3 / 19
三
しおりを挟む
「では、まず御身を清めてくださいませ」
「清める?」
いきなり立ち合いは始まらない。
織絵による、道場破り転がしが始まるのだ。
これも、門弟たちの楽しみの一つ。
織絵の言う通りに、一つずつ進んでいかなければ、試合まで辿り着かない。
そうやって、篩にかけられるのだ。
試合までたどり着ける者は、多くない。
むやみやたらと受けないのが織姫流である。
「はい。そのままのお姿では、お断りでございます。・・・奥へ」
「はあ?」
結城才介は、怪訝な表情だ。
織姫道場の噂を聞いてきたのではないことは、織絵が師範代だと知らなかったことでもわかる。
これは面白そうだと、期待で笑いを隠しきれない者も出てきた。
近頃では、噂が広まって、このやりとりは承知の上でやってくる道場破りが多いのだ。
「道場は神聖な場所です。湯でホコリは落としてもらいます。お里、おたけさんに言って、手伝ってもらいなさい」
「はい」
と、里絵が奥へ走る。
おたけさんは、足の不自由な父の世話をしてくれている郷の人だ。
「いや、ホコリなら、井戸端で十分でござる」
「ご遠慮なさらず、まずは旅の疲れを癒されませ」
「・・・」
真意が飲み込めずに、きょとんとしている才介を、面白がっている門弟たちに、
「稽古はどうしました?」
織絵の声が飛んだ。
ここで怒り出す道場破りも多い。
殴り込みのように一方的に叩き潰そうとしてくる乱暴な者には、馬鹿にされているように思えるのかもしれない。
そのときの織絵は、
「そうですか。人の好意を踏みにじり、神聖な道場を泥で汚されると言うのなら、お相手にはなりませぬ。お帰りを」
と突き放す。
なおも威丈高になり、生意気な女と牙をむく輩には、織絵の剣が唸りをあげて叩きのめす。
もちろん、こちらからは仕掛けない。
あくまでも、正当防衛でなければならない。
これは試合とは見做されない。
文字通り、叩き出すといった感じだ。
そして、怒り出すのではなく、図々しくも背中をながせと無茶を言う、すけべな輩もいる。
そんなときは、
「よろしゅうございますが、少々、手荒でございますよ」
とにっこり笑う。
力が強いことも知らず、油断して裸になると、手痛い接待が待っていた。
女の悲鳴ではなく、男の叫び声が、家中に響くことになる。
「もうお帰りですか?」
体を真っ赤にして、ふんどしもつけずに逃げていく。
いつしか男を手玉にとる鬼姫とあだ名されるようになった。
さて、才介はどうなったかというと。
道場の入り口に正座した。
門弟たちは、顛末の見たさに稽古そっちのけで見入っている。
「ありがたいお話だが、それがしのような浪々の身に、湯などと、もったいない」
「遠慮はいらないと申しました。お帰りになりますか? わたくしはどちらでも構いませんが」
「いえ、その・・・」
道場破りがしどろもどろになっている。
またくすくす笑いが起こった。
「清める?」
いきなり立ち合いは始まらない。
織絵による、道場破り転がしが始まるのだ。
これも、門弟たちの楽しみの一つ。
織絵の言う通りに、一つずつ進んでいかなければ、試合まで辿り着かない。
そうやって、篩にかけられるのだ。
試合までたどり着ける者は、多くない。
むやみやたらと受けないのが織姫流である。
「はい。そのままのお姿では、お断りでございます。・・・奥へ」
「はあ?」
結城才介は、怪訝な表情だ。
織姫道場の噂を聞いてきたのではないことは、織絵が師範代だと知らなかったことでもわかる。
これは面白そうだと、期待で笑いを隠しきれない者も出てきた。
近頃では、噂が広まって、このやりとりは承知の上でやってくる道場破りが多いのだ。
「道場は神聖な場所です。湯でホコリは落としてもらいます。お里、おたけさんに言って、手伝ってもらいなさい」
「はい」
と、里絵が奥へ走る。
おたけさんは、足の不自由な父の世話をしてくれている郷の人だ。
「いや、ホコリなら、井戸端で十分でござる」
「ご遠慮なさらず、まずは旅の疲れを癒されませ」
「・・・」
真意が飲み込めずに、きょとんとしている才介を、面白がっている門弟たちに、
「稽古はどうしました?」
織絵の声が飛んだ。
ここで怒り出す道場破りも多い。
殴り込みのように一方的に叩き潰そうとしてくる乱暴な者には、馬鹿にされているように思えるのかもしれない。
そのときの織絵は、
「そうですか。人の好意を踏みにじり、神聖な道場を泥で汚されると言うのなら、お相手にはなりませぬ。お帰りを」
と突き放す。
なおも威丈高になり、生意気な女と牙をむく輩には、織絵の剣が唸りをあげて叩きのめす。
もちろん、こちらからは仕掛けない。
あくまでも、正当防衛でなければならない。
これは試合とは見做されない。
文字通り、叩き出すといった感じだ。
そして、怒り出すのではなく、図々しくも背中をながせと無茶を言う、すけべな輩もいる。
そんなときは、
「よろしゅうございますが、少々、手荒でございますよ」
とにっこり笑う。
力が強いことも知らず、油断して裸になると、手痛い接待が待っていた。
女の悲鳴ではなく、男の叫び声が、家中に響くことになる。
「もうお帰りですか?」
体を真っ赤にして、ふんどしもつけずに逃げていく。
いつしか男を手玉にとる鬼姫とあだ名されるようになった。
さて、才介はどうなったかというと。
道場の入り口に正座した。
門弟たちは、顛末の見たさに稽古そっちのけで見入っている。
「ありがたいお話だが、それがしのような浪々の身に、湯などと、もったいない」
「遠慮はいらないと申しました。お帰りになりますか? わたくしはどちらでも構いませんが」
「いえ、その・・・」
道場破りがしどろもどろになっている。
またくすくす笑いが起こった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~
水葉
歴史・時代
江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく
三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中
「ほんま相変わらず真面目やなぁ」
「そういう与平、お前は怠けすぎだ」
(やれやれ、また始まったよ……)
また二人と一匹の日常が始まる
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。
だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。
その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる