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二人の夜

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 胸の高鳴りが止まらない。
 鼓動が、私を抱きしめている透子に聞こえているんじゃないかと思うくらいに、激しい。
 いや、きっと聞こえているだろう。
 でも、それがどうしたと言うのだろう。
 いや、きっとどうもしない。
 透子に抱きしめられている今、透子を全身で感じられて、透子の匂いに包まれて、これ以上の幸せなんてきっとない。
 だから私は、これまで力の抜けていた両腕に力を込めて、抱き返す。
 お互いに抱き合う形になって、
「――あ」
 透子の口から、甘い吐息が漏れる。それが私の耳をくすぐる。
 気持ち良いような、心地良いような、温かいような、幸せなような。
 そんな心持ちのまま、私達はただただ、時を過ごす。

 窓の外では、風が暴れている。
 無言で抱き合う私達の耳に、窓が揺れる音が聞こえてくる。
 面白いのは、ちょっと大きな音がする度に、透子の身体が一瞬だけぎゅっと強張ることだ。
「――そういえば、透子。小さい頃は台風怖がってたよね?」
 今のこの状況は、もしかしてもしかすると。
「そ、そんなこともあったわね。今はもう全然平気だけれど」
 やっぱり、そうなのかもしれない。何だかんだ言って、透子は台風が怖いのだ。だから昔みたいに私に抱きついてきているだけで、
「あ、そうだね。もう透子も大人だもんね? なら、一人でも寝られるよね?」
 ちょっとした意地悪を言ってみた。すると透子は慌てて、
「――ッ! だ、大丈夫だけど! でも言ったでしょう? 私は大好きな人をいっぱい感じたいの。だから一緒に寝ましょ?」
「あうぅ……」
 ずっと抱き合ったままなのだ、お互いの声はほとんど耳元から聞こえる。
 透子の甘い囁きという名の盛大なカウンターを貰って、私は変な声が出てしまった。私の完敗だった。

*

 眠ろうと思っても、眠れない。
 自分以外の誰かが隣に居ることも原因の一つではあるのだが。
 窓の外がガタガタと揺れるその度に、透子が身を縮める。だから私が透子の背を優しく撫でて慰める。
 それをずっと繰り返していた。
 敢えて何かを喋らなくとも、お互いの気持ちは伝わっていて、心が繋がっている。そんな気がしていた。
 だがそれも、もうすぐ終わりかもしれない。
 風が暴れる音が段々と小さくなってきていて、窓を揺らす頻度も減ってきているようだ。
「台風が、行っちゃうね」
 ふと、そんなことを呟くと、
「私ね、台風が好きなのよ。なんだかさ、家の外が普段と違う感じがして、気分が盛り上がってこない?」
 透子が、そんなことを語りだす。
「その気持ちはちょっとわかんないかなー。クラスの男子がそんなこと言ってたような記憶はあるけど」
 それにそもそも透子は台風を怖がってるじゃないか、と思いはすれど、口には出せない。
「なあに、それ。私が男子みたいだって?」
 透子の声が少しだけ低くなって、でも、
「でも、私が男の子でもいいのかな。……姫、僕の手を取って頂けますか?」
 掛け布団から天井に向けて、透子が空中へと手を突き出した。
 透子の、王子様にでもなったかのような芝居がかった口調が面白くって、
「はい、喜んで」
 私も手を伸ばした。
 私と透子の手が絡むように繋がる。透子がそのまま私の手を口元に持っていき、手の甲に軽くキスをされた。
 何をされたか理解して、また私の顔が真っ赤に染まっているとは思うのだけれど、最早気にはしていられない。
 頬ではなくて手の甲、頬ではなくて手の甲、だからこんなの何でもない余裕よゆうーゆゆうー、と早口言葉のごとく心の中で連呼して、気持ちを落ち着かせる。
「姫? そろそろ、答えを聞かせて欲しい」
 えっと、何の答えだっけ?
「ほら、もう24時を回って日付が変わったよ? 僕が告白した時、姫は言ったじゃないか」

――台風が来るので、今日の私はお休みです。だから明日の私に聞いて?

 言った。たしかにその時の私は言ったけれど。でも、それは照れ隠しというか、問題を先送りにしたというか、ともかく、
「あのあの、透子ちゃん? もしかして、これ狙ってたの? 日付が変わるまで起きてたのって、もしかして、」
 思えば、そんな節はあった。小さい頃はたしかに台風を怖がっていたが、でも最近はそんなこともなく。
 むしろ私が寝てしまわないように誘導していたような感触すら、
「何のことかわからないなあ。それより姫、どうですか? もっともっと身体と身体の触れ合いが必要ですか?」
「――ッ!!! いいから! そういうのいいから! そんなとこ触らないで恥ずかし過ぎて私死んじゃう!」
「それは困るなあ。永遠の眠りに就く眠り姫になってしまったのなら、目覚めのキスをしないといけなくなる……」
 それは、唇と唇が触れ合う、
「あううぅぅぅ。大丈夫、永眠なんてしないから! 眠り姫になんてならないから大丈夫! だから、」
 ここまで追い詰められ、いやいや、お膳立てされて、答えない訳にはいかない。
 私は、私の気持ちをハッキリと自覚した。
 透子を見ていると、心が温かくなる。
 透子のすることに、心が奪われる。
 透子に触られると、心が跳ね上がる。
 ならば、これは。この気持は、この感情は。きっと親友に抱くものなどではない。
 ならば、答えは決まっている。
「今日で、透子の親友をおわりにするね」
「うんうん。それで僕達の関係は、親友からどう変わるのかな?」
 透子に促され、私は、
「言わなくても、わかるでしょ?」
 透子の頬にそっとキスをした。

*

「頬へのキスだけじゃ物足りな、……ごほん、王子と姫のキスで締めないと、ハッピーエンドとは言えないよね? さあ姫、力を抜いて?」
「もー、この王子様ごっこはいつまで続くのよぅ。恥ずかしくて死んじゃ……あ、眠り姫は駄目だから、えっとえっと、逃げ出しちゃうよ私?」
「もう24時を回ってますからね、仕方ありません。でもガラスの靴は落としていって下さいね? 迎えに行きますから」
「私シンデレラじゃないしー。うわぁ、透子がますますめんどくさくなってるよぅ」

 ふざけ合いながら、お互いの温もりを確かめ合うように抱き合い続ける。
 そのままいつしか私達は眠りに就いて。

――私が逃げ出したのは、夢の中。落としたガラスの靴を手にした透子が迎えに来てくれた。
 そんな、幸せな夢を見た。

*

 台風が来たので、今日で親友をおわりにします。
 台風が去って、今日から私達は――。
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