【完結】蟠龍に抱かれて眠れ〜美貌のご落胤に転生?家老に溺愛されてお家騒動に巻き込まれる〜

鍛冶谷みの

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3章 血染めの髑髏

1 届かぬ思い (右京)

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 何をやってるんだ、あいつは!

 ここは、城の中。
 兄、吉村左門の執務部屋だった。
 山のような書物が積まれて、兄の姿が見えなくなり、つい、現実逃避して物思いにふけってしまう。

 一年ぶりに景三郎を見かけたのはいいが、それからまたぷっつりと消息がわからなくなった。

 嵐の夜に、姿を消してから、加平次の郷を訪ねて行ってみたが、行方不明だという。
 この一年、生きているのかどうかさえもわからず、祈るしかなかった。
 生きていることがわかっただけでも嬉しかったが、余計に心配になって気がもめた。

 ならず者のような姿で、かぶき者にからまれていたからだ。
 いい暮らしをしていないことは明白だった。

 何もしてやれない己がもどかしい。

 こっちは、片瀬家を追い込んだ側の人間なのだ。
 どうやって手を差し伸べればいいかわからなかった。
 なんの力もない己を、何とか引き上げたいと思うのだが、それも一朝一夕にできるものではない。
 それこそ、何年もかかってしまう。

 景三郎が助けを求めているような気がして、気になって頭から離れない。

 バン、と文机を叩いてしまい、兄の扇子が飛んできて、見事に頭に当たった。
 本当は、この書物の山を蹴飛ばしたいくらいだ。

「静かにしろ、右京。ちゃんと進んでいるのか」
「進んでいます」
「嘘つけ」

 景三郎が消えてから、右京は心を入れ替えて、城勤めに励んでいた。

 兄の手伝いである。
 と言っても、手伝いになっているか、はなはだ心許ないが。

 左門は、筆頭家老の父の後を継いでいくために、もうすでに政に携わっている。

 書物を開いて文字を読むが、まったく頭に入ってこない。

 もともと勉学が得意ではなく、学問所には、人にちょっかいを出しに行っていたようなものだった。

 書物好きの左門とは、性格がまるで正反対だ。

 気になることは、書物から知るより、直接聞いた方が早かった。

「兄上、いいですか」
「なんだ」
 姿の見えない兄がそう言ったが、他ごとを考えているに違いない。
 頭の中は、いつも政のことでいっぱいなのだ。
 くだらない弟の質問に、真剣に答えてはくれない。

「なぜ、久松さまは、いまだに登城されないのですか」

 何が不満で、再三の殿の声がけも無視して、別邸にこもったまま出てこないのかわからない。
 このことは、触れてはならないのか、誰も教えてはくれなかった。
 家老の一人である久松式部に、まだ会ったことがなかった。

「そうだな。そろそろいいだろう。話してやる。こっちへ来い」

 兄の机の前に座った。
「お前もそろそろ、家老たちのことを知っておいた方がいい。その力関係が一番頭を悩ませるところだ。なるべく仲良くしておいたいいが、頭に入れておかねばならぬ」
「はい」
「筆頭家老は、父上。何人か家老がいるが、今ほぼ全員が父上の意向で動かれる」
「服部さまもですか?」
「もちろん。今のところ、久松どのだけが父上を敵視しておられるのだ」
「それは、なぜ・・・」
「・・・」
 左門はすぐに答えず、右京の顔をじっと見た。

「久松どのは、前の殿、光徳院さまに心酔しておられた。光徳院さまはご病気で身罷みまかられたのだが、父上が毒殺したと思っておられるのだ」
「まさか!」
「それゆえに、吉村は恨まれておる」
「そんな・・・」
「だが、久松どのは、もうまもなく、登城されるだろう」
「なぜわかるのです?」
 右京にはさっぱりわからない。
 苛立ちが顔に出た。
「取引を持ちかけたのだ」
「・・・」
「服部どのの伊賀者を使い、久松どのの身辺を探らせておったのだが、何やら画策しておるようでな」
「・・・」
「・・・」
 左門はもったいぶって、なかなか核心をつかない。
「このことは他言無用だぞ。吉村の者として、しかと胸に刻め。よいな」
 まだ何も聞いていないのに、大袈裟なことを言って、険しい顔になった。
「はい」
 とりあえず返事をしておく。

 そして、左門は声をひそめて言った。
「久松は片瀬のせがれを匿っておる」
「え?・・・」
「それは、片瀬が、光徳院さまのご落胤だからだ」
「は!? それは!!」
「こら、大声を出すな。これがどういうことか、わかるな?」
 胸が苦しくなるほど、心臓が脈打っている。
「・・・」
 ご落胤をかくまうということは・・・。
「謀反・・・?」
 右京はつぶやいた。
 左門が頷く。

「取引とは、こうだ。これまでのことは不問にふし、片瀬を殺さないゆえ、登城せよ。登城するということは、謀反の意思はないと示すことだ。・・・久松は必ずこれを呑む」
 左門は久松と呼び捨てにした。

「・・・」
 頭が混乱している。
「ご落胤というのは、まことのことですか?」
 やっと、それだけきいた。
「それは、片瀬兵衛介が切腹したことであきらかだ。兵衛介は、ご落胤の命を守るために己を家ごと葬ったのだ。唯一事実を知る己を葬れば、確かめる術がない。ご落胤でないのなら、そこまでする必要もないからな」
「・・・」
「光徳院さまに似ておれば、それで事実かどうかは一目瞭然だが」

 あのとき、景三郎を屋敷に行かせないようにしたのは正解だった。

「片瀬は、どうなるのですか」
 右京は、なるべく平静を装って、訊いたが、膝に置いた拳を握りしめていた。

「それは片瀬次第だ。大人しくしていれば、命は取らぬ。・・・久松次第とも言えるがな」

 景三郎が久松と一緒にいたということは、もう、己の出自は聞かされただろう。

 自暴自棄にならなければいいが・・・。
 景三郎の激しい気性を思った。

 会いたい。
 強烈に、会いたいと思った。

 会って話したい。

 右京はたまらずに立ち上がった。

「おい、どこへ行く」
「景三郎は、まだ久松さまの屋敷にいるのでしょうか」
「お前、何をするつもりだ」
「わかりません」
「短慮はならんと言ったはずだぞ」

 遠い。
 なぜこんなにも遠く離れてしまったのだろう。

 助けたい。

 でも、おれが行ったら・・・。

 親の仇だと思い込まされていたら、刺激してしまうだけだ。

 どうすればいい?

 立ち尽くすしかなかった。
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