娼館産まれの人形でも、皇子に娶られる夢を見たい。

空倉霰

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第六話

自らの意志

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 ――ぷつん。と、糸が切れたような感覚がした。

 例えるならそう、朝から晩まで働き詰めで、ようやくベッドを目の前にした瞬間のような。

 自分がベッドに横たわった事にすら気づかず、急に意識が途切れるあの感覚。

 だが数日の休息に加え、アイロムとセヴルムの手厚い看病。気力はともかく、それほどの疲労が今更残っているハズはなかった。

「っ……!? な、なんだ。一体何が、んあ……?」

 窓から零れた夕陽が、セヴルムの寝顔を照らす。

 その茜色の美しさを閉じ込めるように、セヴルムの両頬に添えられた私の手のひら。

 何故か不自然にシャツが乱れ、襟元から肌がちらりと。

 そしてなにより。そんな無防備な彼にまたがる、この私の体。

 混乱と共に加速する鼓動とは裏腹に。――背徳感のような何かが、私の中にあった。

「さっきまでは昼だったはずだ。だが、どうして。……まさか、これが……?」

 咄嗟に脳裏をよぎるのは、ファイの不敵な笑み。

 しかし部屋を見渡せど彼の姿はおろか、気配のひとつもしない。

 異様なまでの静けさの中で、私はごくりと喉を鳴らしながら、セヴルムの肌へと目を下ろす。

「これも全て企みのうちなのか、ファイ」

 恐らく私は操られていたのだろう。少なくともその間、私に記憶は残らないらしい。

 だがそれにしては不自然だった。仮に私にセヴルムを襲わせたとして、今更何になる? もしくはこうして、動揺する私を見て楽しむ事が目的か?

 ……確かに実際、揺らいでた。だが引き返せぬ程じゃない。

 何もかもを見て見ぬフリすれば、今からでも充分……――。

「……」

 な、はずなのに。どうして離せないのだろう、彼の頬にあてがうこの両手を。

 頭では確かに理解しているのに。身動きひとつすら取れぬまま、緩やかに夕陽が傾いていく。

 穏やかそうなセヴルムの寝息、柔らかな頬の確かな温もり。

 あるいはこの感覚すらも、ファイの掌の上なのだろうか。……「そう感じる」ように、操られている?

 だが私は髪をかきむしり、それを否定した。――この愛おしさに、嘘は無いと。

「……どこまで私を弄べば気が済むんだ、お前は」

 一体それは、〝どちら〟に向けた言葉なのか。今はまだ私自身にもわからない。

 しかし確実にハッキリと、鮮明に理解出来る感覚がひとつだけあった。

 あの飛行船での夜、弄ばれた私の心。そして今もなお術中にあるらしい、私の体。……邪魔はさせない、私の『自由』だけは。

「……カシュラ?」

 やがて両手に力が入り過ぎたのか、虚ろながらにセヴルムが目を覚ます。

 途端に私はセヴルムに体重をかけるようにして、彼の体をベッドへと押し付ける。

「ま、まさか我慢しろなんて言いませんよね。こんな想いさせておいて」

 一呼吸遅れて状況を理解したのか、セヴルムの頬が緩やかに緋色へと。

 そもそも元を辿れば、セヴルムが私をその気にさせた事が悪いのだ。ゆえに私は互いの下着をずらし、飛び出したペニスをぴたりとくっつけ、私はそれとなく腰を上下させた。

「うっ……か、カシュラ。それは……」
「人の体をあんな風に触っておいて。私がどんな想いで耐えてたかも知らないくせにっ……」
「悪いとは、その。思ったんだ。しかし……」
「うるさいっ。それとも何ですか、私にはしたい事をする権利すら無いとでも? ……夢を見せたのは貴方じゃないですか。それならそれでっ……責任……とってっ……くっ……」

 次第に亀頭からカウパー液が漏れ、互いのペニスがとろとろと糸引くように塗れていく。

 私はそれを両手で包み込み、上下させながら根元まで丹念に濡らすと。私は人差し指から小指までをリズミカルに動かし、セヴルムの射精感をより一層煽り立てる。

 ――そして私もまた。放置していた分、快感は凄まじかった。感覚リミッターで制御していてもなお、このペニスの先から溢れ出る気持ちいいソレが、あっという間に私の頭を塗りつぶす。

 ……かき消そうと躍起になっていた。この胸の奥に潜む、『傀儡』という恐怖を。

「何処まで行っても、誰かが私を支配しているっ……。一体私は何処まで『人形』であればいいっ……。誰かの意のままに奉仕し続けてきて、今度はあのファイの人形になれと……? ふざけるなっ……私は、私はっ……」
「カシュラっ……。君は、人形じゃないっ。君は他でもない、ただひとりのっ……」
「うるさいっ……! いいから黙って、今は私にっ……。私に抱かれてれば……! うっ……!」

 やがて絶頂を悟った私は。ラストスパートとばかりに腰の動きを早め、セヴルムと唇を重ね合わせる。

 もう我慢など知らない。ただ己の本当に身を任せるように、舌をまぐわせ、思うがままに動き続け……。

 ――ふと、ある瞬間。私の体が、びくんっ……と、浮き上がった。

「んくっ……んぁぁぁぁぁっっ……!!!!」

 ――びゅ~~~っ……と、溢れ出ていく……白い液体。

 ペニスが脈打ち、亀頭の先を白いのが通り過ぎていくたびに。信じられないほどの快楽が私を襲う。

 恐らくそれはセヴルムを同じだったのだろう。気付けば私達は激しく抱き合い、より一層艶めかしく舌を廻し、互いの射精感を分かち合う。

 今まで溜め込んでいた全てを、思う存分さらけ出すこの感覚は。……やはり中々によいものだった。

「ぷあっ……はぁっ……はぁっ……。……まさか、これで。終わりじゃありませんよね……」

 やがて射精が落ち着いた頃。私はセヴルムを見つめ、そんな言葉を呟く。

 ここまでは濡らすための前戯に過ぎない。互いの愛液と精液が絡み合い、天然のローションが完成した今。

 もはや何を気にする必要があろうか。

「カシュラ……。……最後まで、共に付き合わせてくれ。君の願うままに、君の意志に……」

 私はもう、誰にも操られたくない。人生を左右されたくない。

 仮に今が儚い夢なのだとしても。今この瞬間、今この愛し合いだけは。せめて、私の意志で。――抗いたいんだ。
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