蟠龍に抱かれて眠れ〜水上の城に死す〜

かじや みの

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1章 ご落胤

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(ここは、どこなんだ・・・)

 目を覚ました景三郎は、天井をぼんやりと眺めた。
 もう何度目か、目が覚めて、この天井を眺めている。

 静かだった。

 町の雑踏はいっさいなく、水の流れる音以外聞こえてこない。
 静かすぎて、どれだけ刻が経ったのか、さっぱりわからなかった。

 わずかに足音がして、障子が音もなく開いた。

「お目覚めにございますか」

 入ってきたのは、当身をくわせた男だ。この屋敷の若党といったところか。

「ここはどこだ」

 男からは、不思議と敵意は感じられない。
 物腰は柔らかく、無駄のない動きで、景三郎の世話をしてくれていた。

 よく鍛えられた身体だということは、半身を起こして水を飲ませてくれたり、着替えさせてくれる腕の感触からも伝わってくる。

 それでいて間近で見る顔は、美術品のように整っていて、男か女かわからないほどだ。
 見惚れて何も言えなくなる。

 寝巻きも布団も極上のものである。
 ここは天国なのではないかと、夢と現を行き来しながら思っていた。

 だが数日経ち、意識が次第にはっきりしてきて、介抱されなくても動けるようになってきていた。

「それはいずれ、主人あるじから話がありましょう」
「主人とは誰だ」
「それもその時におわかりになります」

 布団に半身を起こした状態で、開け放されている障子から庭が眺められる。

 見事な山水の庭に癒されるが、身体が元に戻ってくるにつれて、だんだん居心地が悪くなってきた。

(何をやっているんだおれは・・・)

 布団を跳ね除けて立ち上がった。

 ここはおれが居ていい場所じゃない。

 廊下に出て、出口を探す。

「どちらに?」

 若党が行く手を阻むように膝をついた。

「世話になったが帰らせてもらう」

「いいえ、なりませぬ。これから主人に会っていただきます。その前に、お召替えを」

 確かに病人のような格好だった。

 景三郎がためらっていると、合図をしたのか、小姓が三人出てきた。

 二人が景三郎の脇を抱え、一人が足を持ってひょいと担ぎ上げる。
「わっ、やめろ!」

 暴れるが、少年たちはびくともしなかった。表情ひとつ変えずに運んでいく。

 風呂場に連れて行かれた。

 手際よく裸に剥かれ、湯がかけられた。
 悔しいことに急所をしっかりと押さえられているので抵抗すらできなかった。
 頭からも湯がかけられ、髪を引っ張られた。体もゴシゴシ洗われる。容赦がなかった。

「いてっ! いってえな! もっと優しくできんのか! ボケ!」

 動かせるのは口だけだ。

 一年で身につけた凄みを効かせたつもりだが、一向に効き目がなかった。

 だが、カッと熱くなったせいで、元の自分に戻ったような気がする。

 髪をすかれ、まっさらな絹の着物を着せられた。

 また元の部屋に戻される。

 もう布団は敷いていなかった。

 だが、いくら待っても主人とやらは現れない。

 待ちくたびれて、畳に大の字に寝転んだ。

 秋の爽やかな風が庭から吹いてくる。

 湯あたりしたのか、久しぶりに暴れたからか、疲れてとろとろとまどろんだ。



 ふと目を開けると、見知らぬ男の顔が目の前にあった。

「わっ!」

 思わず身構えたが、男はすっと身を引き、上座についた。

 歳は三十くらいの長身の偉丈夫である。

 一目で主人だとわかる。
 貫禄があって、腕も立ちそうだった。

 景三郎はわざと横を向き、胡座あぐらをかいた。

 何か言うかと思ったが、男はなかなか口を開かなかった。
 かたくなに押し黙ったまま、景三郎を見つめ続ける。

 横を向いていても感じられる熱心な視線である。

 イライラしてきた。
 膝に置いた指を動かしながら耐えたが、我慢できない。

「おい! 用があるんならさっさと言え! ないんやったら帰る」
 言い放つと立ち上がった。

 部屋を出たが、そこには若党が控えていた。

 主人が手招きをした。近くに来いという合図だ。

 景三郎は仕方なく、示されたあたりに立った。

 不遜にも腕組みをして見下ろすが、主人は目を細めて景三郎を見ている。

「吉村右京を見て逃げたそうだな」
「な・・・」

 やっと口を開いたと思ったら、いきなり右京の名が出て面食らった。

「片瀬の家を出たのは何故だ」

「・・・」
 つまった。

(こいつ、おれのことを知っている)

「家を継ぐのが嫌だったのか」
「違う! なんでそんなことを聞きやがる!」

 主人の胸ぐらを掴んだ。

「貴様、何者だ!」

「久松式部だ」

 平然と答えた。

「え・・・?」
 手が離れる。

 久松は藩主家が松平姓を賜る以前の姓である。久松家は藩主家から分かれて代々家老を務める家柄だが、今の当主、式部は藩政に参画していなかった。

 理由はわからないが、別邸に引っ込んだままだという。

「じゃあ、ここは・・・」

 式部は、絶句した景三郎をそのままにして立つと、庭を眺めた。

「さすがは兵衛介だ。よう育てた。・・・だが、一年で余計なものが身についてしまったようだな。いや、その方がかえって良かったやもしれぬが・・・」

 独り言のように呟くと、障子を閉めた。

「その家老が、なんの用だ」

 口調は変わらない。
 景三郎にとって、もう藩は関わりがないからだ。
 戻らない覚悟はできている。

 座り込んだ景三郎に式部が近づく。

 手が伸びてきて、頬に触れた。

 ハッとして身を引いたが、手は執拗に追ってきて、後ろへ下がってもついてくる。

 そのまま下がり続け、とうとうふすまにつき当たり、逃げられなくなった。

「ま、待て。答えろ」

「話は後だ」

 式部の腕が、景三郎を抱きしめてきた。
 逃れようともがくが、苦しいくらいに腕の力が強かった。

「そなたのまことの父親は兵衛介ではない。光徳院さまだ。前の藩主、松平定良さまである」

「は?・・・」

 何を言われたのか、咄嗟に理解できなかった。

「嘘だ・・・」
「嘘ではない。それがしは殿の小姓を務めていた。殿によく似ている。もっと顔をよく見せてくれ」

 腕を解くと、今度は顔に手を伸ばしてきた。

 まるで盲目のように、指が顔中を撫でまわす。

 唇を愛おしげになぞり、やがて顎を掴むと、式部の唇が降りてきて重なった。

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