娼館産まれの人形でも、皇子に娶られる夢を見たい。

空倉霰

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第八話

決して手放したくないもの

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 「――カシュラ、気分はどう? 少し落ち着いた?」

 そんな言葉を漏らしながら、不安げなアイロムが私を覗き込む。

 咄嗟に私はコクリと頷いて見せるも、信用ならぬという風にため息をつかれ。私の額に手のひらをぴたりと添え、さらにもう一度深いため息を。

「そういう変な意地張るの、カシュラの悪い癖だよ。まだ全然熱いじゃない、頭」

 アイロムの柔らかい手のひらが、ひんやりと心地よく感じていた。

 それというのも――微熱、という程でもないのだが。先程から特に顔回りが火照り、全身もぽかぽかと温かいせいだろう。

「呪いを解きたいのは分かるけど、お願いだから無茶しないで。……ね?」

 アイロムは私を抱き寄せ、私の顔が柔らかな胸の中へと沈む。

 ……とても良い香りだった。まるで、蜂蜜を混ぜた温かいミルクのような。

 高ぶっていた神経が徐々に安らぎ、心臓の音がゆっくりと穏やかさを取り戻し。

 ふと大きく深呼吸をして、私はもう一度アイロムと目を合わせた。

「思えば私が落ち着かない時、君はいつもこうしてくれていたな。アイロム」
「お互い様だけどね。……もう少しする?」
「……うん」

 診察室の一角にあるソファーの上で。ひとしきり抱きしめあう、午後一時。

 ――姿を消したファイを追う気力は、流石に無かった。なにより追う以前に私は診察室へと押し込まれ、アイロムとセヴルムから若干のお叱りを。

 そういった緊張からの落差、と言えばいいのか。このアイロムに抱きしめられている感覚が、いつも以上に愛おしく感じていた……。

「少なくともアレで。そう簡単には私を操れなくなったと思いたいが……」

 二人が居るからこその無茶だった。私の人生の中に、アイロムとセヴルムという二人が居るからこそ。あんな無謀な賭けみたいな『意地っ張り』が出来たのだろう。

 自分の人生を取り戻すための、意地の張り合い。……あるいは二人が居なければ。あの少年のように、私も『操られる人生』を選んでいたのかもしれない。

「今はもう何も考えなくていいよ。カシュラはカシュラなんだから。ね?」
「……そう信じたいな」
「ずっと一緒に居た僕が言うんだから間違いないよ。この心が暖かくなる感じ、カシュラ以外じゃ絶対にありえないからさ」

 どちらからと言う事もなく。自然と私達の抱き合う力が、より一層強まっていく。

 その力加減がマッサージにも似ていて、ほのかに眠気が現れウトウトと。

 ――そんな時だった。アイロムの唇が、私の首筋に触れていると気が付いたのは。

「そういえばあの時も、こんな感じだったね」
「……あの時?」
「ほら、初めて会った時の事だよ。木箱に入ってたカシュラを見つけた時。……とっても寒そうにしててさ。抱きしめて暖めてあげたんだっけ」

 それは私が初めて覚えた、『温もり』という感情。凍えるような木箱の中で、ひっそりと震えていた私を。アイロムが見つけてくれた。

「あ、あの時とは随分違うだろう。今は寒いというより熱くてだな」
「ふふ、わかってるよ。強くなったなあって思っただけ。ちょっと寂しいけどさ」

 するとアイロムは――私のドレスの襟元を軽く開き。首筋から鎖骨に沿ってキスを。

 確かなリップ音を響かせながら、次第にアイロムは私に迫り。気づけば私はソファーに押し倒され、キスのこそばゆさに吐息を漏らしていた。

「ね、カシュラ。……ずっと傍に居てね」
「アイロム?」
「この先カシュラにどれだけ大切な人が増えたとしても。僕の事だけはさ、ずっと……」

 ふと脳裏をよぎるのは、先程ファイの前で私が口にした言葉。

 聴こえていたのだろう。セヴルムとアイロム。二人は私にとって、大切な歯車だと。その言葉には正真正銘ウソは無い。無いが、それ故になのかもしれない。

 ……嫉妬。恐らく立場が逆だったのなら。私も同じ事を想う。

 だからこそ私は、彼の背中に両手を回し。今度は私がアイロムを抱き寄せた。

「アイロム。私はずっと、君の傍に居る。今までの君がそうしてくれていたように」
「っ……」
「義理の話じゃない。私が君の傍に居たいんだ。例え私や君の未来に、何が待っていようとも。私は君との人生を生きたい。……セヴルムと出会ってからも、そこが揺らいだ事は一度もないんだ」

 ――次第に。程よい体温だったアイロムの体が、ぽかぽかと火照っていく。

 かよわい力で私のドレスを、きゅっと握り。声にもならないような、きゅぅ~~……というような声が聴こえ。私の胸の中にアイロムが飛び込んだ。

「……約束だからね。カシュラ」
「ああ。約束だ。アイロム……」

 そうして抱き合う穏やかなひと時は。あの木箱から出た直後の時と、よく似ていた。

 お互いが満足するまで、絶対に離れない。後の事を一切考えない、我を忘れる抱擁。

 ……唯一あの頃と違うものを挙げるとすれば。満足してもなお、私達はずっと抱き合っていたという事くらいか。

「カシュラ、ちょっといいかな。検査結果についてなんだが……おおっ?」
「ん~……?」
「す、すまない。取り込み中だったか。また後で出直そう」
「いや、大丈夫だよ。ね、カシュラっ」

 そして丁度いい止め時が訪れると、アイロムは軽やかに立ち上がり。スキップ交じりでセヴルムの横を通り過ぎた。そのご機嫌な様子に驚いたのか、セヴルムは困惑した様子で私を見ていた……。

「な、なんだ? 何かあったのか? カシュラ。すっごい気分がよさそうだったが、彼……」
「ん~……? いや、フフ。なんでもない」
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