31 / 40
4章 対決 桑名城
2 再会は別れの序章(右京)
しおりを挟む
「右京!」
左門が叫んだ。
久松を見る右京の目に、殺気がこもっている。
どうして初めからそう言わなかったのだろうと思うほど、胸がスッとした。
「あなたのせいだ」
景三郎をここまで追い込んだのは、久松に違いない。
「許せない」
久松は、右京の殺気を受け止め、目を細めて笑っている。
楽しそうに。
「頼もしい。それでこそ、右京どのだ。死ぬ覚悟なら、とっくにできている」
「右京、抑えろ。式部、こいつを挑発するな」
左門の言葉でも、もう溢れてしまった想いに蓋はできない。
「兄上、おれはしばらく登城しません。景三郎を探しに行きます」
「おい、正気か」
「もっと早くそうするべきでした」
迷っていたせいで、事態が悪化している。
「好きなら、取り戻してみよ。手放したのは、己の罪だぞ」
久松の声が背中を押した。
久松のせいだけでもない。
そうだ。
おれが、景三郎を手放してしまったのだ。
取り戻す。
説得してみせる。
「では、私も別邸に戻るとしよう」
「何を言う」
左門が慌てた。
「取引は、もう成立しない。ここにいる意味もない」
「まったくお前らは、どうしようもないな」
お手上げだと言うように首を振った。
「後で後悔しても知らんぞ!」
夜になるのを待って、町へ出た。
かぶき者がよくいき、騒ぎを起こす場所はだいたい決まっている。
あみを張るまでもなく、引っかかるはずだった。
以前は姿を隠していて、そういう場所は避けていただろうが、今はもう、己の姿を晒しているのだ。
なにも遠慮することはない。
そう思って来てみたが、冬の寒さに、歩く人も少なかった。
昼間は奉行所へ寄って、今までわかっていることを把握してきた。
景三郎は、髑髏が染め抜かれた羽織を着て、力士崩れの大男を従えているという。
かなり目立つ。
髑髏の羽織なんて持っていないのだから、誰かに乗せられたのだろうが、思い切ったことをする。
正気の沙汰とは思えない。
おあきの話からは、想像できない飛躍だった。
ならず者扱いされて、自暴自棄になったのか。
もう、隠れるのが嫌になったのか。
そんな無茶なこと、続くはずないのに、どうして・・・。
光徳院さまの亡霊だという声もあるという。
領民は、光徳院さまを慕っていた。
民が求める殿様の姿を追っているのだろうか。
でもそれは、今のご政道を批判することでもある。
左門の言う通り、生かしてはおけない。
騒ぎが大きくなる前に、やめさせなければならない。
とにかく会って、話がしたかった。
考えながら、道を歩いていると、喧嘩の声が聞こえてきた。
料理屋が立ち並ぶ通りだった。
ならず者が転がるようにして出てきた。
捨て台詞を吐きながら、逃げていく。
見ていると、今度は大男が出てきた。
「留吉、追わなくていい」
大男に言う声に、聞き覚えがあった。
店の者に、ありがとうございますと、礼を言われていた。
大男について、右京が立っている反対の方へ、歩いていく、その羽織の背中には、髑髏模様。
それは店からの灯りで、怪しげに見える。
「おい」
思わず声をかけた。
名前を呼んでいいのかどうか迷った。
大男がそばにいるせいで、小さく見えるその背中。
肩越しに振り返った。
「呼んだ?」
ほんの数ヶ月前に、旅籠屋の前で、かぶき者に絡まれていた姿とは、まるで別人のような、凛とした顔で右京を見た。
「誰だっけ?」
小首をかしげて、挑発するようにきく。
右京はかぶっていた笠をとった。
景三郎は、わざとなのか、大きく口元を笑みの形に歪めた。
夜のせいか、妖艶な雰囲気になる。
「へえ、吉村の御曹司のお出まし?」
「どういうつもりだ」
苛立った口調になった。
「いきなり説教なの? 勘弁してよ」
慌てた様子がまったくなかった。
「若、お知り合いですか?」
大男がきいている。
「まあね。会えて嬉しいよ。おれを捕まえに来たの? そうだよね」
「酔ってるのか」
「酔ってなんかいないよ。浮かれてるだけだよ。会いたい人に会えたからさ」
からかうように、笑いながら言った。
これが、景三郎なのか。
「・・・」
右京が黙っていると、すっと躊躇うことなく近づいてくる。
「捕まえてよ。右京」
腕を伸ばして、抱きしめられる距離だ。
「本当に嬉しいよ。なんで黙ってるの? ずっと、会いたかったんだよ」
「今すぐやめろ。そんなマネは、今すぐにだ」
「やめてどうしろって? 牢屋にでも入れる?」
「死なせたくない」
「・・・」
見つめてくる。
が、次の瞬間、吹き出した。
「本気で言ってる?」
そして、言われたくない言葉が飛び出した。
「嘘言うな。吉村がおれを生かすわけないだろ」
目が鋭く刺してくる。
「殺せよ。お前に殺されるのなら本望だ」
左門が叫んだ。
久松を見る右京の目に、殺気がこもっている。
どうして初めからそう言わなかったのだろうと思うほど、胸がスッとした。
「あなたのせいだ」
景三郎をここまで追い込んだのは、久松に違いない。
「許せない」
久松は、右京の殺気を受け止め、目を細めて笑っている。
楽しそうに。
「頼もしい。それでこそ、右京どのだ。死ぬ覚悟なら、とっくにできている」
「右京、抑えろ。式部、こいつを挑発するな」
左門の言葉でも、もう溢れてしまった想いに蓋はできない。
「兄上、おれはしばらく登城しません。景三郎を探しに行きます」
「おい、正気か」
「もっと早くそうするべきでした」
迷っていたせいで、事態が悪化している。
「好きなら、取り戻してみよ。手放したのは、己の罪だぞ」
久松の声が背中を押した。
久松のせいだけでもない。
そうだ。
おれが、景三郎を手放してしまったのだ。
取り戻す。
説得してみせる。
「では、私も別邸に戻るとしよう」
「何を言う」
左門が慌てた。
「取引は、もう成立しない。ここにいる意味もない」
「まったくお前らは、どうしようもないな」
お手上げだと言うように首を振った。
「後で後悔しても知らんぞ!」
夜になるのを待って、町へ出た。
かぶき者がよくいき、騒ぎを起こす場所はだいたい決まっている。
あみを張るまでもなく、引っかかるはずだった。
以前は姿を隠していて、そういう場所は避けていただろうが、今はもう、己の姿を晒しているのだ。
なにも遠慮することはない。
そう思って来てみたが、冬の寒さに、歩く人も少なかった。
昼間は奉行所へ寄って、今までわかっていることを把握してきた。
景三郎は、髑髏が染め抜かれた羽織を着て、力士崩れの大男を従えているという。
かなり目立つ。
髑髏の羽織なんて持っていないのだから、誰かに乗せられたのだろうが、思い切ったことをする。
正気の沙汰とは思えない。
おあきの話からは、想像できない飛躍だった。
ならず者扱いされて、自暴自棄になったのか。
もう、隠れるのが嫌になったのか。
そんな無茶なこと、続くはずないのに、どうして・・・。
光徳院さまの亡霊だという声もあるという。
領民は、光徳院さまを慕っていた。
民が求める殿様の姿を追っているのだろうか。
でもそれは、今のご政道を批判することでもある。
左門の言う通り、生かしてはおけない。
騒ぎが大きくなる前に、やめさせなければならない。
とにかく会って、話がしたかった。
考えながら、道を歩いていると、喧嘩の声が聞こえてきた。
料理屋が立ち並ぶ通りだった。
ならず者が転がるようにして出てきた。
捨て台詞を吐きながら、逃げていく。
見ていると、今度は大男が出てきた。
「留吉、追わなくていい」
大男に言う声に、聞き覚えがあった。
店の者に、ありがとうございますと、礼を言われていた。
大男について、右京が立っている反対の方へ、歩いていく、その羽織の背中には、髑髏模様。
それは店からの灯りで、怪しげに見える。
「おい」
思わず声をかけた。
名前を呼んでいいのかどうか迷った。
大男がそばにいるせいで、小さく見えるその背中。
肩越しに振り返った。
「呼んだ?」
ほんの数ヶ月前に、旅籠屋の前で、かぶき者に絡まれていた姿とは、まるで別人のような、凛とした顔で右京を見た。
「誰だっけ?」
小首をかしげて、挑発するようにきく。
右京はかぶっていた笠をとった。
景三郎は、わざとなのか、大きく口元を笑みの形に歪めた。
夜のせいか、妖艶な雰囲気になる。
「へえ、吉村の御曹司のお出まし?」
「どういうつもりだ」
苛立った口調になった。
「いきなり説教なの? 勘弁してよ」
慌てた様子がまったくなかった。
「若、お知り合いですか?」
大男がきいている。
「まあね。会えて嬉しいよ。おれを捕まえに来たの? そうだよね」
「酔ってるのか」
「酔ってなんかいないよ。浮かれてるだけだよ。会いたい人に会えたからさ」
からかうように、笑いながら言った。
これが、景三郎なのか。
「・・・」
右京が黙っていると、すっと躊躇うことなく近づいてくる。
「捕まえてよ。右京」
腕を伸ばして、抱きしめられる距離だ。
「本当に嬉しいよ。なんで黙ってるの? ずっと、会いたかったんだよ」
「今すぐやめろ。そんなマネは、今すぐにだ」
「やめてどうしろって? 牢屋にでも入れる?」
「死なせたくない」
「・・・」
見つめてくる。
が、次の瞬間、吹き出した。
「本気で言ってる?」
そして、言われたくない言葉が飛び出した。
「嘘言うな。吉村がおれを生かすわけないだろ」
目が鋭く刺してくる。
「殺せよ。お前に殺されるのなら本望だ」
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる