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5話 対決 龍と天女
四 離れていても(一)
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坂下が倒れるのを見届けて、土岐に近づく。
「花ふぶきを折ったのか!」
信じられないと言うように、目を見開いている。
新一郎が近づいてくるので、はっと我にかえって部屋に下がった。
「曲者じゃ! 出合え出合え!」
大声で呼ばわった。
が、家臣たちが来る気配がない。
「何をしておる!」
動揺を隠せず、慌てている。
「誰も来ないよ。ねんねしてるか、恐れをなしちゃってさあ・・・」
家臣たちの代わりにのんびり現れたのは、指をポキポキ鳴らした洋三郎と、荘次郎だ。
荘次郎は手に、下文を持っている。
「大した威力だよな、これ。でも、心配しなくてもいいぜ。ただ、立花家に手出しは無用って書いてあるだけだからな。あんたをどうこうするもんじゃない」
「高崎を動かしたのか」
「高崎さまには骨を折ってもらった。ご老中が父上のことを覚えていて、書いてくれたそうだ。あくまでもおれたちを始末すると言うのなら、それを止めるだけの効力はなさそうだけどな。公のものではない。・・・ただ、公のものじゃなくても、それを無視すれば心証が悪くなるってだけのことだ。ご老中に掛け合ってくれた高崎さまも、これが精一杯だと言っていた。おれたちは兄上が無事に戻ってくれば、それでいい」
土岐に書付を渡した。
「まさか、こんなものにご老中が署名するとは・・・」
と舌打ちした。
「町奉行が失態を犯したらどうなるか、事勿れ主義というか、後で騒ぎを起こされたくないんだろう。それよりもおれたちの立ち入りを許して、ことを穏便に済ました方が得策ですよってね。殺すためじゃなくて、生かすための陰謀って言ってほしいね」
「荘次郎・・・」
「兄上、待たせたな。間に合ってよかった。波蕗もよくやったな」
「はい」
四人はそれぞれ顔を見合わせて、安堵の表情になった。
「四兄妹にしてやられたか」
土岐が低く笑い出し、書付を破り捨てた。
「こんなもの、なんの役にも立たぬわ。だが、兄妹を甘くみたわしの負けのようだ」
刀を下げたままの新一郎を見て言った。
「好きにするが良い。斬るなり突くなりどうとでもせよ」
部屋にどかりと座り、居直った。
新一郎は、庭から縁に上がった。
土岐に向き合うと、刀を後ろに置いて座る。
「十年前のようなことは、致しません。今後一切我らに関わらぬと誓ってくれさえすれば」
「斬らぬだと? 親の仇を目の前にして討たぬのか」
「降りかかる火の粉はやむを得ず払います。今後も、牙を剥いてくるなら」
新一郎が、土岐を睨むように鋭く見る。
土岐は、その視線を正面から受け止め、苦笑を浮かべた。
「甘いの。そなたを見ておると、石見を思い出す。わしは、奏者番をしておった立花に助けられたことがある。ずいぶん前のことだが、年頭の登城は、諸侯でごった返す。座る席を間違えると大変なことになるのだが、うっかりしておって違うところに座っておってな。土岐どのはこちらに、とすぐさま飛んできた。仕事のできる男であった。すぐに寺社奉行に出世するだろうと言われておった」
と、遠くを見るように目を細めた。
「高崎らの同期にも、上役からも信頼されているように見えた。謹厳実直を絵に描いたような男だ。それでいて人当たりが良く、柔らかい。人気もあるが、逆に疎まれもする。このような男に出世されては不都合な者も多いのだ。名は控えるが、一人挙げるとすれば、裏立花。主計の父親もその一人だった」
「花ふぶきを折ったのか!」
信じられないと言うように、目を見開いている。
新一郎が近づいてくるので、はっと我にかえって部屋に下がった。
「曲者じゃ! 出合え出合え!」
大声で呼ばわった。
が、家臣たちが来る気配がない。
「何をしておる!」
動揺を隠せず、慌てている。
「誰も来ないよ。ねんねしてるか、恐れをなしちゃってさあ・・・」
家臣たちの代わりにのんびり現れたのは、指をポキポキ鳴らした洋三郎と、荘次郎だ。
荘次郎は手に、下文を持っている。
「大した威力だよな、これ。でも、心配しなくてもいいぜ。ただ、立花家に手出しは無用って書いてあるだけだからな。あんたをどうこうするもんじゃない」
「高崎を動かしたのか」
「高崎さまには骨を折ってもらった。ご老中が父上のことを覚えていて、書いてくれたそうだ。あくまでもおれたちを始末すると言うのなら、それを止めるだけの効力はなさそうだけどな。公のものではない。・・・ただ、公のものじゃなくても、それを無視すれば心証が悪くなるってだけのことだ。ご老中に掛け合ってくれた高崎さまも、これが精一杯だと言っていた。おれたちは兄上が無事に戻ってくれば、それでいい」
土岐に書付を渡した。
「まさか、こんなものにご老中が署名するとは・・・」
と舌打ちした。
「町奉行が失態を犯したらどうなるか、事勿れ主義というか、後で騒ぎを起こされたくないんだろう。それよりもおれたちの立ち入りを許して、ことを穏便に済ました方が得策ですよってね。殺すためじゃなくて、生かすための陰謀って言ってほしいね」
「荘次郎・・・」
「兄上、待たせたな。間に合ってよかった。波蕗もよくやったな」
「はい」
四人はそれぞれ顔を見合わせて、安堵の表情になった。
「四兄妹にしてやられたか」
土岐が低く笑い出し、書付を破り捨てた。
「こんなもの、なんの役にも立たぬわ。だが、兄妹を甘くみたわしの負けのようだ」
刀を下げたままの新一郎を見て言った。
「好きにするが良い。斬るなり突くなりどうとでもせよ」
部屋にどかりと座り、居直った。
新一郎は、庭から縁に上がった。
土岐に向き合うと、刀を後ろに置いて座る。
「十年前のようなことは、致しません。今後一切我らに関わらぬと誓ってくれさえすれば」
「斬らぬだと? 親の仇を目の前にして討たぬのか」
「降りかかる火の粉はやむを得ず払います。今後も、牙を剥いてくるなら」
新一郎が、土岐を睨むように鋭く見る。
土岐は、その視線を正面から受け止め、苦笑を浮かべた。
「甘いの。そなたを見ておると、石見を思い出す。わしは、奏者番をしておった立花に助けられたことがある。ずいぶん前のことだが、年頭の登城は、諸侯でごった返す。座る席を間違えると大変なことになるのだが、うっかりしておって違うところに座っておってな。土岐どのはこちらに、とすぐさま飛んできた。仕事のできる男であった。すぐに寺社奉行に出世するだろうと言われておった」
と、遠くを見るように目を細めた。
「高崎らの同期にも、上役からも信頼されているように見えた。謹厳実直を絵に描いたような男だ。それでいて人当たりが良く、柔らかい。人気もあるが、逆に疎まれもする。このような男に出世されては不都合な者も多いのだ。名は控えるが、一人挙げるとすれば、裏立花。主計の父親もその一人だった」
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