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3章 血染めの髑髏

3 身分なんて

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 おあきが縫っていたのは、着物だった。
 仕事をしながら縫ってくれて、景司が立ち上がれるほどに回復したころ、完成した。
 素朴な木綿の紺絣だ。

「おあきちゃん、ありがとう。手当てまでしてもらって、おいてもらって、本当に申し訳ないよ」
「片瀬さまは、うちの命の恩人です。これぐらいさせてください」
 と、顔を赤くしながら着替えを手伝ってくれた。

 さっぱりとして、町に馴染む着流し姿になる。

「よかった、長さも裄丈もちょうどね」
「ありがとう」
「吉村さま、来ないわね」
「知らないんじゃ、しょうがない。知らせになんて行けないし。向こうは家老の息子で、こっちは、ただの・・・ならず者だから・・・」
 苦笑がもれる。
「でも、お友だちなんでしょ?」
「・・・」
 友だち、か。
「そう、だね」
「だったら、そんなの関係ないと思う。・・・お侍さまのことはわからないから、何も言えないけど」
 おあきに見つめられて、こっちが赤くなる。
「身分なんて・・・うち・・・片瀬さまが・・・」

 言いたいけど、言えない。
 そんなおあきの思いが、伝わってくる。
「おあきちゃん・・・」
 なんて返していいかわからない。
 不快じゃない。
 言わなくても、伝わる。
「おれ・・・もう、行かなきゃ」
「・・・」
 おあきが何か言いかけた、そのとき。

 障子戸がいきなり開いた。
 おあきが息をのんで下がった。

 旅籠屋の主人が立っていた。
「ごめんなさいよ。ちょっとよろしいですかな」

 来るべきときが来たようだ。
「はい」
「おあきも座りなさい」

 小太りで、お腹がたぬきのように出た主人が、景司をまじまじと見た。
「もうお体もよくなられましたな」
「はい。お陰様で。ありがとうございました。命拾いいたしました」
「それはこちらとて同じ。おあきをお助けいただき、感謝しております。かぶき者を追い払ってくださったとか」
「いえ・・・」
 そのことについては、触れられたくなかった。

「それで、おあきをどうされるおつもりで?」
「どうする、とは・・・」
 景司は顔を上げて主人を見た。
 何を言われるのか一瞬わからなかった。

「あの、片瀬さまは何も・・・」
「おあきは黙っていなさい」
 主人がピシャリと言う。

「おあきは堅気かたぎの娘です。今後は、いっさい関わらないでいただけますかな」
「・・・」
 なぜか、ずんと胸にこたえた。
「はい。もちろんです」
 手をついて頭を下げた。

 おあきが泣き出し、たまらずに部屋を出ていった。
「これは、些少ですが」
 無一文で追い出されたと言いふらされてもいけませんので、と懐紙に紙入れから出した銀を三粒のせてひねった。
 手切れ金というわけだろう。
 ならず者として扱われるのは慣れているはずだった。
 こんなもの、いらないと突っぱねることもできたが、ここは素直に受け取って、たもとに入れた。
 突っぱねたら、もっと要求するのかと思われる。
 すぐに受け取らずに、額をつり上げるやり口だ。

「お世話になりました」
 もう二度と、ここへは顔を出せないだろう。

 いつまでも未練たらしくやっかいになっていたから、こうなるんだ。

 景司は立ち上がると、部屋を出た。
 そのまま裏口から外へ出た。

 後ろを振り返らなかった。
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