鷹華を空に、剣を心に

Yuzki

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 旅に出ようと決めた。
 家族のうち、母は私がか弱い女の身であることを案じ反対だと言い、父は何も言わなかった。
「兄様のも全く困ったものですわ。弟子を置いて行くなんて」

***

 兄の帰郷から一週間が経過していた。四六時中、それこそ風呂や厠や寝所までも、剣を片手に兄を追い回した。
 考え得るありとあらゆる策を用いて追い詰めることもした。
 夕食に身体を痺れさせる薬を混ぜた手料理を用意し、可愛らしい桃色の給仕の格好で油断を誘いつつ料理を振る舞ったが、三秒で気付かれて手料理を逆に私の口に押し込まれて失敗した。
 庭の片隅に落とし穴や足を絡め取る罠を多数設置し、そこに兄を追い立てるも、私がその罠に尽く引っかかるよう逆誘導されてこれまた失敗した。
 懐に忍ばせていたはずの短刀は、いつの間にか南国の黄色い皮の果物、ーーばななーーに成り代わっていたのは、未だに兄が何をどうしたのかわらない。
「この時を待っておりました。兄様、お覚悟を。」
 厠に入った兄の後を追い、用を足す兄の背後に立って懐から短刀を取り出し、ーーいや、ばななを取り出して突き付ける私は、さぞや滑稽であったことだろう。
「え……? このほのかに甘い匂いのする黄色は一体?」
「バナナ、というんだよ。最近南国よりもたらされた果物だ」
 厠を出て庭の木陰に兄と二人で座り込み、一口ずつ交互に食べた。とても甘くて美味であった。
 その時だけは、まるで子供の時分に返ったようで心が満たされた。
 そんな和やかな一幕をも含め、賑やかで騒がしく、けれども充実した一週間が過ぎて。
 その七日目に、とうとう兄が認めたのだ。
「我が妹よ。兄はもう認めることとする。これ以上追い回されては、心の休まる暇もない」
 余裕しか見えない苦笑混じりに告げられて、一瞬訝しく思いはしたものの、それ以上に喜びが勝った。
 あの兄に、いやこれからは師匠か。ともあれ、とうとう私のことを認めさせたのだ。であるならば、師弟として行うべき初体験はと言えば、
「そうだな。これから一度真剣に立ち会いを行おう。だがその前に、着替えてきなさい。その格好では色々と見えてしまって都合が悪い」
 この、丈が短く太腿を大胆に見せる給仕服のどこが不満だと言うのか。桃色でとても可愛らしいと言うのに。

 私が着替えて戻ってくると、既に師匠の姿はどこにもなかった。
 だから私は決めた。兄を追いかける旅に出ようと。
 そして、僅かばかりに期待もする。
 この旅で、もしかして鷹華に会うことも叶わないだろうか、と。
 兄の伴侶となるかもしれぬ、まだ見ぬ英雄への期待と希望を胸一杯に詰め込んで。
 追いすがる母の声と思いを振り切って。

 旅慣れぬ女の一人旅というものが、いかに無謀なものであるのか。
 そのことについての理解というか、身に沁みて体感させられたのは。
 故郷を発ってからたったの三日後。
 人は、ご飯を食べねば倒れるのだ。
 無謀にも軽装かつ僅かばかりの食料でもって越えようとした山中で行き倒れ、通りがかった盗賊に保護という名目で連れて行かれた先。
 盗賊達が根城としている、打ち捨てられた山の砦の地下牢に入れられて。そこで私は涙を流した。
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