隠密姫

鍛冶谷みの

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十三 告白

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 馬舎の前まで走ってきた。
 燃えているのは天守だ。
「お前の主人は必ず助ける」
 ねぎらいの抱擁をして、降りた。
「姫さま!」
 声のした方を見ると、井戸から頭を出した影がいた。
「馬が暴れていたので出してやったのですが、まさか姫さまを連れてくるとは」
 と驚いている。そして瞬時に厳しい顔になった。
「大和さまは、天守に。ここから通じております。中は火の海かもしれません」
「わらわが行く!急げ!」
 と、迷わず空井戸に飛び込んだ。
 素早い身のこなしに、影は唸った。
「こちらに」
 危険にも関わらず、思わず案内してしまっている。


「焼け死にを選ばれたのですね。じわじわと焼かれるのも悪くありません」
 息苦しい。
 対峙していられなくて、膝をついた。
「藤野・・・お前の言う通り、主人は一人で十分だな。わかっていた。俺は、主の器ではない」
 何かしゃべっていないと意識を持っていかれそうだった。
「いいえ、違います」
 意外にも、藤野が首を振った。
「修理さまは、若さまが怖いのです。それゆえに、亡き者になさりたいのです。そうしなければ、いずれ、己の首が危ないと思っておられる」
「・・・」
「そろそろ楽にして差し上げましょう」
 刀を抜いた。
 その時、何かがふわりと目の前に現れた。
「待て!刀を引け!」
 威厳のある声が響いた。
「!?」
 大和は幻覚を見たのかと思った。
 神が最期に惚れた女を見せてくれているのだ。
「わらわが、榊阿波守息女、美鶴である!わらわが江戸に戻らぬ時は、伊那代はないと思え!早ようここから逃れよ!」
「な・・・」
 やはり幻覚?
 何を言っているのかよくわからない。
 藤野が弾かれたように笑い出した。
「よくぞここまで参られた。しかし、そなたは姫さま付きの腰元どのでは?姫ではない!あのおりにお会いしましたな」
 美鶴が息を呑んだ。
 藤野はあの時、姫を見ている。
「共にあの世へ行きましょうか」
 藤野が躊躇なく袈裟に刀を振り下ろした。
 倒れてくる美鶴の体を抱き止める。
 ずっしりと重たい。幻ではない。
 肩口から胸にかけて、斬られて血が流れ出している。
 藤野がなおも刀を振り下ろした。
 刀と刀がぶつかる鋭い音がした。
 黒装束の忍びらしい男が、藤野の刃を受け止めている。
「大和さま、お下知を。・・・下知なくば動けませぬ!・・・姫さまをお早く!」
「斬れ!」
 断腸の思いで叫び、ぐったりしている女を抱き上げた。
 見回すと、火の海の中に、黒く開いている場所がある。
 そこを目掛けて走った。


 冷たい空気を吸ううちに、頭がはっきりしてくる。
 後から追いついてきた隠密の手を借りて、井戸から上がった。
「死ぬな」
 抱いている腕に力を込めた。
 颯がそばにきて、鼻面を押し付けてきた。
「姫の宿舎へ行く。城は安心できない」
 と隠密に言い、颯に馬具をつけてもらっていた。
 早く手当をするに越したことはないが、藤野のような輩がいるかもしれなかった。
 休んでいる暇はない。
 右腕で姫を抱き、左手で手綱を握った。
 怪我が治りきっていない左腕の感覚がなくなっているために、慎重に進んだ。
「本当に姫なのか・・・」
 だとしたら、俺よりもうつけではないか、と思う。
 相当のじゃじゃ馬だ。
「何故、俺を助けにきたのだ」
「・・・・」
 姫の唇が動いた。
「約束を・・・いたしました。大和さまを助けると・・・舞台から降りないで・・・」
「ならば、見届けてくれ。これからもずっと・・・」
 唇が微笑んでいた。
「死ぬな」


 襖を開けた時、そこには修理がいた。
 何事かと振り返った修理の顔が驚きを隠せない。
「これは叔父上。若殿は死んだとでも報告にこられたか。藤野は死にました」
 上座に座る姫が悲鳴をあげた。
 立ち上がって降りてくる。
「姫さま!姫さま!ご無事なのですか」
 縋って取り乱している。
 姫に付き従う侍に、美鶴を預けた。
「これは、如何なる・・・」
「そういうことだ。姫を斬った。もう伊那代は終わりだ。責任を取れるか」
 修理の顔がみるみる屈辱に歪んでいく。
「おのれっ!」
 差していた短刀をさっと抜き放った。
 その刃を向けた先は、先ほどまで姫の席に座っていた女子だった。
 斬りかかろうと、背後に迫る。
 刃を持つ右腕を掴んだ。
 そのまま、部屋から連れ出す。
「叔父上、お覚悟を」
 修理が斬りかかってくる。
 体を捻ってかわす。
 まだ、こちらの覚悟が決まらない。
 ここで決めなければ、また同じことの繰り返しだ。
 わかってはいるが、体がいうことを聞かない。
 体力が限界に近い。
 おそらく、一撃しかもたない。
 居合斬りの構えをとった。
 いつも冷静な修理が、怒りで我を忘れている。
 今しかない。
 全ての力を一閃に込めた。
 右腕に骨を断つ手応えがあった。
 が、その後、つんのめって畳に突っ伏した。
 刀を鞘に収めることもできなかった。

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