだろうか。
「……なんか癪だから、僕もなにか読むもんね」
 組織の創設者が読み書きのできる人物だったお陰で、この組織ではほとんどの者が字を読める。だが、ナルはここにきて日が浅いため、ごく初歩的なことしか教わっていなかったのだ。
 乱雑に転がされている書物の一つ、赤い帯が綺麗な分厚い装工の本に手を伸ばす。何の気なしに開いた一ページ、ナルは自分の読める文字だけを拾っていった。
「『はかいのかみ、けんげんすとき、しんにこころきよらなものは、かみのよりしろを、』ううん?」
 今から読もうとしたところに影が落ちて読めなくなる。光を探して場所を移動しようとしたら、誰かにがっちりと肩を固定されていた。
「破壊の神、顕現す時、真に心清らなものは、神の依代を弑し、新しき器を捧げ奉るべし」
「あ、あの……?」
 後ろに立っていたのは、さっき部屋の外に引きずり出したはずのメゾンだった。
「『依代を弑し』、か」
「それがどうかしたんですか?」
 ナルは無学ゆえに古風な言い回しを知らない。メゾンは湧き上がる怒りや悲しみを懸命に胸のなかに留め置き、組織の若造の背中を荒く叩いた。
「い、痛いです」
「でかしたぞナル。この一冊は解読不明な文章が多く読むのを後回しにしていたのだ。まさか平仮名だけを読む仕掛けだったとは、な」
 褒めてもらえているのだろうとは言葉でわかったが、肝心のメゾンが顔を影に湿らせているのが気になった。なにか気に障ることをしてしまったのかとナルは気が気でない。
「お前のお陰でタイムリミットに間に合いそうだ。お前は祝いの宴でも用意して来い」
 ポンポンと頭をはたかれて書庫を追い出されたナルはドアの前で立ち尽くす。自分が粗相をしたのでなければ、自分が読んでしまった文章がメゾンを悲しませたのだ。そんな思いが浮き上がっては、しかし検証することもできず消えていった。
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