20 / 40
3章 血染めの髑髏
2 待ち人
しおりを挟む
目が覚めたとき、どこにいるのかまったく覚えがなかった。
ここ、どこだっけ。
久松式部の別邸から、出たことだけは覚えている。
どこをどう歩いたのか記憶がない。
夜になっていて、暗闇の中を、いくあてもなく、ふらふらと彷徨っていただけだった。
もうこれ以上居られない。
その思いだけで出てきた。
これ以上誰かが死ぬのを見たくない。
式部の思いを受け入れたら、それは、死を受け入れることになる。
それなのに、おれは・・・。
拒むこともできず、求めてしまった。
誰かにすがっていないと、辛くてどうにかなりそうだ。
それが、式部の術中にはまることだったとしても。
無理やり抱かれたんじゃなかった。
確かに、自分から抱きついていった。
身を切るような辛さを忘れたかったのだ。
式部を、伊織を失いたくないから、もう二度と戻らない、と言って出てきた。
おれの存在が、戦を招くのならば、式部のそばにいてはいけない。
そう思って、この前も出て行ったばかりだったのに。
引き止められないのは、これも、思惑だからなのだろうか。
誰かの手のひらの上で、転がされている気分だった。
誰かとは、式部かもしれないし、筆頭家老の右京の父親かもしれない。
権力争いのことはさっぱりわからない。
見せしめって、伊織は言ったけど、もともと争う気なんてないのに。
誰も傷つかずに、不毛な争いを止めることはできないのだろうか。
止めたいのに、全てが裏目に出ている気がする。
体がわたのように疲れていた。
ふと、人の気配に横を見ると、女の子が座っていた。
居眠りしている。
その顔に見覚えがあった。
「おあきちゃん・・・?」
手に針を持ったままだった。
縫い物をしながら寝てしまったようだった。
針が、縫い物を持った指に刺さりそうになっている。
気になって放っておけない。
手を伸ばして、針を取ろうとした。
おあきの目が開いた。
「ひゃっ!」
声にならない声をあげて、おあきが抱きついてきた。
針がついたままの縫いかけの布が、二人の間に挟まっている。
「よかったー。目が覚めたのね。・・・あ、ごめんなさい」
と、顔を真っ赤にして、離れると、その布を後ろにやった。
「ここは、どこ? どうして、ここに? 何も覚えてなくて・・・」
「ここはうちが働いている旅籠です。道に、倒れている人がいると聞いて、見に行ってみたら、片瀬さまが倒れていたんです。かぶき者に連れて行かれて、心配で、心配で・・・。ご無事で本当によかった」
顔を覆って泣き出した。
「かぶき者はもういない。心配いらないよ」
「うん」
「これ以上迷惑はかけられない。すぐに、出ていくから・・・」
「まだだめです。お身体がちゃんと回復してからじゃないと、また倒れてしまいますから」
「すまない。ありがとう」
確かに、まだ体に力が入らないし、とても眠い。
「吉村さまも、とても心配しておられました」
「右京、が?」
「はい。片瀬さまのお名前を、吉村さまからお聞きしました。たぶん知られたくないだろうから、片瀬さまがいらっしゃっても知らせなくていい、時々こちらから訪ねるとおっしゃって」
「来るのかい?」
「いいえ、まだお見えになってはいませんけど・・・」
ここにいたら、右京が来るというのか。
「あ、いけない。片瀬さまはゆっくり休んでいてくださいね」
おあきはそう言って、出ていった。
右京には、もうずいぶんと会っていない気がする。
会いたい。
会えない。
会いたくない。
会ってはいけない。
今の気持ちは、これら全部がごちゃ混ぜになっている。
おれは、どうしたらいい?
教えてくれよ、右京。
今、一番欲しいのは・・・。
ここ、どこだっけ。
久松式部の別邸から、出たことだけは覚えている。
どこをどう歩いたのか記憶がない。
夜になっていて、暗闇の中を、いくあてもなく、ふらふらと彷徨っていただけだった。
もうこれ以上居られない。
その思いだけで出てきた。
これ以上誰かが死ぬのを見たくない。
式部の思いを受け入れたら、それは、死を受け入れることになる。
それなのに、おれは・・・。
拒むこともできず、求めてしまった。
誰かにすがっていないと、辛くてどうにかなりそうだ。
それが、式部の術中にはまることだったとしても。
無理やり抱かれたんじゃなかった。
確かに、自分から抱きついていった。
身を切るような辛さを忘れたかったのだ。
式部を、伊織を失いたくないから、もう二度と戻らない、と言って出てきた。
おれの存在が、戦を招くのならば、式部のそばにいてはいけない。
そう思って、この前も出て行ったばかりだったのに。
引き止められないのは、これも、思惑だからなのだろうか。
誰かの手のひらの上で、転がされている気分だった。
誰かとは、式部かもしれないし、筆頭家老の右京の父親かもしれない。
権力争いのことはさっぱりわからない。
見せしめって、伊織は言ったけど、もともと争う気なんてないのに。
誰も傷つかずに、不毛な争いを止めることはできないのだろうか。
止めたいのに、全てが裏目に出ている気がする。
体がわたのように疲れていた。
ふと、人の気配に横を見ると、女の子が座っていた。
居眠りしている。
その顔に見覚えがあった。
「おあきちゃん・・・?」
手に針を持ったままだった。
縫い物をしながら寝てしまったようだった。
針が、縫い物を持った指に刺さりそうになっている。
気になって放っておけない。
手を伸ばして、針を取ろうとした。
おあきの目が開いた。
「ひゃっ!」
声にならない声をあげて、おあきが抱きついてきた。
針がついたままの縫いかけの布が、二人の間に挟まっている。
「よかったー。目が覚めたのね。・・・あ、ごめんなさい」
と、顔を真っ赤にして、離れると、その布を後ろにやった。
「ここは、どこ? どうして、ここに? 何も覚えてなくて・・・」
「ここはうちが働いている旅籠です。道に、倒れている人がいると聞いて、見に行ってみたら、片瀬さまが倒れていたんです。かぶき者に連れて行かれて、心配で、心配で・・・。ご無事で本当によかった」
顔を覆って泣き出した。
「かぶき者はもういない。心配いらないよ」
「うん」
「これ以上迷惑はかけられない。すぐに、出ていくから・・・」
「まだだめです。お身体がちゃんと回復してからじゃないと、また倒れてしまいますから」
「すまない。ありがとう」
確かに、まだ体に力が入らないし、とても眠い。
「吉村さまも、とても心配しておられました」
「右京、が?」
「はい。片瀬さまのお名前を、吉村さまからお聞きしました。たぶん知られたくないだろうから、片瀬さまがいらっしゃっても知らせなくていい、時々こちらから訪ねるとおっしゃって」
「来るのかい?」
「いいえ、まだお見えになってはいませんけど・・・」
ここにいたら、右京が来るというのか。
「あ、いけない。片瀬さまはゆっくり休んでいてくださいね」
おあきはそう言って、出ていった。
右京には、もうずいぶんと会っていない気がする。
会いたい。
会えない。
会いたくない。
会ってはいけない。
今の気持ちは、これら全部がごちゃ混ぜになっている。
おれは、どうしたらいい?
教えてくれよ、右京。
今、一番欲しいのは・・・。
1
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説


ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる