織姫道場騒動記

鍛冶谷みの

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十二

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「それは・・・今は、言えない」
 二人に見つめられて、窮したのか、逃げるように才介は答えた。

「今は? ではいつなら言えるのです?」
 織絵の追求はやまない。
 やっちゃえやっちゃえ。

 里絵は、内心喝采を送っているが、黙って、成り行きを見守る。
 才介は秘密が多すぎる。
 この際、徹底的に問い詰めるべきだ。

「里がいるからですか? 子供には聞かせられないことですか」

 大人のはなし?

「まあ、とにかく、・・・今は、話せるときではないんだ。ごめん」
「・・・」

 逃げたな。

 織絵のため息が聞こえる。

 もう、追求しないの?

「わかりました。待ちます」
 飲み込んで、矛を収めた。
 もう、おしまい?

「あのぉ・・・ちょっと言っていい?」
 里絵が、思わず口を挟んだ。
 こんな会話、イライラして聞いていられない。

「もう一度勝負したら、今度は姉上が勝つね。師範、今迷ってるから」
「里・・・」
「これは、一本取られたな。その通りかもしれないな」
 才介が苦笑して、首の後ろに手をやった。

「はっきり言わせて。姉上を泣かせたら、承知しないんだから。・・・私が、師範をぶった斬るから」
「・・・」
 どんな事情があるのかさっぱり想像もつかないけれど、里絵が言いたかったのは、これだ。

 才介に斬りかかっていきそうな目を向けた。

 二人は本当に夫婦なのか、疑わしいと思うことがある。
 だからこそ、受け入れ難く、もやもやする。
 姉と、道場も含めて、才介のいいようにされているのではないかという、変な感覚だ。
 そうじゃない、と否定してほしいが、今日のような会話を聞いていると、その感覚は正しいのではないかと思ってしまう。

 織絵の目は節穴ではない。
 厳しいその目の選別をくぐり抜けて、合格した男だ。
 だから、里絵にとやかく言う資格はないのだ。
 ないけれど、やっぱり言わずにはいられない。

 才介は、里絵の目を逃げずに受けた。
 苦しげではあったが、それだけでも、少しほっとした。

「いてっ!」
 本日二度目のゲンコツが頭の上に落ちた。

「できるわけないでしょ。あなたは、そんなことより、試合に向けて鍛え直しなさい。今のままでは叩きのめされるのがオチよ」

 そんなことは、自分が一番よくわかっている。



 朝は、まだ暗いうちに起きた。

 家を出て、高台に向かって走っていく。

 織絵は農耕で足腰を鍛えるが、里絵は野山を駆け回るのが好きだ。

 複雑に絡み合う木の根っこに躓かないように、木々の間をすり抜けて走り、木に登る。

 獣に間違えられて、驚かれることもあるが、枝から枝へ飛び移ったり、飛び降りるのもまた楽しい。

 休みなく駆け戻ってくると、才介が、井戸端で、頭から水を被っていた。

 こちらも朝稽古してきたらしく、汗を流しているのだ。

「朝からやってるな」
「そっちも」

 挨拶を交わして、里絵は母屋に戻る。
 お腹が空いていた。

 朝餉が済むと、家の掃除をし、水汲み、畑の手伝い。
 することはいくらでもある。
 それらが済んで、ようやく道場での稽古が始まる。

 打ち込み稽古。
 ずっと避けてきた、才介による稽古だ。

 才介に、ひたすら打ち込んでいく。

 どうして今まで避けてきたのだろうと不思議に思うほど、これがツボにはまった。

 どうやって一本取ろうかと打ち掛かっていくのが面白かった。
 才介はほぼ、全員を相手にしている。
 一斉に打ち掛かっても、誰も才介の体に当てられない。
 はねあげられ、いなされ、逆に打ち込まれたりする。

 どうにかして、当てたい。
 里絵は、飽きることなく、打ち込み続けた。
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