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5話 対決 龍と天女
四 離れていても(二)
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「清廉潔白が過ぎても、敵を作る。石見を陥れる陰謀にわしも加担した。大名になるのが夢だったわしにも、石見の存在が邪魔なものに思えたからだ。立花家に花ふぶきという刀があると、聞いたのも、その頃だ。裏立花の思惑がどうあれ、石見が花ふぶきを出すのなら、命まで取ることはないと思っておった。だが、石見は己の命と共に、花ふぶきを闇に葬った。正直、驚いた。それほどの物なのかと興味は増した」
「・・・」
「その花ふぶきを、この目で見られたことは幸いであった。それをそなたが完全に葬ってしまったがな。潔いことよ・・・」
苦笑が漏れる。
その笑いには清々しさすら感じられた。
四人とも、言葉を挟まず聞いている。
「牧が申しておった。立花新一郎にお家再興をさせてみたいと。えらく肩入れしていた。おそらく高崎あたりもそのように言うておるだろうが、わしも、見てみたくなった」
「・・・」
土岐から思いがけない言葉を聞いて、驚いた。
「新一郎、お家を再興させよ。石見ができなかったことを、そなたが叶えよ。それが死んでいった者たちへの罪滅ぼしでもある。主計の知行を横取りはできぬから、おそらく旗本か御家人から始めることにはなるだろうがな」
「・・・」
新一郎は、なんと返事をしていいかわからなかった。
だが、胸の内に、今までにない感情が芽生えたのも確かだった。
「わしの気が変わらぬうちに行け。・・・それと、その相州伝は置いていけ」
「え?」
「なんで?」
「そなたはわしに、もう立花家とは関わりがないとぬかしたであろう。その証を見せよ。その相州伝は立花家の家宝であろう。必要なかろうが」
土岐が正気を取り戻したように、不適な笑みを口元に浮かべた。
「うわっ、屁理屈・・・」
洋三郎が思わず漏らす。
「すべて一から出直せ。花ふぶきも相州伝もないところからだ。・・・わしはもう金輪際、立花家には手を出さぬ」
「・・・」
新一郎は、気を落ち着かせるために目を瞑り、ゆっくり呼吸した。
一時離れていたことはあったが、十年間ずっとそばにいて、命を守ってくれた愛刀だった。
手放せるのか。
目を開けて、弟妹の顔を見た。
みんな新一郎を心配そうに見ていた。
それぞれに頷き返し、土岐に視線を戻す。
「わかりました。置いていきます」
「久しぶりの娑婆はどう?」
洋三郎が言った。
土岐の役宅を出て、四人で道を歩いている。
波蕗は駕籠に乗ってきたから、立派な大名駕籠が、ついてきている。
「みんな、来てくれてありがとう。正直もう出られないかと思っていた」
「兄上まで、おれたちをみくびってたな?」
「いや、そういうわけではないが・・・みんなのおかげだ。大したものだな」
「波蕗も大活躍だったしな」
「みんなで勝ち取った勝利です」
波蕗が得意げに胸を張った。
「まさか、大目付にも、波蕗が・・・」
「はい。私がお願いにあがりました」
「それは最強だな」
「だろ?」
「新兄、本当に良かったの? 相州伝まで取られちゃって」
「ああ、いいんだ。・・・もうこれで、終わったんだ。花ふぶきをめぐる騒動は、何もかも」
「花ふぶきは折れ、相州伝まで取られて、なんか、勝った気がしないな」
立花家にまつわる物をすべて失ったような気がする。
「いや、勝ったさ。みんな無事にこうして生きている」
「それでよしとするか」
「あ、そういえば、美濃伝も置いてきてしまったな」
「ええっ! 主計のおっさん泣いて怒るよ。もう出入り禁止になるんじゃ」
ひとしきり笑った後、荘次郎が、紙入れを新一郎の懐に入れた。
「高崎さまが、ほとぼりが冷めるまで、江戸を離れた方がいいって」
「ああ、そうだな。何から何まで、世話になる」
分かれ道が近づいてきた。
「じゃあ、ひとまず立花家、解散といきますか」
荘次郎が言った。
「離れていても、独りじゃない」
「ああ」
頷きあった。
「さちさんには、おれから言っとくよ。一番心配してたのは、さちさんだからな。またしばらく会えなくなるけど」
「今度集まるときはさあ、きっと、あれの時だよね」
ししし、と洋三郎が変な笑い方をする。
「あれってなんだ」
「新兄、気がついてよお」
「あれと言われてもわからん」
「もう・・・」
「なに?」
波蕗が荘次郎に聞いている。
「それはね・・・」
「ああ、なるほど」
答えを聞いて、満面の笑みになった。
「なんだ、教えろ」
「やあだよお、旅の道中考えてよ」
じゃあね、と逃げるようにして洋三郎が去り、波蕗は駕籠に乗り込んだ。
「こっちのことは、心配いらないから、のんびりしておいでよ」
荘次郎が手を振る。
四人それぞれが、それぞれの道へ、歩き出した。
「・・・」
「その花ふぶきを、この目で見られたことは幸いであった。それをそなたが完全に葬ってしまったがな。潔いことよ・・・」
苦笑が漏れる。
その笑いには清々しさすら感じられた。
四人とも、言葉を挟まず聞いている。
「牧が申しておった。立花新一郎にお家再興をさせてみたいと。えらく肩入れしていた。おそらく高崎あたりもそのように言うておるだろうが、わしも、見てみたくなった」
「・・・」
土岐から思いがけない言葉を聞いて、驚いた。
「新一郎、お家を再興させよ。石見ができなかったことを、そなたが叶えよ。それが死んでいった者たちへの罪滅ぼしでもある。主計の知行を横取りはできぬから、おそらく旗本か御家人から始めることにはなるだろうがな」
「・・・」
新一郎は、なんと返事をしていいかわからなかった。
だが、胸の内に、今までにない感情が芽生えたのも確かだった。
「わしの気が変わらぬうちに行け。・・・それと、その相州伝は置いていけ」
「え?」
「なんで?」
「そなたはわしに、もう立花家とは関わりがないとぬかしたであろう。その証を見せよ。その相州伝は立花家の家宝であろう。必要なかろうが」
土岐が正気を取り戻したように、不適な笑みを口元に浮かべた。
「うわっ、屁理屈・・・」
洋三郎が思わず漏らす。
「すべて一から出直せ。花ふぶきも相州伝もないところからだ。・・・わしはもう金輪際、立花家には手を出さぬ」
「・・・」
新一郎は、気を落ち着かせるために目を瞑り、ゆっくり呼吸した。
一時離れていたことはあったが、十年間ずっとそばにいて、命を守ってくれた愛刀だった。
手放せるのか。
目を開けて、弟妹の顔を見た。
みんな新一郎を心配そうに見ていた。
それぞれに頷き返し、土岐に視線を戻す。
「わかりました。置いていきます」
「久しぶりの娑婆はどう?」
洋三郎が言った。
土岐の役宅を出て、四人で道を歩いている。
波蕗は駕籠に乗ってきたから、立派な大名駕籠が、ついてきている。
「みんな、来てくれてありがとう。正直もう出られないかと思っていた」
「兄上まで、おれたちをみくびってたな?」
「いや、そういうわけではないが・・・みんなのおかげだ。大したものだな」
「波蕗も大活躍だったしな」
「みんなで勝ち取った勝利です」
波蕗が得意げに胸を張った。
「まさか、大目付にも、波蕗が・・・」
「はい。私がお願いにあがりました」
「それは最強だな」
「だろ?」
「新兄、本当に良かったの? 相州伝まで取られちゃって」
「ああ、いいんだ。・・・もうこれで、終わったんだ。花ふぶきをめぐる騒動は、何もかも」
「花ふぶきは折れ、相州伝まで取られて、なんか、勝った気がしないな」
立花家にまつわる物をすべて失ったような気がする。
「いや、勝ったさ。みんな無事にこうして生きている」
「それでよしとするか」
「あ、そういえば、美濃伝も置いてきてしまったな」
「ええっ! 主計のおっさん泣いて怒るよ。もう出入り禁止になるんじゃ」
ひとしきり笑った後、荘次郎が、紙入れを新一郎の懐に入れた。
「高崎さまが、ほとぼりが冷めるまで、江戸を離れた方がいいって」
「ああ、そうだな。何から何まで、世話になる」
分かれ道が近づいてきた。
「じゃあ、ひとまず立花家、解散といきますか」
荘次郎が言った。
「離れていても、独りじゃない」
「ああ」
頷きあった。
「さちさんには、おれから言っとくよ。一番心配してたのは、さちさんだからな。またしばらく会えなくなるけど」
「今度集まるときはさあ、きっと、あれの時だよね」
ししし、と洋三郎が変な笑い方をする。
「あれってなんだ」
「新兄、気がついてよお」
「あれと言われてもわからん」
「もう・・・」
「なに?」
波蕗が荘次郎に聞いている。
「それはね・・・」
「ああ、なるほど」
答えを聞いて、満面の笑みになった。
「なんだ、教えろ」
「やあだよお、旅の道中考えてよ」
じゃあね、と逃げるようにして洋三郎が去り、波蕗は駕籠に乗り込んだ。
「こっちのことは、心配いらないから、のんびりしておいでよ」
荘次郎が手を振る。
四人それぞれが、それぞれの道へ、歩き出した。
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