15 / 17
十三 告白
しおりを挟む
馬舎の前まで走ってきた。
燃えているのは天守だ。
「お前の主人は必ず助ける」
ねぎらいの抱擁をして、降りた。
「姫さま!」
声のした方を見ると、井戸から頭を出した影がいた。
「馬が暴れていたので出してやったのですが、まさか姫さまを連れてくるとは」
と驚いている。そして瞬時に厳しい顔になった。
「大和さまは、天守に。ここから通じております。中は火の海かもしれません」
「わらわが行く!急げ!」
と、迷わず空井戸に飛び込んだ。
素早い身のこなしに、影は唸った。
「こちらに」
危険にも関わらず、思わず案内してしまっている。
「焼け死にを選ばれたのですね。じわじわと焼かれるのも悪くありません」
息苦しい。
対峙していられなくて、膝をついた。
「藤野・・・お前の言う通り、主人は一人で十分だな。わかっていた。俺は、主の器ではない」
何かしゃべっていないと意識を持っていかれそうだった。
「いいえ、違います」
意外にも、藤野が首を振った。
「修理さまは、若さまが怖いのです。それゆえに、亡き者になさりたいのです。そうしなければ、いずれ、己の首が危ないと思っておられる」
「・・・」
「そろそろ楽にして差し上げましょう」
刀を抜いた。
その時、何かがふわりと目の前に現れた。
「待て!刀を引け!」
威厳のある声が響いた。
「!?」
大和は幻覚を見たのかと思った。
神が最期に惚れた女を見せてくれているのだ。
「わらわが、榊阿波守息女、美鶴である!わらわが江戸に戻らぬ時は、伊那代はないと思え!早ようここから逃れよ!」
「な・・・」
やはり幻覚?
何を言っているのかよくわからない。
藤野が弾かれたように笑い出した。
「よくぞここまで参られた。しかし、そなたは姫さま付きの腰元どのでは?姫ではない!あのおりにお会いしましたな」
美鶴が息を呑んだ。
藤野はあの時、姫を見ている。
「共にあの世へ行きましょうか」
藤野が躊躇なく袈裟に刀を振り下ろした。
倒れてくる美鶴の体を抱き止める。
ずっしりと重たい。幻ではない。
肩口から胸にかけて、斬られて血が流れ出している。
藤野がなおも刀を振り下ろした。
刀と刀がぶつかる鋭い音がした。
黒装束の忍びらしい男が、藤野の刃を受け止めている。
「大和さま、お下知を。・・・下知なくば動けませぬ!・・・姫さまをお早く!」
「斬れ!」
断腸の思いで叫び、ぐったりしている女を抱き上げた。
見回すと、火の海の中に、黒く開いている場所がある。
そこを目掛けて走った。
冷たい空気を吸ううちに、頭がはっきりしてくる。
後から追いついてきた隠密の手を借りて、井戸から上がった。
「死ぬな」
抱いている腕に力を込めた。
颯がそばにきて、鼻面を押し付けてきた。
「姫の宿舎へ行く。城は安心できない」
と隠密に言い、颯に馬具をつけてもらっていた。
早く手当をするに越したことはないが、藤野のような輩がいるかもしれなかった。
休んでいる暇はない。
右腕で姫を抱き、左手で手綱を握った。
怪我が治りきっていない左腕の感覚がなくなっているために、慎重に進んだ。
「本当に姫なのか・・・」
だとしたら、俺よりもうつけではないか、と思う。
相当のじゃじゃ馬だ。
「何故、俺を助けにきたのだ」
「・・・・」
姫の唇が動いた。
「約束を・・・いたしました。大和さまを助けると・・・舞台から降りないで・・・」
「ならば、見届けてくれ。これからもずっと・・・」
唇が微笑んでいた。
「死ぬな」
襖を開けた時、そこには修理がいた。
何事かと振り返った修理の顔が驚きを隠せない。
「これは叔父上。若殿は死んだとでも報告にこられたか。藤野は死にました」
上座に座る姫が悲鳴をあげた。
立ち上がって降りてくる。
「姫さま!姫さま!ご無事なのですか」
縋って取り乱している。
姫に付き従う侍に、美鶴を預けた。
「これは、如何なる・・・」
「そういうことだ。姫を斬った。もう伊那代は終わりだ。責任を取れるか」
修理の顔がみるみる屈辱に歪んでいく。
「おのれっ!」
差していた短刀をさっと抜き放った。
その刃を向けた先は、先ほどまで姫の席に座っていた女子だった。
斬りかかろうと、背後に迫る。
刃を持つ右腕を掴んだ。
そのまま、部屋から連れ出す。
「叔父上、お覚悟を」
修理が斬りかかってくる。
体を捻ってかわす。
まだ、こちらの覚悟が決まらない。
ここで決めなければ、また同じことの繰り返しだ。
わかってはいるが、体がいうことを聞かない。
体力が限界に近い。
おそらく、一撃しかもたない。
居合斬りの構えをとった。
いつも冷静な修理が、怒りで我を忘れている。
今しかない。
全ての力を一閃に込めた。
右腕に骨を断つ手応えがあった。
が、その後、つんのめって畳に突っ伏した。
刀を鞘に収めることもできなかった。
燃えているのは天守だ。
「お前の主人は必ず助ける」
ねぎらいの抱擁をして、降りた。
「姫さま!」
声のした方を見ると、井戸から頭を出した影がいた。
「馬が暴れていたので出してやったのですが、まさか姫さまを連れてくるとは」
と驚いている。そして瞬時に厳しい顔になった。
「大和さまは、天守に。ここから通じております。中は火の海かもしれません」
「わらわが行く!急げ!」
と、迷わず空井戸に飛び込んだ。
素早い身のこなしに、影は唸った。
「こちらに」
危険にも関わらず、思わず案内してしまっている。
「焼け死にを選ばれたのですね。じわじわと焼かれるのも悪くありません」
息苦しい。
対峙していられなくて、膝をついた。
「藤野・・・お前の言う通り、主人は一人で十分だな。わかっていた。俺は、主の器ではない」
何かしゃべっていないと意識を持っていかれそうだった。
「いいえ、違います」
意外にも、藤野が首を振った。
「修理さまは、若さまが怖いのです。それゆえに、亡き者になさりたいのです。そうしなければ、いずれ、己の首が危ないと思っておられる」
「・・・」
「そろそろ楽にして差し上げましょう」
刀を抜いた。
その時、何かがふわりと目の前に現れた。
「待て!刀を引け!」
威厳のある声が響いた。
「!?」
大和は幻覚を見たのかと思った。
神が最期に惚れた女を見せてくれているのだ。
「わらわが、榊阿波守息女、美鶴である!わらわが江戸に戻らぬ時は、伊那代はないと思え!早ようここから逃れよ!」
「な・・・」
やはり幻覚?
何を言っているのかよくわからない。
藤野が弾かれたように笑い出した。
「よくぞここまで参られた。しかし、そなたは姫さま付きの腰元どのでは?姫ではない!あのおりにお会いしましたな」
美鶴が息を呑んだ。
藤野はあの時、姫を見ている。
「共にあの世へ行きましょうか」
藤野が躊躇なく袈裟に刀を振り下ろした。
倒れてくる美鶴の体を抱き止める。
ずっしりと重たい。幻ではない。
肩口から胸にかけて、斬られて血が流れ出している。
藤野がなおも刀を振り下ろした。
刀と刀がぶつかる鋭い音がした。
黒装束の忍びらしい男が、藤野の刃を受け止めている。
「大和さま、お下知を。・・・下知なくば動けませぬ!・・・姫さまをお早く!」
「斬れ!」
断腸の思いで叫び、ぐったりしている女を抱き上げた。
見回すと、火の海の中に、黒く開いている場所がある。
そこを目掛けて走った。
冷たい空気を吸ううちに、頭がはっきりしてくる。
後から追いついてきた隠密の手を借りて、井戸から上がった。
「死ぬな」
抱いている腕に力を込めた。
颯がそばにきて、鼻面を押し付けてきた。
「姫の宿舎へ行く。城は安心できない」
と隠密に言い、颯に馬具をつけてもらっていた。
早く手当をするに越したことはないが、藤野のような輩がいるかもしれなかった。
休んでいる暇はない。
右腕で姫を抱き、左手で手綱を握った。
怪我が治りきっていない左腕の感覚がなくなっているために、慎重に進んだ。
「本当に姫なのか・・・」
だとしたら、俺よりもうつけではないか、と思う。
相当のじゃじゃ馬だ。
「何故、俺を助けにきたのだ」
「・・・・」
姫の唇が動いた。
「約束を・・・いたしました。大和さまを助けると・・・舞台から降りないで・・・」
「ならば、見届けてくれ。これからもずっと・・・」
唇が微笑んでいた。
「死ぬな」
襖を開けた時、そこには修理がいた。
何事かと振り返った修理の顔が驚きを隠せない。
「これは叔父上。若殿は死んだとでも報告にこられたか。藤野は死にました」
上座に座る姫が悲鳴をあげた。
立ち上がって降りてくる。
「姫さま!姫さま!ご無事なのですか」
縋って取り乱している。
姫に付き従う侍に、美鶴を預けた。
「これは、如何なる・・・」
「そういうことだ。姫を斬った。もう伊那代は終わりだ。責任を取れるか」
修理の顔がみるみる屈辱に歪んでいく。
「おのれっ!」
差していた短刀をさっと抜き放った。
その刃を向けた先は、先ほどまで姫の席に座っていた女子だった。
斬りかかろうと、背後に迫る。
刃を持つ右腕を掴んだ。
そのまま、部屋から連れ出す。
「叔父上、お覚悟を」
修理が斬りかかってくる。
体を捻ってかわす。
まだ、こちらの覚悟が決まらない。
ここで決めなければ、また同じことの繰り返しだ。
わかってはいるが、体がいうことを聞かない。
体力が限界に近い。
おそらく、一撃しかもたない。
居合斬りの構えをとった。
いつも冷静な修理が、怒りで我を忘れている。
今しかない。
全ての力を一閃に込めた。
右腕に骨を断つ手応えがあった。
が、その後、つんのめって畳に突っ伏した。
刀を鞘に収めることもできなかった。
10
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
織姫道場騒動記
鍛冶谷みの
歴史・時代
城下の外れに、織姫道場と呼ばれる町道場があった。
道場主の娘、織絵が師範代を務めていたことから、そう呼ばれていたのだが、その織姫、鬼姫とあだ名されるほどに強かった。道場破りに負けなしだったのだが、ある日、旅の浪人、結城才介に敗れ、師範代の座を降りてしまう。
そして、あろうことか、結城と夫婦になり、道場を譲ってしまったのだ。
織絵の妹、里絵は納得できず、結城を嫌っていた。
気晴らしにと出かけた花見で、家中の若侍たちと遭遇し、喧嘩になる。
多勢に無勢。そこへ現れたのは、結城だった。
子連れ同心捕物控
鍛冶谷みの
歴史・時代
定廻り同心、朝倉文四郎は、姉から赤子を預けられ、育てることになってしまった。肝心の姉は行方知れず。
一人暮らしの文四郎は、初めはどうしたらいいのかわからず、四苦八苦するが、周りの人たちに助けられ、仕事と子育ての両立に奮闘する。
この子は本当に姉の子なのか、疑問に思いながらも、赤子の可愛さに癒され情が移っていく。
そんなある日、赤子を狙う刺客が現れて・・・。
おっとりしている文四郎は見かけによらず、剣の腕は確かだ。
赤子を守りきり、親の元へ返すことはできるのか。
春雷のあと
紫乃森統子
歴史・時代
番頭の赤沢太兵衛に嫁して八年。初(はつ)には子が出来ず、婚家で冷遇されていた。夫に愛妾を迎えるよう説得するも、太兵衛は一向に頷かず、自ら離縁を申し出るべきか悩んでいた。
その矢先、領内で野盗による被害が頻発し、藩では太兵衛を筆頭として派兵することを決定する。
太兵衛の不在中、実家の八巻家を訪れた初は、昔馴染みで近習頭取を勤める宗方政之丞と再会するが……
壬生狼の戦姫
天羽ヒフミ
歴史・時代
──曰く、新撰組には「壬生狼の戦姫」と言われるほどの強い女性がいたと言う。
土方歳三には最期まで想いを告げられなかった許嫁がいた。名を君菊。幼馴染であり、歳三の良き理解者であった。だが彼女は喧嘩がとんでもなく強く美しい女性だった。そんな彼女にはある秘密があって──?
激動の時代、誠を貫いた新撰組の歴史と土方歳三の愛と人生、そして君菊の人生を描いたおはなし。
参考・引用文献
土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年
図説 新撰組 横田淳
新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博
犬鍋
戸部家尊
歴史・時代
江戸時代後期、伊那川藩では飢饉や貧困により民は困窮の極みにあった。
藩士加賀十四郎は友人たちと光流寺へ墓参りに行く。
そこで歴代藩主の墓の前で切腹している男を発見する。
「まさか、この男は……殿なのか?」
※戯曲形式ですので一部読みづらい点があるかと思います。
【完結】ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
藤散華
水城真以
歴史・時代
――藤と梅の下に埋められた、禁忌と、恋と、呪い。
時は平安――左大臣の一の姫・彰子は、父・道長の命令で今上帝の女御となる。顔も知らない夫となった人に焦がれる彰子だが、既に帝には、定子という最愛の妃がいた。
やがて年月は過ぎ、定子の夭折により、帝と彰子の距離は必然的に近づいたように見えたが、彰子は新たな中宮となって数年が経っても懐妊の兆しはなかった。焦燥に駆られた左大臣に、妖しの影が忍び寄る。
非凡な運命に絡め取られた少女の命運は。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる