58 / 78
最終決戦は避けられぬ
第58話 タイムリミット
しおりを挟む
『五百年前からというもの、人類の知る世界はあまりにも小さいものになった。人の生きられる空気がわずかに残った地区を壁で囲い、そこに人類は定住したが、五百年のときを経て人類は飛び地を得た。
レジスタンス組織の作戦本部は、壁のなかの小さなコミュニティの存在する大陸から海を挟んだ土地にある。壁の外は瘴気で覆われ人が大人になるまで生きられない世界で海を挟んだ土地に生きる者たちは、瘴気を吸い込み蓄積してしまう、肉体という重い殻を脱ぎ捨てた。
戦争の駒として使われる黒肌の民には、各人に与えられた専用機があった。運命を共にしてきたその機体と肉体の相互作用により、人体の炭素はすべて新元素ファクロに置換され、金属光沢を示す身体を持つ人間――新人類とでもいうのだろうか、彼らによるコミュニティが形成されている。
彼らの目的は彼ら自身を苦しめたメストス階級の無力化と革命であったが、決死の覚悟で遂行した急襲作戦も今は休止されている。それどころではない事態が発覚したからだ。』
という説明を聞いて書庫に籠りっきりになってしまった先輩たちに、日光浴の時間を知らせるのがナルの仕事だった。しかし、これが難しい。太陽光発電で一日のエネルギーを充電する〝新人類〟という自覚が足らないのではないか口をとがらせる。ナルはこの組織の一番の新入りであるのに、その新入りが先輩に説教しなければならないのがどうにも納得できないらしい。
「朝ですよ! 太陽が昇りましたよ! 日光浴の時間ですよ!」
案の定電池切れで動かなくなっている人間が何人か存在する。人類の存亡をかけて資料を読み漁るのは実に結構だが、倒れてしまっては結局時間が無駄になると何度言えばわかるのだろうか。
「んもう、よっこいせ!」
――無駄になるものに、守り役の体力も付け加えておく。普通はこんな風に本人の自覚なくエネルギーが枯渇することなんて考えにくいのに、あの書庫には何があるというんだろうか。
「……なんか癪だから、僕もなにか読むもんね」
組織の創設者が読み書きのできる人物だったお陰で、この組織ではほとんどの者が字を読める。だが、ナルはここにきて日が浅いため、ごく初歩的なことしか教わっていなかったのだ。
乱雑に転がされている書物の一つ、赤い帯が綺麗な分厚い装工の本に手を伸ばす。何の気なしに開いた一ページ、ナルは自分の読める文字だけを拾っていった。
「『はかいのかみ、けんげんすとき、しんにこころきよらなものは、かみのよりしろを、』ううん?」
今から読もうとしたところに影が落ちて読めなくなる。光を探して場所を移動しようとしたら、誰かにがっちりと肩を固定されていた。
「破壊の神、顕現す時、真に心清らなものは、神の依代を弑し、新しき器を捧げ奉るべし」
「あ、あの……?」
後ろに立っていたのは、さっき部屋の外に引きずり出したはずのメゾンだった。
「『依代を弑し』、か」
「それがどうかしたんですか?」
ナルは無学ゆえに古風な言い回しを知らない。メゾンは湧き上がる怒りや悲しみを懸命に胸のなかに留め置き、組織の若造の背中を荒く叩いた。
「い、痛いです」
「でかしたぞナル。この一冊は解読不明な文章が多く読むのを後回しにしていたのだ。まさか平仮名だけを読む仕掛けだったとは、な」
褒めてもらえているのだろうとは言葉でわかったが、肝心のメゾンが顔を影に湿らせているのが気になった。なにか気に障ることをしてしまったのかとナルは気が気でない。
「お前のお陰でタイムリミットに間に合いそうだ。お前は祝いの宴でも用意して来い」
ポンポンと頭をはたかれて書庫を追い出されたナルはドアの前で立ち尽くす。自分が粗相をしたのでなければ、自分が読んでしまった文章がメゾンを悲しませたのだ。そんな思いが浮き上がっては、しかし検証することもできず消えていった。
レジスタンス組織の作戦本部は、壁のなかの小さなコミュニティの存在する大陸から海を挟んだ土地にある。壁の外は瘴気で覆われ人が大人になるまで生きられない世界で海を挟んだ土地に生きる者たちは、瘴気を吸い込み蓄積してしまう、肉体という重い殻を脱ぎ捨てた。
戦争の駒として使われる黒肌の民には、各人に与えられた専用機があった。運命を共にしてきたその機体と肉体の相互作用により、人体の炭素はすべて新元素ファクロに置換され、金属光沢を示す身体を持つ人間――新人類とでもいうのだろうか、彼らによるコミュニティが形成されている。
彼らの目的は彼ら自身を苦しめたメストス階級の無力化と革命であったが、決死の覚悟で遂行した急襲作戦も今は休止されている。それどころではない事態が発覚したからだ。』
という説明を聞いて書庫に籠りっきりになってしまった先輩たちに、日光浴の時間を知らせるのがナルの仕事だった。しかし、これが難しい。太陽光発電で一日のエネルギーを充電する〝新人類〟という自覚が足らないのではないか口をとがらせる。ナルはこの組織の一番の新入りであるのに、その新入りが先輩に説教しなければならないのがどうにも納得できないらしい。
「朝ですよ! 太陽が昇りましたよ! 日光浴の時間ですよ!」
案の定電池切れで動かなくなっている人間が何人か存在する。人類の存亡をかけて資料を読み漁るのは実に結構だが、倒れてしまっては結局時間が無駄になると何度言えばわかるのだろうか。
「んもう、よっこいせ!」
――無駄になるものに、守り役の体力も付け加えておく。普通はこんな風に本人の自覚なくエネルギーが枯渇することなんて考えにくいのに、あの書庫には何があるというんだろうか。
「……なんか癪だから、僕もなにか読むもんね」
組織の創設者が読み書きのできる人物だったお陰で、この組織ではほとんどの者が字を読める。だが、ナルはここにきて日が浅いため、ごく初歩的なことしか教わっていなかったのだ。
乱雑に転がされている書物の一つ、赤い帯が綺麗な分厚い装工の本に手を伸ばす。何の気なしに開いた一ページ、ナルは自分の読める文字だけを拾っていった。
「『はかいのかみ、けんげんすとき、しんにこころきよらなものは、かみのよりしろを、』ううん?」
今から読もうとしたところに影が落ちて読めなくなる。光を探して場所を移動しようとしたら、誰かにがっちりと肩を固定されていた。
「破壊の神、顕現す時、真に心清らなものは、神の依代を弑し、新しき器を捧げ奉るべし」
「あ、あの……?」
後ろに立っていたのは、さっき部屋の外に引きずり出したはずのメゾンだった。
「『依代を弑し』、か」
「それがどうかしたんですか?」
ナルは無学ゆえに古風な言い回しを知らない。メゾンは湧き上がる怒りや悲しみを懸命に胸のなかに留め置き、組織の若造の背中を荒く叩いた。
「い、痛いです」
「でかしたぞナル。この一冊は解読不明な文章が多く読むのを後回しにしていたのだ。まさか平仮名だけを読む仕掛けだったとは、な」
褒めてもらえているのだろうとは言葉でわかったが、肝心のメゾンが顔を影に湿らせているのが気になった。なにか気に障ることをしてしまったのかとナルは気が気でない。
「お前のお陰でタイムリミットに間に合いそうだ。お前は祝いの宴でも用意して来い」
ポンポンと頭をはたかれて書庫を追い出されたナルはドアの前で立ち尽くす。自分が粗相をしたのでなければ、自分が読んでしまった文章がメゾンを悲しませたのだ。そんな思いが浮き上がっては、しかし検証することもできず消えていった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
なつふゆ
沼津平成
SF
【なつふゆとは?】
どこかの世界。少なくとも地球上にはある。
なつふゆは、地球とよく似た世界。しかし〈管理人〉がいたり、〈狭〉かったりと、地球上とはいろいろ違う。しかし、人間と他の動物の割合は地球と全く一緒。人口密度とか、然り。
▞ 戦禍切り裂け、明日への剣聖 ▞ 生まれる時代を間違えたサムライ、赤毛の少女魔導士と複座型の巨大騎兵を駆る!!
shiba
SF
【剣術 × 恋愛 With 巨大騎士】でお送りする架空戦記物です。
(※小説家になろう様でも先行掲載しております)
斑目蔵人(まだらめ くろうど)は武人である。ただし、平成から令和に替わる時代に剣客として飯が喰える筈も無く…… 気付けば何処にでもいるサラリーマンとなっていた。
化物染みた祖父に叩き込まれた絶技の数々は役立たずとも、それなりに独り暮らしを満喫していた蔵人は首都高をバイクで飛ばしていた仕事帰り、光る風に包まれて戦場に迷い込んでしまう。
図らずも剣技を活かせる状況となった蔵人の運命や如何に!?
勝手に召喚して勝手に期待して勝手に捨てたじゃないの。勝手に出て行くわ!
朝山みどり
恋愛
大富豪に生まれたマリカは愛情以外すべて持っていた。そして愛していた結婚相手に裏切られ復讐を始めるが、聖女として召喚された。
怯え警戒していた彼女の心を国王が解きほぐす。共に戦場へ向かうが王宮に反乱が起きたと国王は城に戻る。
マリカはこの機会に敵国の王と面会し、相手の負けで戦争を終わらせる確約を得る。
だが、その功績は王と貴族に奪われる。それどころか、マリカは役立たずと言われるようになる。王はマリカを庇うが貴族の力は強い。やがて王の心は別の女性に移る・・・
アンドロイドちゃんねる
kurobusi
SF
文明が滅ぶよりはるか前。
ある一人の人物によって生み出された 金属とプラスチックそして人の願望から構築された存在。
アンドロイドさんの使命はただ一つ。
【マスターに寄り添い最大の利益をもたらすこと】
そんなアンドロイドさん達が互いの通信機能を用いてマスター由来の惚気話を取り留めなく話したり
未だにマスターが見つからない機体同士で愚痴を言い合ったり
機体の不調を相談し合ったりする そんなお話です
マスカレイド@異世界現代群像のパラグラフ
木木 上入
ファンタジー
深く巨大な森に囲まれた「ティホーク砦」を巡り、二つの国が熾烈な争いを繰り広げていた。
一つは魔法文化が色濃いグレアグリット王国。
もう一つは、機械的な技術が発展したテルジリア共和国である。
二つの国に、失われた文明が介入する時、物語は加速してゆく――。
巨大ロボあり、魔法ありのファンタジーロボットアクション小説!
------------------------------------
よりよい小説を書くために、Webカンパも受け付けています。
こちらのページからhttp://www.yggdore.com/
https://twitter.com/kikifunnelへお送りください
終焉の世界でゾンビを見ないままハーレムを作らされることになったわけで
@midorimame
SF
ゾンビだらけになった終末の世界のはずなのに、まったくゾンビにあったことがない男がいた。名前は遠藤近頼22歳。彼女いない歴も22年。まもなく世界が滅びようとしているのにもかかわらず童貞だった。遠藤近頼は大量に食料を買いだめしてマンションに立てこもっていた。ある日隣の住人の女子大生、長尾栞と生き残りのため業務用食品スーパーにいくことになる。必死の思いで大量の食品を入手するが床には血が!終焉の世界だというのにまったくゾンビに会わない男の意外な結末とは?彼と彼をとりまく女たちのホラーファンタジーラブコメ。アルファポリス版
Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組
瑞多美音
SF
福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……
「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。
「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。
「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。
リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。
そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。
出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。
○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○
※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。
※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる