空域のかなた

春瀬由衣

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それぞれの戦場

第33話 ケモノの行軍

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 一歩〝それ〟が歩くたびに地響きが起こる。ファスト亜区の兵たちも、それを歩かせる試みは初めてのことで、戦々恐々としながらの進軍であった。
 アルファ、それが獣に与えられた仮の名前。それは首輪を付けられ、足かせを填められ、その不自由を強いる器具からの信号に従って進行方向の敵を口に含み、噛み砕いては次々に吐いていく。
 ファスト亜区は三方を山脈に囲まれた区であった。これまでどの区にも積極的侵攻の姿勢を見せず脅威と見なされなかったからか、区境のメゾン区側の警備は余りにも杜撰ずさんであった。
 向かうところ敵なしで、メゾン区の白い兵士を食らっていく。メストス階級のうちの貧しい家庭の年頃の青年に人気な〝楽な仕事で高給がとれる〟職業であったが、まさか気味悪い大型獣に噛み砕かれるとは思っていなかっただろう。戦闘が起こるとは想定されておらず彼らはまともな戦闘訓練を受けていない。
 アルファの外見はまさしく肌を持たない恐竜のようで、筋肉の筋の上を脈動する血管が縦横無尽に走っており、心臓の鼓動によりドクドクと収縮するのが目に見えるほどだった。アルファに眼球に相当する臓器はないらしく、どうやって周囲の状況を把握しているのかは謎のままだ。
 首より上の形状を見る限り、鳥のように脳は小さいようで、顔の三分の二は大きく開く口だった。
 アルファが歩くたびに敵兵は恐怖の声をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。そんな圧倒的な戦況のなかでも、軍を率いるファストの区長メシアは油断しなかった。
「あれはなんだ?」
「はっ、調べます」
 目のよさから物見に選ばれた少年が、メシアの指差した先を注意深く見据える。メシアが気づいた所属未確認の物体は、確認するのに見上げる必要はなかったが点にしか見えないため、ここからの距離はとても遠いはずだ。少年は目を細めた。
「あれは……」
「どうだ、攻撃の意思を感じるか?」
 少年はかぶりを横に振る。
「いえ……ただ、我々の進軍に従ってなにか視線のようなものの方向を少しずつ変えているように見えます」
 空中にピンで留められたようなその機械は、透明な素材がほぼすべてを占める面を常にファスト亜区軍に向けているように、少年には思えた。
「斥候機の類いか……大砲で破壊せよ」
 区長の命で、五十本の丸太の上を引かれていた大砲が止まった。
 成人男性が屈んだほどの大きさはあろうかという鉛の砲弾を、五人がかりで大砲に充填する。
「用意……放て!」
 砲隊長の号令で周囲の人間は一斉に耳を塞ぎ、聾の従軍者が火蓋をきった。
 轟音が響き、はるか遠くにあった機械は大破した。しかし録画と通信の機能は辛うじて残っていた。
「仕留めたか……?」
 区長は目をこらす。砲隊長が区長に決断を強いる。
「区長、もう一発撃ちますか?」
「……いや、進軍しよう」
 区長メシアは、実のところ砲隊長を信用していない。それは砲隊長が白い肌だったからであろうか、それとも。
 サターニャ区を三機の戦闘機が通過しようとした際に、推測にはなかった対空防衛を三機は食らった。その三機がこれを見ていたら、砲弾の軌道に既視感を感じていたのかもしれない。
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