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3章 血染めの髑髏

6 蛇の目

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 不意に怒りがわいてきた。
「いったいどっちなんだよ! 助けたり、斬ろうとしたり。わかんねえんだよ!」

 叫ぶだけでは足りずに、掴みかかった。

「早く斬れよ。殺せよ! どうせここでは生きられないんだろ? なんで一思いにやらないんだよ!」
 揺さぶられて、抑えが効かなくなっている。
 胸ぐらをつかむ。

「おれがいなきゃ、式部だって・・・」
 妙な考えを起こさなかっただろうし、父上だって、死なずにすんだ。
 毅八郎の言う通り、背負い過ぎなのかもしれない。
 そんなことは、自分でどうにかできることではない。仕方のないことだ。

 毅八郎が、景司を引き寄せて抱きしめた。
「なるほど。この激しさと甘さ。久松が惚れるわけだ。そうでなきゃ、取引の道具にはならんからな」
 すっぽりと胸の中に取り込まれ、むせるような男くさい匂いに包まれた。

 取引って、おれが道具?
「道具ってなんのことだ」
「確かに、そそるぜ」
 景司の問いには答えず、顎を掴まれ、口を吸われた。
「んっ!」
 逃れようともがくが、がっちりとらえられている。

 武骨な唇が離れると、また深く抱きしめられた。
「寂しかったら慰めてやろうか。久松とはもう会えないだろうからな」
 耳元で囁いた。
「お前を生かし、手出しはしない代わりに関わりは持たない取り決めだ」
「・・・」
「安心しな。そのときが来たら、苦しまないように、あの世へ送ってやるからな。その前にたっぷり可愛がってやる」
「・・・」
 景司は思わず震えた。
 敵なのにいいやつかもしれないと、少しでも思った自分のお人よし加減が嫌になる。

「いい子だ」
 大人しくなった景司の首筋に唇を這わせる。
 手が襟元から入ってきて、素肌を弄ったが、その手が動きを止めた。

「だが、その前に・・・あいつを倒さねばならんようだな。さっきから殺気がビンビンきやがる」

 毅八郎は、景司から離れると、松林に向かって歩き出した。
 次第に足を速め、走り出す。

 振り返ると、松の木のそばに笠をかぶった侍が立っていた。
 あれは・・・。

 後を追って走った。

 毅八郎が走りながら、刀を一閃させたのが見えた。

 迎え打つ侍の笠が切れ、顔が見える。
 やはり、
「伊織!」
「ほう、久松の犬か。いや、色小姓か」
 毅八郎が、侮るような笑みを浮かべた。

「若さま、そばに寄ってはなりませぬ」
 伊織が景司に向かって言った。

「若さまだと?」
「これ以上若さまに近づくなら、斬る」
「なるほど、そういうことか。ただの色ではないと思ったが、これで納得がいった」
 ニヤリと笑った。
「お前にこのおれが斬れるのか? ・・・面白い」

 伊織は落ち着いている。
 無表情で刀を構える。
 景司が見たことがないほど、冷たく冴えた目が、毅八郎を捉えている。

 先に動いたのは毅八郎だった。
 鋭い刃が次々に伊織を襲う。
 だが、どの太刀も伊織を捉えることはできない。かすりもしない。
 大袈裟に動くことなく、太刀筋を見切って外していく。
 そのしなやかな動きに、毅八郎が翻弄されている。

「すごい・・・」

 景司は、松の木の陰で、二人の立ち合いを見ている。
 伊織が刀を振うのを初めて見た。

「ちっ・・・」
 毅八郎が苛立ち、舌打ちを漏らす。
 相良が、伊織を剛の者だと言ったが、毅八郎の剛の剣を、柔らかく受け流すさまは、まさに柔よく剛を制す、そのものだった。
 ただ受けているだけではない。
 反撃の機会を伺っているのだと、気がついた。

 毅八郎の攻撃が止んだ。
 闇雲に攻撃するだけでは埒が開かない、と思ったのだろう。
 息が上がっている。
 伊織の表情は変わらない。
 受ける一方だった伊織がすっと前に出た。
 今度は逆になる。

 その攻撃は、受けのときとは違って執拗だった。
 鋭く、澱みのない堂々とした太刀捌きで、追いつめていく。

 毅八郎が焦っている。
 反撃を許さない攻めの太刀が、少しずつ、体をかすめていく。
 伊織の唇が微笑する。
 目は表情のまったく読めない蛇の目のようだ。

「待った」
 毅八郎が、飛び退って逃げた。
「ここで決着をつける気はない」
 刀を鞘に収めてするすると後ろに下がった。
「また会おう」
 景司にそう言って、背を向けた。

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