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3章 血染めの髑髏

11 血染めの髑髏

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「若さまはよせ。迷惑だ」
「では、どうしても・・・」
「当たり前だ。二度と姿を見せないと誓って。元締には、手を出さないようにおれから頼んでおくから。真っ当に働くんだよ。いいな。・・・わかったら行けよ」

 だが、うずくまった影は動こうとしなかった。
「早く行け!」
「・・・」
「行かねば殺されるぞ!」
「若・・・」
 それでも留吉は動かない。
「馬鹿! おれのことなんて何もわかってないくせに、言うな! 今会ったばかりだぞ。何も知らないのに・・・。あんたが惚れたのは、殿さまだろ! おれには関係ない! 殿さまの幻を追ってるだけだ! もう構うな! 放っといてくれ! いい加減にしてくれ!」
 堪えきれなくなって叫んでいた。
 苛立って、言わなくてもいいことまで言ってしまった。
 頭を抱えて座り込む。
 留吉だけではない。
 式部に言いたいことでもあった。

「若。これから元締に頭下げて詫びてきます。もし死なずに、耐えられたら、そのときは、・・・きっと、家来にしてくだされ」
 そう言って立ち上がると、賭場の方へ戻っていく。
「留吉!」



 留吉が痛めつけられる姿を、月明かりが照らし出している。
 抵抗を見せず、されるがままの巨体がぐらりと何度も崩れた。
 とても見ていられず、景司は目をそらした。

 ーー堂々と胸を張って、その死に様を見届けよ。

 式部の言葉が脳裏によみがえってくる。

 もう見たくない。
 見たくないのに・・・。

「家来にしてやったらどうや」
 増蔵がそばにきて、肩を叩いた。
「え?」
「悪いが、聞かせてもらった。元締にはわしからも頼んでおいたで。あいつを殺さんようにな」
 驚いて増蔵を見た。
「それって・・・」
 知られてしまったってこと?

「もうええやろ」
 元締の合図で男たちが手を引き、地面に伸びた留吉が残された。
「おい」
 駆け寄って揺さぶる。
「若・・・死ななかった・・・」
 血を吐きながら笑った。
「安心しな。家来にしてやるとよ」
 増蔵が言うと、ほっとしたように気を失った。
「どういうことだよ」
 なぜ増蔵がそんなことを言うのかわからなかった。
「こいつは役に立つ。死なせるには惜しいやないか。なに、心配すんな。悪いようにはせん。これから面白くなる」
 思わせぶりに笑って、景司の肩を抱くようにして、賭場の方へ戻っていく。



 賭場は元通りになっていて、客も入り、賭け事が始まっている。
 景司は、遊ぶ気にもなれず、すみっこに膝を抱えて座り、ぼんやりとその様子を眺めた。
 元締と増蔵は、奥の部屋で話しているようだった。

 増蔵にも知られてしまったら、これからどうなるのだろう。
 何か、言いようのない不安にとらわれて、どうしていいかわからない。

 やっと、平穏に暮らせると思っていたのに・・・。
 どこか違うところに連れて行かれるような気がする。
 それも、よくない方へ。
 さっきから嫌な予感がして仕方がないのだ。

 伊織は留吉の手当をしているようだった。
 また一人増えちゃったのかな。


 景司は呼ばれて、奥の部屋へ行った。
「見せたいもんがあるんや」
 増蔵が、今まで見たことがないほど興奮した顔で、景司を見た。
 元締も、緊張しているのか、顔がこわばっている。

 増蔵が手に持っている黒い布を広げ、灯りにさらした。
「あっ!」
 息を呑んだ。
 赤い髑髏どくろが現れた。
 長羽織の背中に、血を滴らせた髑髏が大きく描かれ、裾には、これも血に染まった海がうねり、肩ぐちからは、刀のような三日月が腰のあたりまでかかっている。

「こいつを着てみんか」
 髑髏はかぶき者が好んで用いた絵柄の一つだ。
 揺れる灯りに照らされて、いっそう不気味に見える。
 地獄の入り口が、口を大きく開けている。

「もちろん命懸けや。生半可な気いでは着れん。それでもお前ならできるやろう。こいつを着て思いっきり暴れてやれ。・・・どうや、面白そうやろ」
「・・・」
 あまりのことに、声も出ない。

 かぶけ!
 楽しめ!

 相良たちの声が、頭の中で響いた。
 体が小刻みに震え出す。

「取っといてよかったなあ。景さんなら似合うで。昔を思い出すわ」
 元締が懐かしむように言う。
「上べだけチャラチャラして中身のないもんもおるが、そういう奴には着られん代物や。言うなれば死装束やな」
 死をも恐れない男たちの心意気を表したものだ。
 試されているのかもしれない。
 かぶき者の殿さま、松平定良の血が、この体に流れているのかを。

 体が熱くなる。
 こうなると、ろくなことにならないと、もうわかっている。
 上を向いた。
 それでも涙が頬を伝っていく。

 もうだめだ。
 止められない!

「何が起こっても知らないからな」
 自分の口から、信じられない言葉が出てくる。

 もう、引き返せない。
 地獄への、滅びへの、道しかない。

「そんなに地獄へ行きたいのか!」
 増蔵を、元締を、集まってきた男たちを睨みつけた。

 誰か止めて!

 羽織を肩にかけ、背中に髑髏を背負う。

「死にたい奴は、おれについて来い! 一人残らず地獄へ連れてってやる!」

 おおお!!

 咆哮した。

「髑髏組の復活や!」
 増蔵が叫んだ。



<3章 了>
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