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最後の一人
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兄は、時々私のことを『鷹華』と呼びます。
私の名前は『陽花』で、同じ読み方ではあるので最初は気付きませんでした。
でも、気付いてしまいました。発音が微妙に違いますし、そもそも『鷹華』と呼ぶ時、兄は私を見ていません。
私を通して、私の向こうに居る誰かを見ているとしか思えないのです。
最初はそれが誰なのかわかりませんでしたが、今ならわかります。
兄が語る、前世で兄の妻だったという女性のことなのでしょう。
それが事実なのかそれとも兄の作り話でしかないのか、私に判断は付きません。
ただ、実の妹をそういう目でみるのはどうなのかと疑問に思わなくもないですが、私がもし逆の立場だったのなら、……少しは気持ちがわかるような気がするので、そう厳しいことも言えないかなあ、と思ったりもします。
兄のことは嫌いではないので、もし兄が私を求めるのであれば、応える心積もりだけはしています。
月華は、私が抱いているその覚悟が気に入らないのでしょうね。
でも仕方がありません。
私達は、血をわけた兄妹ですので。
この血の繋がりは、絶対に大切にしなくちゃいけないものなのです。
……というのが、建前です。
本当のところ、私は誰にも興味がありません。
前世も現世も興味がないのです。
……ああでも、もし来世があるのならば。そこで私のことだけを見てくれる、優しい人と一緒になりたいものですね、なんて。
そんなことを思いながら、私は家へと続く夜道を急ぐのでした。
「姉様、お帰りなさい」
妹に迎えられて。一緒にお風呂に入って、ベッドに入って共に眠る。
翌日学校に行けば修司君に捕まって放課後の勉強を約束させられ。
そんな様子を千夏が少し離れた場所から見てニヤニヤしている。
放課後の勉強を終えて、せっかくだから甘い物でも食べて行こうと修司君を誘って『桜花』に行けば、そこでは店長と兄と妹が待っていて。
兄はパニックに陥り、店長は「陽花ちゃんにようやく春が来たか」と嘯く。妹は……兄と修司君を見比べてうーんどっちも微妙、と唸っている。
***
私の周りに居た人達は、色々とややこしくて何だかんだ人間関係で疲れそうな面もあったけれど、でも。
それでも、私は楽しかったのだ。
だから本当は、誰も彼ものことが、私は『好き』だった。
そんな『好き』な人達と一緒に過ごせることの、どれほど尊くて貴重な時間であったのか、と。
そんなことに、未来の私はようやっと気付いた。
遠い遠い未来で。
私は一筋の涙を流しながら思うのだ。
兄が過去を大事に想っていたように、私もまたあの時を大事に想うのだ、と。
だから、私は兄が大切にしていたという人の名前を名乗ろう。
そして、少しずつ少しずつ曖昧になっていく記憶をはっきりと留めて置くために、それらを記録に残そう。
大事な人達のことを忘れないように、大切な思い出が消えてしまわないように、日記として。
私の名前は『陽花』で、同じ読み方ではあるので最初は気付きませんでした。
でも、気付いてしまいました。発音が微妙に違いますし、そもそも『鷹華』と呼ぶ時、兄は私を見ていません。
私を通して、私の向こうに居る誰かを見ているとしか思えないのです。
最初はそれが誰なのかわかりませんでしたが、今ならわかります。
兄が語る、前世で兄の妻だったという女性のことなのでしょう。
それが事実なのかそれとも兄の作り話でしかないのか、私に判断は付きません。
ただ、実の妹をそういう目でみるのはどうなのかと疑問に思わなくもないですが、私がもし逆の立場だったのなら、……少しは気持ちがわかるような気がするので、そう厳しいことも言えないかなあ、と思ったりもします。
兄のことは嫌いではないので、もし兄が私を求めるのであれば、応える心積もりだけはしています。
月華は、私が抱いているその覚悟が気に入らないのでしょうね。
でも仕方がありません。
私達は、血をわけた兄妹ですので。
この血の繋がりは、絶対に大切にしなくちゃいけないものなのです。
……というのが、建前です。
本当のところ、私は誰にも興味がありません。
前世も現世も興味がないのです。
……ああでも、もし来世があるのならば。そこで私のことだけを見てくれる、優しい人と一緒になりたいものですね、なんて。
そんなことを思いながら、私は家へと続く夜道を急ぐのでした。
「姉様、お帰りなさい」
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翌日学校に行けば修司君に捕まって放課後の勉強を約束させられ。
そんな様子を千夏が少し離れた場所から見てニヤニヤしている。
放課後の勉強を終えて、せっかくだから甘い物でも食べて行こうと修司君を誘って『桜花』に行けば、そこでは店長と兄と妹が待っていて。
兄はパニックに陥り、店長は「陽花ちゃんにようやく春が来たか」と嘯く。妹は……兄と修司君を見比べてうーんどっちも微妙、と唸っている。
***
私の周りに居た人達は、色々とややこしくて何だかんだ人間関係で疲れそうな面もあったけれど、でも。
それでも、私は楽しかったのだ。
だから本当は、誰も彼ものことが、私は『好き』だった。
そんな『好き』な人達と一緒に過ごせることの、どれほど尊くて貴重な時間であったのか、と。
そんなことに、未来の私はようやっと気付いた。
遠い遠い未来で。
私は一筋の涙を流しながら思うのだ。
兄が過去を大事に想っていたように、私もまたあの時を大事に想うのだ、と。
だから、私は兄が大切にしていたという人の名前を名乗ろう。
そして、少しずつ少しずつ曖昧になっていく記憶をはっきりと留めて置くために、それらを記録に残そう。
大事な人達のことを忘れないように、大切な思い出が消えてしまわないように、日記として。
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