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2章 かぶき者
8 江戸の狼
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「まだいたのか」
抱えられるようにして、旅籠屋の一部屋に連れてこられた。
部屋には他の二人もいた。
「いちゃあ悪いか」
「おめえ、色若衆だったのか」
「違うわ!」
しゃべっているうちに、紐で後ろ手に縛られ畳に転がされた。
「とっとと出てけよ! 迷惑だ!」
「なんだと?」
連れてこられた武士に、腹に蹴りを入れられた。
「おい、蔵人。手荒な真似はよせ、まだ今はな」
娘を捕まえていた武士がリーダーなのだろう。
そう言って、景司を起こして座らせた。
昼間から酒くさい。
顎を掴んで顔を上げさせた。
「おめえが、鶴の屋敷から出てきたことは知っている。何者だ? 鶴の何だ?」
「鶴?」
「鶴之丞だ。今は久松式部と言ったか」
「え?・・・」
「元気にしておったか。鶴は別邸にこもって何を企んでいる?」
「さあ、吐いちまいな」
こいつら、久松の知り合いだったのか。
「貴様らこそ、何者だ。久松とはどういう・・・」
「知らねえか」
「無理もねえな」
「話してやるか」
「じっくりやろうぜ」
三人が、思い思いの格好で腰を落ち着けた。
「酒だ酒!」
「酒がねえぞ」
酒盛りが始まるのか、というか、もうすでに酒盛りじゃないか。
「おめえも飲むか」
「いらん!」
「そう怒るな。酒代の心配はいらんぞ。鶴にみんな払ってもらうからな。それだけの義理はある」
リーダーが相良兵吾。
体の大きな武士が、高木蔵人。
もう一人、ひょろっとしているのが、夏目甚兵衛。
景司に盃が向けられた。
名乗れ、ということだ。
「片瀬景三郎」
「おれたちは、神祇組だ」
「神祇組?」
あの、神祇組なのか・・・?
「何だ、疑ってるのか? 江戸は取り締まりがきつくてな。とうとう追放の身だ。水野のお頭が亡くなられてからこっち、碌なことがねえ」
「水野、十郎左衛門・・・?」
その名は有名だ。
江戸で名を馳せた旗本奴と呼ばれるかぶき者の集団を組織した人。
神祇組は、その組織の名だ。
かぶき者といえば、必ず名があがる人物。
町奴の幡随院長兵衛を斬ったことで詮議を受け、切腹している。
この二人は歌舞伎でも有名だ。
景司は歌舞伎を見たことはないが。
「鶴とは、江戸で出会った。鶴の仕えた殿様がかぶき者で、水野のお頭も知っていたから、可愛がられていたようだ」
「おれたちは下っ端だったがな」
「鶴も、そうそうじっとしちゃあおられまい。かぶき者として生きようとすれば、もう限界だ」
「何かやろうとしているだろう?」
「おれたちにはわかるのだ」
「なあ、景三郎。次はおめえの番だぜ」
「・・・」
口をつぐんだ。
何も言いたくない。
「屋敷はどんな様子だった?」
「吐け」
三人は、残忍な笑みを口元に浮かべた。
「・・・」
景司は言葉をなくした。
顔が青ざめる。
その様子を見て、江戸のかぶき者たちは嬉々として拷問の話をする。
「酒責めにするか」
「だが、あれは命を落とすな。まだ小僧だ」
「じゃあ、あれか? 桑名といやあ、焼き蛤だ」
「焼いて口を割らせるか」
「面白い」
「せっかくの綺麗な顔に傷はつけたくないが・・・まあ、ありだな」
「じゃあ、やっぱり色責めか」
「三人で変わるがわるやれば相当きつかろうぜ」
「何回保つか、見ものだな」
「どうする?」
「色狂いになっちまうかもな」
景司の頬をピタピタ叩く。
「もうなってんじゃねえか?」
「鶴が好きそうな面だ」
「放っておくまいよ」
下卑た笑いが起きる。
「何もない! 早く出てけ!」
高木が近づき、横っつらをはられて倒れた。
芋虫のように転がった景司の腹を蹴る。
抵抗ができないために、やられっぱなしだ。
「強情なやつ」
畳が涙で濡れていく。
夜もこのまま、転がされたまま寝た。
いや、寝られるわけがない。
久松は、こうなることがわかっていて、黙って出したとしか思えない。
どうするか、きっと試しているのだ。
どうすればいい?
殴り、蹴られたところが痛む。
闇の中で、誰かが近づく気配がした。
酒臭い息がかかる。
「声を出すなよ」
と言って、覆いかぶさってきたのは、相良だ。
抱えられるようにして、旅籠屋の一部屋に連れてこられた。
部屋には他の二人もいた。
「いちゃあ悪いか」
「おめえ、色若衆だったのか」
「違うわ!」
しゃべっているうちに、紐で後ろ手に縛られ畳に転がされた。
「とっとと出てけよ! 迷惑だ!」
「なんだと?」
連れてこられた武士に、腹に蹴りを入れられた。
「おい、蔵人。手荒な真似はよせ、まだ今はな」
娘を捕まえていた武士がリーダーなのだろう。
そう言って、景司を起こして座らせた。
昼間から酒くさい。
顎を掴んで顔を上げさせた。
「おめえが、鶴の屋敷から出てきたことは知っている。何者だ? 鶴の何だ?」
「鶴?」
「鶴之丞だ。今は久松式部と言ったか」
「え?・・・」
「元気にしておったか。鶴は別邸にこもって何を企んでいる?」
「さあ、吐いちまいな」
こいつら、久松の知り合いだったのか。
「貴様らこそ、何者だ。久松とはどういう・・・」
「知らねえか」
「無理もねえな」
「話してやるか」
「じっくりやろうぜ」
三人が、思い思いの格好で腰を落ち着けた。
「酒だ酒!」
「酒がねえぞ」
酒盛りが始まるのか、というか、もうすでに酒盛りじゃないか。
「おめえも飲むか」
「いらん!」
「そう怒るな。酒代の心配はいらんぞ。鶴にみんな払ってもらうからな。それだけの義理はある」
リーダーが相良兵吾。
体の大きな武士が、高木蔵人。
もう一人、ひょろっとしているのが、夏目甚兵衛。
景司に盃が向けられた。
名乗れ、ということだ。
「片瀬景三郎」
「おれたちは、神祇組だ」
「神祇組?」
あの、神祇組なのか・・・?
「何だ、疑ってるのか? 江戸は取り締まりがきつくてな。とうとう追放の身だ。水野のお頭が亡くなられてからこっち、碌なことがねえ」
「水野、十郎左衛門・・・?」
その名は有名だ。
江戸で名を馳せた旗本奴と呼ばれるかぶき者の集団を組織した人。
神祇組は、その組織の名だ。
かぶき者といえば、必ず名があがる人物。
町奴の幡随院長兵衛を斬ったことで詮議を受け、切腹している。
この二人は歌舞伎でも有名だ。
景司は歌舞伎を見たことはないが。
「鶴とは、江戸で出会った。鶴の仕えた殿様がかぶき者で、水野のお頭も知っていたから、可愛がられていたようだ」
「おれたちは下っ端だったがな」
「鶴も、そうそうじっとしちゃあおられまい。かぶき者として生きようとすれば、もう限界だ」
「何かやろうとしているだろう?」
「おれたちにはわかるのだ」
「なあ、景三郎。次はおめえの番だぜ」
「・・・」
口をつぐんだ。
何も言いたくない。
「屋敷はどんな様子だった?」
「吐け」
三人は、残忍な笑みを口元に浮かべた。
「・・・」
景司は言葉をなくした。
顔が青ざめる。
その様子を見て、江戸のかぶき者たちは嬉々として拷問の話をする。
「酒責めにするか」
「だが、あれは命を落とすな。まだ小僧だ」
「じゃあ、あれか? 桑名といやあ、焼き蛤だ」
「焼いて口を割らせるか」
「面白い」
「せっかくの綺麗な顔に傷はつけたくないが・・・まあ、ありだな」
「じゃあ、やっぱり色責めか」
「三人で変わるがわるやれば相当きつかろうぜ」
「何回保つか、見ものだな」
「どうする?」
「色狂いになっちまうかもな」
景司の頬をピタピタ叩く。
「もうなってんじゃねえか?」
「鶴が好きそうな面だ」
「放っておくまいよ」
下卑た笑いが起きる。
「何もない! 早く出てけ!」
高木が近づき、横っつらをはられて倒れた。
芋虫のように転がった景司の腹を蹴る。
抵抗ができないために、やられっぱなしだ。
「強情なやつ」
畳が涙で濡れていく。
夜もこのまま、転がされたまま寝た。
いや、寝られるわけがない。
久松は、こうなることがわかっていて、黙って出したとしか思えない。
どうするか、きっと試しているのだ。
どうすればいい?
殴り、蹴られたところが痛む。
闇の中で、誰かが近づく気配がした。
酒臭い息がかかる。
「声を出すなよ」
と言って、覆いかぶさってきたのは、相良だ。
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