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素直な自分になる少年
焚き火を見つめて、焼き芋日和
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「――へっくし……!」
朝一番。目を覚ましたボクがしたのは、まずクシャミだった。どうやら昨日まで漂っていた残暑は、訪れつつある冬の空気に飲み込まれてしまったらしい。
寒い、というほどでもなく。かといって毛布を外して眠れば、風邪をひいてしまう。そんな中途半端な気温に悩まされながら、ボクは毛布片手に窓を開ける。
「ふぁ……。そろそろ長袖とか、買わなきゃかなあ」
文化祭が終わってから一週間ほど。すっかりここから見える景色も、秋のそれに様変わりしていた。
庭先に生えるモミジのような木は、すっかり茜色に染まった葉で覆い尽くされ。一足先に秋服へと衣替え。
そして落ち葉がつむじ風に揺られて、ひらひらと空に浮かび上がり。何処へと当てもなく飛んでいく……。
「あっ。あれ、ラフィール……? 何してるんだろ、あんな所で」
そんな落ち葉を目で追っていくと、庭先にラフィールが立っているのが見えた。庭の手入れでもしているのだろうか、ラフィールは箒を片手に落ち葉を集めていて。何かせわしなさそうにゴソゴソと。
となるとボクも黙っちゃいられない。ボクはベッドの暖かな誘惑を断ち切り、急ぎ足で歯を磨く。鏡で軽く寝ぐせを整え、身だしなみをチェックし。裏口から出てラフィールの元へと急いだ。
「おはよっ。なんか珍しいね、ラフィールが朝早くから落ち葉掃除だなんて」
「ん……? いや、俺がそんな殊勝な奴なわけないだろ。ついでだよついで」
「ついで?」
「ああ。丁度いいヤツが買えたんでな。ほら……」
「……? あっ、これって……! 焼き芋!」
ラフィールが持っていたのは、何個かの大きなサツマイモだった。ボクが知っているものと品種が違うのか、やや紫色が濃い気もするけど。この形状は間違いない。そしてサツマイモと落ち葉と言えば、やる事は一つ!
「秋と言えばコレだろ。せっかく山ほど葉っぱがあるんだ、焼こうぜ」
「わあ……! いいね、ボクも手伝うよっ。大好きなんだ焼き芋……! 」
「だろ? じゃあちょっと薪木集めて来てくれるか、そこらの枝でいいからよ」
「任しといて……!」
そうしてボクは、意気揚々と小枝集めに奔走した。久しぶりに思い出した焼き芋の味にワクワクしながら、小枝をせっせと拾い集め。落ち葉の中に枝を置く。
するとラフィールが、火打石で火をつけたことで、簡単な焚き火が完成。ボクはワクワクしながら火が大きくなるのを見守り、芋を入れられるのはいつかと待ち望んでいた。
「――えっくしっ!」
「っと。はは、風邪ひくぞ。そろそろ半袖じゃキツいだろ」
「んっ! え、あ。ありがとう……」
そうしているうちに体が冷えたのか、もう一度大きなクシャミが出てしまう。するとそれを見たラフィールが、羽織っていた薄手のコートをボクに差し出してくれて。ボクは少し戸惑いながらそれを受け取り、袖を通した。
……暖かい。まだほのかにラフィールの体温が残ってて、冷えた体がジンワリと暖められていく。それにラフィールの匂いが微かに残ってる分、ちょっぴりドキドキしちゃって。そのせいで体が熱くなっているのもあった。
「で、どうだった。文化祭やらの後片付けは終わったのか?」
「あ、うん。昨日で片づけは殆ど出来たかな。後はマサトとかの生徒達だけで大丈夫みたい」
「そうか。まああそこは派手だからそんなもんだろ。おつかれさん」
「あははは……。何て言うか、流石にあそこまで派手だとは思わなかったけど。文化祭っていうかお祭りみたいなものだったしさ」
ボクは焚き火を見つめながら、ラフィールの肩に身を寄せる。コートをギュッと抱きしめながら、何てことの無い話を続けて。いよいよとばかりに芋を焚き火の中へと……。
「……でも、不思議だったな。ラフィールも文化祭に来ると思ってたのに。てっきり茶化しに来るって身構えてたんだけど……」
「ん? ああ……。まあ最近はずっと俺がお前を独り占めしてたからな。たまには二人っきりにさせてやろうかと思っただけだよ」
「……そうなの? 本当にそれだけ?」
「本当だよ。何を疑ってんだオメーは。それともなんだ、来て欲しかったのか?」
「ち、違うわいっ。ラフィールが来たら余計ややこしくなってたから、来なくて良かったって思っただけだよ!」
「ククク……。だろうな。……まあマサトが、俺よりシラカを頼ったのは気に入らねえけど……」
「え? なんでシラカが居たこと知ってんの?」
「おっと、やべ」
ラフィールは話題を逸らすように、焚き火の中の芋を調整した。枝でツンツンとつついて、焦げないようにしているらしいけど……。
「……ラフィール。も、もしかしてお前。どこかでボクらのこと見てたんじゃ……?」
「いやいや、そんなわけ。誰も居ない校舎の中で、お前らがイチャイチャしてたなんて知らねーなあ」
「ッ……!! この野郎ッ!! やっぱり見てたんだなお前っ!!」
「ぶははは! あんだけ派手にヤってたら外から丸見えだっての。外まで喘ぎ声が漏れてたぜ!」
「このっ……! も、もう起こったぞお前ッ。もうお前の焼き芋ナシね! 全部ボクんだから!」
「ああ好きにしていいぜ? だが果たしてお前ひとりで、これだけの芋を食いきれるのかね?」
「ぐぬっ……!」
「まあ仕方なかったと思って諦めるがいいさ。……どのみち俺は、マサトのヤツを見張ってなきゃいけなかったんでな。店まで入る余裕は無かったんだよ」
「……え?」
するとラフィールは芋に枝を押し込み、軽く持ち上げて半分に割った。すると中身は、綺麗な黄金色に輝いていて……とても美味しそう。
「ほれ焼けたぜ。火力強すぎでやんの、すぐにホクホクだ」
「……あ。ありがとう……?」
ボクは訳も分からず片方の焼き芋を受け取り、そこらの石の上に腰掛ける。するとラフィールもボクの隣に座って、もう一つの焼き芋をパクっと口にしたので。ボクもそれに釣られて一口食べてみた。
「ん……! 美味しい……!」
「だろ? ここの芋は旨いんだよ。火が通るのも早いし、気に入ってんだ」
「へえ~、そんな品種があるんだ……。いいね、好き! 無限に食べられそう……! 甘くてフワフワしてる……!」
そうしてボクは夢中で焼き芋を頬張り、時おりはふはふと息を吐いた。するとその息が、僅かに白い霧となって消えていくのを見て。ボクは冬が近いことを悟る。
「今年も秋は短そうだな。年々秋が短くなっていってる気がするんだけど、絶対気のせいじゃねえだろコレ」
「あ、こっちでもそうなんだ。それって。……でもそうだね、秋が一番好きなのにさ。なんか残念だなあ……」
「全くだぜ。どっかに出かけたりするなら、今ぐらいの気温が一番丁度いいしな。……暑すぎず寒すぎない今ぐらいがよ」
「わかる……。って、ん……?」
ふとボクは、ラフィールがボクの腰に手を回していることに気が付いた。あまりに自然な動作過ぎて、触れられているということすらわからなかったけど。
ただ、ラフィールが妙に意味深な顔をしているということだけはわかった。……キスを望んでる、って訳じゃなさそうだけど。ジッとボクの顔を見つめていて。ボクはただ、その瞳に見惚れていた。
「……なあ。そう言えば聴きたいんだが、お前ってさ……。――父上から、何か薬みたいなのを……――」
『ビュオォォォッ……!』
「うわっ! あ、あつぅッ……!」
その時だった。突然大きな風が吹いて来て、焚き火の炎が大きく燃え上がった。その炎が僅かにボクの足を掠めた一瞬、あまりの熱さにボクはのけぞってしまい。思い切り背中から地面に倒れてしまった。
「おい大丈夫か? 火傷とかしてねえだろうな」
「う、うん。大丈夫。ちょっと掠っただけみたいだから」
「……そうか。秋は空気が乾燥してるからな、炎がよく燃えやがる。……ったく。ほら、立てるか?」
「ありがとう……。……いてて。お尻が……」
ボクはラフィールの手を握り、ふらふらと立ち上がる。体についた落ち葉を払い、ふうっと一安心したところで、ボクは思い出した。
「そういえばラフィール、今何か言おうとしなかった? ちょっと聞き逃しちゃったんだけど……」
「ん? ……いや、別に何でもねェよ」
「何でもないってことないでしょ。何か言ってたって」
「だから大したことじゃねえって。……ただアレだ。最近悩んでるみたいな顔してっから、気になっただけだよ」
「えっ。な、悩んでるって……何が?」
「まさかお前、アレで隠し通せてるつもりだったのか? ……はあー。嘘が下手だって聴いてたけど、マジだなこりゃ。下手どころの話じゃねえわアレ」
「うぐっ……。い、良いだろ別にっ。ボクが何に悩んでたって! お、お前には関係ないだろっ……」
「嘘つけ。いいから言ってみろよ、言うだけ楽になんだろ。……それとも俺は、悩みすら打ち明けられない男か?」
「いや、そんなことは一言もっ……! ……ああもう、わ、わかったよ。言えばいいんだろっ。……もう……」
仕方なしにボクは、今まで抱えていた悩みをラフィールに打ち明けた。マサトとラフィール、どちらを選べばいいのか……決められずにいること。だけど仮にどちらかを選べば、一生後悔してしまいそうだという事を。
あえて言うなら、二人共一緒に幸せになりたい。二人と同時に結婚して、二人の子供を産みたい。……だけどそんな中途半端な決断をすれば、二人を傷つけてしまうかもしれない……と。
「なるほどな。だからお前は、マサトの文化祭を手伝ったわけか」
「ぎくっ」
「俺と一緒に居た分、マサトとも居てやらないと不公平だ、とか思ったんだろ。……やれやれ、心配性だねえお前は」
「な、なんだよっ。悪いかよ! こ、こう見えてもボクは、本気で悩んでるんだぞ。……ボクはボクなりに、し、真剣に二人のことを考えて……!」
「――だからそれが考えすぎなんだっての。あのな、恋愛なんて深く考えるもんじゃねーよ。ていうか考えるだけ無駄だって。どれだけ考えても未来のことなんてわからねーし、どの道を選ぼうが後悔する時は後悔するさ」
「……む、むう。そんな気楽な……」
「好きにしたらいいんだよ。……どのみち結果は、変わりゃしねえんだからさ」
「え……? わっ!」
その時だった。突然ラフィールの声色が変わったかと思うと、ラフィールはボクを落ち葉の上に押し倒した。
直後。一瞬の瞬きのうちに、落ち葉が空中にばふんっ……と舞い。その落ち葉をかき分けるように、ラフィールの顔が……目前まで迫ってきて……。
「――最後には、俺を選ばせてやるからよ」
「っ……!」
「マサトがどう足掻こうと、俺はお前を好きにさせてみせる。迷うなんてことが無くなるぐらい、俺に夢中にさせてやる。……そうすればお前も、迷う必要なんて無くなるだろ?」
「……ら、ラフィールっ……」
……思わずボクは、息をつまらせた。なぜならこの時、ボクは改めて……ラフィールの『強さ』の理由を知った気がしたから。
自信があるんだ、ラフィールは。必ずボクをモノにしてみせるという、根拠のない自信……。いや、あるいは決意……?
……ああもう、顔が熱いっ。耳の先まで、血管がドクンドクンと脈打っているのがわかる……。……な、なんで今更緊張なんてしてるんだ、ボクは。慣れてるはずだろ……?
「……ず、随分自信たっぷりだねっ……。何を根拠に、そ、そんなことっ……!」
「根拠ならあるさ。お前がここに居る事こそが、何よりの根拠だ」
「っ……! ち、ちがっ。ボクは……ただ……!」
「まあ好きにしたらいいさ。だがな、忘れるなよ。どちらを選べばいいのか……なんて考えられるのは、今だけだ。……そのうちお前の頭を、俺の事だけでいっぱいにしてやるからよ」
「~~っ……! ……ラフィールっ……お、お前はっ……。……お前はっ……」
ボクはいつものように、生意気な言葉を言おうとした。だけどラフィールの迫力に圧倒されたせいか、上手く呂律が回らない。
……包み込まれてしまいそうだった。ラフィールのこの、大人の余裕というか……。根拠のない自信の中に、埋もれてしまいそうで。……もはやボクは、ただ黙っていることしかできなかった。
朝一番。目を覚ましたボクがしたのは、まずクシャミだった。どうやら昨日まで漂っていた残暑は、訪れつつある冬の空気に飲み込まれてしまったらしい。
寒い、というほどでもなく。かといって毛布を外して眠れば、風邪をひいてしまう。そんな中途半端な気温に悩まされながら、ボクは毛布片手に窓を開ける。
「ふぁ……。そろそろ長袖とか、買わなきゃかなあ」
文化祭が終わってから一週間ほど。すっかりここから見える景色も、秋のそれに様変わりしていた。
庭先に生えるモミジのような木は、すっかり茜色に染まった葉で覆い尽くされ。一足先に秋服へと衣替え。
そして落ち葉がつむじ風に揺られて、ひらひらと空に浮かび上がり。何処へと当てもなく飛んでいく……。
「あっ。あれ、ラフィール……? 何してるんだろ、あんな所で」
そんな落ち葉を目で追っていくと、庭先にラフィールが立っているのが見えた。庭の手入れでもしているのだろうか、ラフィールは箒を片手に落ち葉を集めていて。何かせわしなさそうにゴソゴソと。
となるとボクも黙っちゃいられない。ボクはベッドの暖かな誘惑を断ち切り、急ぎ足で歯を磨く。鏡で軽く寝ぐせを整え、身だしなみをチェックし。裏口から出てラフィールの元へと急いだ。
「おはよっ。なんか珍しいね、ラフィールが朝早くから落ち葉掃除だなんて」
「ん……? いや、俺がそんな殊勝な奴なわけないだろ。ついでだよついで」
「ついで?」
「ああ。丁度いいヤツが買えたんでな。ほら……」
「……? あっ、これって……! 焼き芋!」
ラフィールが持っていたのは、何個かの大きなサツマイモだった。ボクが知っているものと品種が違うのか、やや紫色が濃い気もするけど。この形状は間違いない。そしてサツマイモと落ち葉と言えば、やる事は一つ!
「秋と言えばコレだろ。せっかく山ほど葉っぱがあるんだ、焼こうぜ」
「わあ……! いいね、ボクも手伝うよっ。大好きなんだ焼き芋……! 」
「だろ? じゃあちょっと薪木集めて来てくれるか、そこらの枝でいいからよ」
「任しといて……!」
そうしてボクは、意気揚々と小枝集めに奔走した。久しぶりに思い出した焼き芋の味にワクワクしながら、小枝をせっせと拾い集め。落ち葉の中に枝を置く。
するとラフィールが、火打石で火をつけたことで、簡単な焚き火が完成。ボクはワクワクしながら火が大きくなるのを見守り、芋を入れられるのはいつかと待ち望んでいた。
「――えっくしっ!」
「っと。はは、風邪ひくぞ。そろそろ半袖じゃキツいだろ」
「んっ! え、あ。ありがとう……」
そうしているうちに体が冷えたのか、もう一度大きなクシャミが出てしまう。するとそれを見たラフィールが、羽織っていた薄手のコートをボクに差し出してくれて。ボクは少し戸惑いながらそれを受け取り、袖を通した。
……暖かい。まだほのかにラフィールの体温が残ってて、冷えた体がジンワリと暖められていく。それにラフィールの匂いが微かに残ってる分、ちょっぴりドキドキしちゃって。そのせいで体が熱くなっているのもあった。
「で、どうだった。文化祭やらの後片付けは終わったのか?」
「あ、うん。昨日で片づけは殆ど出来たかな。後はマサトとかの生徒達だけで大丈夫みたい」
「そうか。まああそこは派手だからそんなもんだろ。おつかれさん」
「あははは……。何て言うか、流石にあそこまで派手だとは思わなかったけど。文化祭っていうかお祭りみたいなものだったしさ」
ボクは焚き火を見つめながら、ラフィールの肩に身を寄せる。コートをギュッと抱きしめながら、何てことの無い話を続けて。いよいよとばかりに芋を焚き火の中へと……。
「……でも、不思議だったな。ラフィールも文化祭に来ると思ってたのに。てっきり茶化しに来るって身構えてたんだけど……」
「ん? ああ……。まあ最近はずっと俺がお前を独り占めしてたからな。たまには二人っきりにさせてやろうかと思っただけだよ」
「……そうなの? 本当にそれだけ?」
「本当だよ。何を疑ってんだオメーは。それともなんだ、来て欲しかったのか?」
「ち、違うわいっ。ラフィールが来たら余計ややこしくなってたから、来なくて良かったって思っただけだよ!」
「ククク……。だろうな。……まあマサトが、俺よりシラカを頼ったのは気に入らねえけど……」
「え? なんでシラカが居たこと知ってんの?」
「おっと、やべ」
ラフィールは話題を逸らすように、焚き火の中の芋を調整した。枝でツンツンとつついて、焦げないようにしているらしいけど……。
「……ラフィール。も、もしかしてお前。どこかでボクらのこと見てたんじゃ……?」
「いやいや、そんなわけ。誰も居ない校舎の中で、お前らがイチャイチャしてたなんて知らねーなあ」
「ッ……!! この野郎ッ!! やっぱり見てたんだなお前っ!!」
「ぶははは! あんだけ派手にヤってたら外から丸見えだっての。外まで喘ぎ声が漏れてたぜ!」
「このっ……! も、もう起こったぞお前ッ。もうお前の焼き芋ナシね! 全部ボクんだから!」
「ああ好きにしていいぜ? だが果たしてお前ひとりで、これだけの芋を食いきれるのかね?」
「ぐぬっ……!」
「まあ仕方なかったと思って諦めるがいいさ。……どのみち俺は、マサトのヤツを見張ってなきゃいけなかったんでな。店まで入る余裕は無かったんだよ」
「……え?」
するとラフィールは芋に枝を押し込み、軽く持ち上げて半分に割った。すると中身は、綺麗な黄金色に輝いていて……とても美味しそう。
「ほれ焼けたぜ。火力強すぎでやんの、すぐにホクホクだ」
「……あ。ありがとう……?」
ボクは訳も分からず片方の焼き芋を受け取り、そこらの石の上に腰掛ける。するとラフィールもボクの隣に座って、もう一つの焼き芋をパクっと口にしたので。ボクもそれに釣られて一口食べてみた。
「ん……! 美味しい……!」
「だろ? ここの芋は旨いんだよ。火が通るのも早いし、気に入ってんだ」
「へえ~、そんな品種があるんだ……。いいね、好き! 無限に食べられそう……! 甘くてフワフワしてる……!」
そうしてボクは夢中で焼き芋を頬張り、時おりはふはふと息を吐いた。するとその息が、僅かに白い霧となって消えていくのを見て。ボクは冬が近いことを悟る。
「今年も秋は短そうだな。年々秋が短くなっていってる気がするんだけど、絶対気のせいじゃねえだろコレ」
「あ、こっちでもそうなんだ。それって。……でもそうだね、秋が一番好きなのにさ。なんか残念だなあ……」
「全くだぜ。どっかに出かけたりするなら、今ぐらいの気温が一番丁度いいしな。……暑すぎず寒すぎない今ぐらいがよ」
「わかる……。って、ん……?」
ふとボクは、ラフィールがボクの腰に手を回していることに気が付いた。あまりに自然な動作過ぎて、触れられているということすらわからなかったけど。
ただ、ラフィールが妙に意味深な顔をしているということだけはわかった。……キスを望んでる、って訳じゃなさそうだけど。ジッとボクの顔を見つめていて。ボクはただ、その瞳に見惚れていた。
「……なあ。そう言えば聴きたいんだが、お前ってさ……。――父上から、何か薬みたいなのを……――」
『ビュオォォォッ……!』
「うわっ! あ、あつぅッ……!」
その時だった。突然大きな風が吹いて来て、焚き火の炎が大きく燃え上がった。その炎が僅かにボクの足を掠めた一瞬、あまりの熱さにボクはのけぞってしまい。思い切り背中から地面に倒れてしまった。
「おい大丈夫か? 火傷とかしてねえだろうな」
「う、うん。大丈夫。ちょっと掠っただけみたいだから」
「……そうか。秋は空気が乾燥してるからな、炎がよく燃えやがる。……ったく。ほら、立てるか?」
「ありがとう……。……いてて。お尻が……」
ボクはラフィールの手を握り、ふらふらと立ち上がる。体についた落ち葉を払い、ふうっと一安心したところで、ボクは思い出した。
「そういえばラフィール、今何か言おうとしなかった? ちょっと聞き逃しちゃったんだけど……」
「ん? ……いや、別に何でもねェよ」
「何でもないってことないでしょ。何か言ってたって」
「だから大したことじゃねえって。……ただアレだ。最近悩んでるみたいな顔してっから、気になっただけだよ」
「えっ。な、悩んでるって……何が?」
「まさかお前、アレで隠し通せてるつもりだったのか? ……はあー。嘘が下手だって聴いてたけど、マジだなこりゃ。下手どころの話じゃねえわアレ」
「うぐっ……。い、良いだろ別にっ。ボクが何に悩んでたって! お、お前には関係ないだろっ……」
「嘘つけ。いいから言ってみろよ、言うだけ楽になんだろ。……それとも俺は、悩みすら打ち明けられない男か?」
「いや、そんなことは一言もっ……! ……ああもう、わ、わかったよ。言えばいいんだろっ。……もう……」
仕方なしにボクは、今まで抱えていた悩みをラフィールに打ち明けた。マサトとラフィール、どちらを選べばいいのか……決められずにいること。だけど仮にどちらかを選べば、一生後悔してしまいそうだという事を。
あえて言うなら、二人共一緒に幸せになりたい。二人と同時に結婚して、二人の子供を産みたい。……だけどそんな中途半端な決断をすれば、二人を傷つけてしまうかもしれない……と。
「なるほどな。だからお前は、マサトの文化祭を手伝ったわけか」
「ぎくっ」
「俺と一緒に居た分、マサトとも居てやらないと不公平だ、とか思ったんだろ。……やれやれ、心配性だねえお前は」
「な、なんだよっ。悪いかよ! こ、こう見えてもボクは、本気で悩んでるんだぞ。……ボクはボクなりに、し、真剣に二人のことを考えて……!」
「――だからそれが考えすぎなんだっての。あのな、恋愛なんて深く考えるもんじゃねーよ。ていうか考えるだけ無駄だって。どれだけ考えても未来のことなんてわからねーし、どの道を選ぼうが後悔する時は後悔するさ」
「……む、むう。そんな気楽な……」
「好きにしたらいいんだよ。……どのみち結果は、変わりゃしねえんだからさ」
「え……? わっ!」
その時だった。突然ラフィールの声色が変わったかと思うと、ラフィールはボクを落ち葉の上に押し倒した。
直後。一瞬の瞬きのうちに、落ち葉が空中にばふんっ……と舞い。その落ち葉をかき分けるように、ラフィールの顔が……目前まで迫ってきて……。
「――最後には、俺を選ばせてやるからよ」
「っ……!」
「マサトがどう足掻こうと、俺はお前を好きにさせてみせる。迷うなんてことが無くなるぐらい、俺に夢中にさせてやる。……そうすればお前も、迷う必要なんて無くなるだろ?」
「……ら、ラフィールっ……」
……思わずボクは、息をつまらせた。なぜならこの時、ボクは改めて……ラフィールの『強さ』の理由を知った気がしたから。
自信があるんだ、ラフィールは。必ずボクをモノにしてみせるという、根拠のない自信……。いや、あるいは決意……?
……ああもう、顔が熱いっ。耳の先まで、血管がドクンドクンと脈打っているのがわかる……。……な、なんで今更緊張なんてしてるんだ、ボクは。慣れてるはずだろ……?
「……ず、随分自信たっぷりだねっ……。何を根拠に、そ、そんなことっ……!」
「根拠ならあるさ。お前がここに居る事こそが、何よりの根拠だ」
「っ……! ち、ちがっ。ボクは……ただ……!」
「まあ好きにしたらいいさ。だがな、忘れるなよ。どちらを選べばいいのか……なんて考えられるのは、今だけだ。……そのうちお前の頭を、俺の事だけでいっぱいにしてやるからよ」
「~~っ……! ……ラフィールっ……お、お前はっ……。……お前はっ……」
ボクはいつものように、生意気な言葉を言おうとした。だけどラフィールの迫力に圧倒されたせいか、上手く呂律が回らない。
……包み込まれてしまいそうだった。ラフィールのこの、大人の余裕というか……。根拠のない自信の中に、埋もれてしまいそうで。……もはやボクは、ただ黙っていることしかできなかった。
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