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5話 対決 龍と天女
三 二振り邂逅す(二)
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そして、おねだりするように、上目遣いに土岐を見、小首をかしげる。
さちにでも教わったのか、無意識にしているのかわからないが、された方は、抗い難いものがあるのだろう。
「坂下。相州伝をこれへもて」
「は」
呼ばれて、縁に近づいた。
波蕗を見据えるように見ながら、刀を鞘ごと外す。
新一郎は、見ていてハラハラした。
「どうするのか」
土岐は面白がって先を促す。
「本当は床の間がいいのですけれど、そうも言っていられませんから、畳の上で結構ですから置いてください」
そう言って、坂下を臆せずに見て言葉をついだ。
「上がってくださいますか?」
部屋に上がれと言うのだ。
「相州伝をお遣いになられるお方は、よく見ていただかねばなりません」
「・・・」
坂下が怪訝な表情になるが、渋々でも従うようだった。
新一郎が縛られたまま、一人で残されたかたちだ。
坂下が置いた相州伝の隣に、波蕗が花ふぶきを置いた。
下からは見えないが、黒の鞘と、赤の鞘が並べられているのだろう。
「まずは、相州伝をご覧になってください」
「見なくともわかる」
坂下が素っ気なく言う。
「土岐さまは?」
「見ておらん」
「では」
見てください、と手に取ってみるように促している。
そのとき、新一郎の耳に、風を切るような音と、地面に何かが落ちる音が微かに聞こえた。
そっと、気づかれないように首を傾けて後ろの方を見ると、塀の上で何かが動いている。
荘次郎だった。
頭だけ塀の上から出して、何やら指を動かしているようだった。
拾え、と言っているのか。
座敷では、土岐が刀を見ている。
その隙に、さっき後ろで音がした方を、振り返ってみた。
小柄が落ちている。
そっと体ごと動かして、後ろ手のまま拾った。
「その姿をよく覚えていてくださいませ。本当に見なくてよろしいですか?」
波蕗が、坂下に念を押している。
「次に、花ふぶきをご覧ください。まずは、拵を。・・・これは、何を表していると思われますか?」
「波かのう」
「なぜ花ふぶきというのか、名前の由来にもなっております」
「桜も舞っておるか」
「鍔もご覧に」
土岐が、花ふぶきを持ち、鍔の意匠を眺めた。
波蕗がさりげなく、相州伝を傍に寄せた。
「景色が描かれておりますが、どこの景色かおわかりになりますね」
大の大人を相手に、わけ知り顔で説明する波蕗が可愛らしい。
この思い切りの良さは、藤子の血を引いているのだろう。
「富士山じゃな。・・・相州か」
「その通りにございます。中身もご覧になってください。正解がわかりますよ」
「ほう」
土岐は、波蕗とのやりとりを楽しんでいるようだった。
鯉口をきり、鞘を払った。
「倶利伽羅の龍は、五頭龍でございます。・・・そして、天女が」
「おお、ここにおるわ」
「江ノ島の伝説をご存知でしょうか」
「いや、知らなんだ。そなた、博識じゃの」
「恐れ入ります。先ほど波とおっしゃいましたが、実は、波のようでいて、天女の羽衣なのです」
「そうか、謎解きか。面白いのう」
と笑って、刀を坂下に渡した。
「どうじゃ、坂下、この刀をどう思う」
受け取った坂下が、刀身を食い入るように眺めた。
さちにでも教わったのか、無意識にしているのかわからないが、された方は、抗い難いものがあるのだろう。
「坂下。相州伝をこれへもて」
「は」
呼ばれて、縁に近づいた。
波蕗を見据えるように見ながら、刀を鞘ごと外す。
新一郎は、見ていてハラハラした。
「どうするのか」
土岐は面白がって先を促す。
「本当は床の間がいいのですけれど、そうも言っていられませんから、畳の上で結構ですから置いてください」
そう言って、坂下を臆せずに見て言葉をついだ。
「上がってくださいますか?」
部屋に上がれと言うのだ。
「相州伝をお遣いになられるお方は、よく見ていただかねばなりません」
「・・・」
坂下が怪訝な表情になるが、渋々でも従うようだった。
新一郎が縛られたまま、一人で残されたかたちだ。
坂下が置いた相州伝の隣に、波蕗が花ふぶきを置いた。
下からは見えないが、黒の鞘と、赤の鞘が並べられているのだろう。
「まずは、相州伝をご覧になってください」
「見なくともわかる」
坂下が素っ気なく言う。
「土岐さまは?」
「見ておらん」
「では」
見てください、と手に取ってみるように促している。
そのとき、新一郎の耳に、風を切るような音と、地面に何かが落ちる音が微かに聞こえた。
そっと、気づかれないように首を傾けて後ろの方を見ると、塀の上で何かが動いている。
荘次郎だった。
頭だけ塀の上から出して、何やら指を動かしているようだった。
拾え、と言っているのか。
座敷では、土岐が刀を見ている。
その隙に、さっき後ろで音がした方を、振り返ってみた。
小柄が落ちている。
そっと体ごと動かして、後ろ手のまま拾った。
「その姿をよく覚えていてくださいませ。本当に見なくてよろしいですか?」
波蕗が、坂下に念を押している。
「次に、花ふぶきをご覧ください。まずは、拵を。・・・これは、何を表していると思われますか?」
「波かのう」
「なぜ花ふぶきというのか、名前の由来にもなっております」
「桜も舞っておるか」
「鍔もご覧に」
土岐が、花ふぶきを持ち、鍔の意匠を眺めた。
波蕗がさりげなく、相州伝を傍に寄せた。
「景色が描かれておりますが、どこの景色かおわかりになりますね」
大の大人を相手に、わけ知り顔で説明する波蕗が可愛らしい。
この思い切りの良さは、藤子の血を引いているのだろう。
「富士山じゃな。・・・相州か」
「その通りにございます。中身もご覧になってください。正解がわかりますよ」
「ほう」
土岐は、波蕗とのやりとりを楽しんでいるようだった。
鯉口をきり、鞘を払った。
「倶利伽羅の龍は、五頭龍でございます。・・・そして、天女が」
「おお、ここにおるわ」
「江ノ島の伝説をご存知でしょうか」
「いや、知らなんだ。そなた、博識じゃの」
「恐れ入ります。先ほど波とおっしゃいましたが、実は、波のようでいて、天女の羽衣なのです」
「そうか、謎解きか。面白いのう」
と笑って、刀を坂下に渡した。
「どうじゃ、坂下、この刀をどう思う」
受け取った坂下が、刀身を食い入るように眺めた。
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