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第五話
凍てついた手のひら
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「へっくし……」
やがて幾ばくかの時が流れた頃。ふとアイロムがくしゃみを零し、夢うつつだった意識がハッキリと。
夜風に当たり過ぎたのだろう。私はアイロムの襟元を正しながら、口元をマフラーへと沈める。
どうにも落ち着かない事ばかりの夜だった。それでもセヴルムが多くを語らず、ただ私達を見守る事に終始してくれていたのは。恐らく彼なりの気遣い。
……何気に、そういう事が出来る男は多くないものだ。
「そろそろ中へ戻ろうか。まだ少し時間はあるんだろう?」
「ええ。一応薬の効き目は、明け方まで続くと聴いていますが」
「それならもてなす余裕はありそうだな。おいで、暖かい飲み物でも飲もう」
そうしてセヴルムが浮かべた、飾りっけの無い無垢な笑顔。
その笑顔を前に、アイロムは何処か不安げな顔を見せていたが。セヴルムと私の表情を交互に見るうち、安心したのだろう。
「良い人なんだろうね、きっと」
セヴルムには聴こえぬ程度に呟いた、その言葉に。私もまた彼に気づかれぬよう、コクリと頷いた。
「……ん……?」
だがその時だった。甲板から船内に入る扉の前で、突然セヴルムが足を止める。
「セヴルム様、どうかし……? え、これは……?」
変に思った私達が覗き込むと。そこにはカチコチに凍った扉がひとつ。
まるで、何かによって凍らされたような。扉は分厚い氷に包まれ、ドアノブに触れることすら出来ない。
「この高度なら辿り着けまいと思っていたが。……そうか、油断していたな」
「……? 一体、なにを」
「そこに居るんだろう、ファイ。姿を表せ。覗き見は趣味が良いとは言えないぞ」
誰も居なくなったはずの甲板に向けて、セヴルムが言い放つ。
釣られ振り向いてみるも、やはりそこに誰か居るようには見えない。
――唯一見えるのは。まるでダイヤモンドダストのように輝く、氷の霧だけ。
『フフ。情に流されて妙な事口走るかと思ってたけど。案外我慢強いんだね、お兄ちゃん』
「っ……。ま、まさかこの声は……?」
氷の霧が不自然に揺れ動き、渦を巻くようにうねり舞う。
咄嗟に私はアイロムを背中に隠し……――、更にその私の前にセヴルムが。
「やっほ~、二人共。さっきぶり。フフ……皇族と一緒に飛空船デートだなんて、案外君達もやるね?」
――あの少年だった。氷霧を纏うようにして姿を現した、セヴルムの弟らしき幼子。
反射的に私の体は強張り、その力みに任せて少年を睨みつけてみた……ものの。当然物怖じするような様子はなく、ただ愉快そうにニンマリと笑うだけ。
「お、怖い怖い。そんなに怒らないでよ。まだ何も悪い事してないじゃない」
「す、するつもりはあるんだね……この子」
「今回はどちらかと言えば、お兄ちゃんの方を見守りに来たんだよ。君達に負けず劣らずで奥手だからさ。――そうでしょ? わざわざこんな飛空艇まで用意なんかしちゃったりして……ねえ?」
前髪の隙間からチラリと見える、少年の妖艶な瞳。そのアメジスト色の瞳が向けられている先は、私ではなくセヴルム。
まるで〝煽情的〟と言わざるを得ないような、淡い上目遣い。
兄弟における「普通」がどんな物かは知らないが。これがこの二人の間での「普通」なら、少し変わっている。
「あまり人の事をからかうんじゃない。そもそも二人に居場所を教えたのはファイだろう? せっかくだからとその機会を使わせて貰っただけだ」
「ホントかなあ。フフフ。実は衛兵に二人を探させてたりして?」
「するはずが無いだろう。そんな事をしたらそれこそ興覚めだ」
「ま、それはそうだけどさ。フフ、まあいいんだよ。それより今ここで姿を現したのには理由があってさ。実はお兄ちゃんにちょっとお願いがあるんだよね」
「……お願い?」
――刹那。少年の瞳が私へ向けられ、咄嗟に私はセヴルムで身を隠す。
しかし少年はそれに構うことなく、優美な靴音と共に近寄り。妖しげな笑顔で私の顔を覗き込むと……優し気な手付きで、私の頬を撫でた。
それは、とても冷たい……小さな手のひらだった。
「ボクにも貸してよ、この子。――今日だけでいいからさ?」
やがて幾ばくかの時が流れた頃。ふとアイロムがくしゃみを零し、夢うつつだった意識がハッキリと。
夜風に当たり過ぎたのだろう。私はアイロムの襟元を正しながら、口元をマフラーへと沈める。
どうにも落ち着かない事ばかりの夜だった。それでもセヴルムが多くを語らず、ただ私達を見守る事に終始してくれていたのは。恐らく彼なりの気遣い。
……何気に、そういう事が出来る男は多くないものだ。
「そろそろ中へ戻ろうか。まだ少し時間はあるんだろう?」
「ええ。一応薬の効き目は、明け方まで続くと聴いていますが」
「それならもてなす余裕はありそうだな。おいで、暖かい飲み物でも飲もう」
そうしてセヴルムが浮かべた、飾りっけの無い無垢な笑顔。
その笑顔を前に、アイロムは何処か不安げな顔を見せていたが。セヴルムと私の表情を交互に見るうち、安心したのだろう。
「良い人なんだろうね、きっと」
セヴルムには聴こえぬ程度に呟いた、その言葉に。私もまた彼に気づかれぬよう、コクリと頷いた。
「……ん……?」
だがその時だった。甲板から船内に入る扉の前で、突然セヴルムが足を止める。
「セヴルム様、どうかし……? え、これは……?」
変に思った私達が覗き込むと。そこにはカチコチに凍った扉がひとつ。
まるで、何かによって凍らされたような。扉は分厚い氷に包まれ、ドアノブに触れることすら出来ない。
「この高度なら辿り着けまいと思っていたが。……そうか、油断していたな」
「……? 一体、なにを」
「そこに居るんだろう、ファイ。姿を表せ。覗き見は趣味が良いとは言えないぞ」
誰も居なくなったはずの甲板に向けて、セヴルムが言い放つ。
釣られ振り向いてみるも、やはりそこに誰か居るようには見えない。
――唯一見えるのは。まるでダイヤモンドダストのように輝く、氷の霧だけ。
『フフ。情に流されて妙な事口走るかと思ってたけど。案外我慢強いんだね、お兄ちゃん』
「っ……。ま、まさかこの声は……?」
氷の霧が不自然に揺れ動き、渦を巻くようにうねり舞う。
咄嗟に私はアイロムを背中に隠し……――、更にその私の前にセヴルムが。
「やっほ~、二人共。さっきぶり。フフ……皇族と一緒に飛空船デートだなんて、案外君達もやるね?」
――あの少年だった。氷霧を纏うようにして姿を現した、セヴルムの弟らしき幼子。
反射的に私の体は強張り、その力みに任せて少年を睨みつけてみた……ものの。当然物怖じするような様子はなく、ただ愉快そうにニンマリと笑うだけ。
「お、怖い怖い。そんなに怒らないでよ。まだ何も悪い事してないじゃない」
「す、するつもりはあるんだね……この子」
「今回はどちらかと言えば、お兄ちゃんの方を見守りに来たんだよ。君達に負けず劣らずで奥手だからさ。――そうでしょ? わざわざこんな飛空艇まで用意なんかしちゃったりして……ねえ?」
前髪の隙間からチラリと見える、少年の妖艶な瞳。そのアメジスト色の瞳が向けられている先は、私ではなくセヴルム。
まるで〝煽情的〟と言わざるを得ないような、淡い上目遣い。
兄弟における「普通」がどんな物かは知らないが。これがこの二人の間での「普通」なら、少し変わっている。
「あまり人の事をからかうんじゃない。そもそも二人に居場所を教えたのはファイだろう? せっかくだからとその機会を使わせて貰っただけだ」
「ホントかなあ。フフフ。実は衛兵に二人を探させてたりして?」
「するはずが無いだろう。そんな事をしたらそれこそ興覚めだ」
「ま、それはそうだけどさ。フフ、まあいいんだよ。それより今ここで姿を現したのには理由があってさ。実はお兄ちゃんにちょっとお願いがあるんだよね」
「……お願い?」
――刹那。少年の瞳が私へ向けられ、咄嗟に私はセヴルムで身を隠す。
しかし少年はそれに構うことなく、優美な靴音と共に近寄り。妖しげな笑顔で私の顔を覗き込むと……優し気な手付きで、私の頬を撫でた。
それは、とても冷たい……小さな手のひらだった。
「ボクにも貸してよ、この子。――今日だけでいいからさ?」
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