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5話 対決 龍と天女
二 守るための死(三)
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何もできないのは、これほど辛いものだったのだ。
場所も立場も違うが、父と同じ状況に陥り、その苦悩に思いを馳せる。
己の命さえ投げ出せば、守れるものがあるというのは、一見救いのようにも思われる。
父には、守るものがあった。
お家も子供も家臣も武士としての誇りも。そして刀も。
死によって、それらを守ったのだ。
(父上・・・)
涙が溢れて頬を伝う。
だが、この死は、己で選んだと言えるのか。
腹を切るとは、体のいい殺人ではないか。
無念だったろう。
怒りが湧いてくる。
悲しみではない、憤りの涙に変わる。
(ここで、死んではならない)
そう強く思った。
父とは違って、己に守るものは、何もない。
お家も家臣も武士としての誇りも。
弟妹たちやさちだって、おれに守ってもらいたいなんて思っていないだろう。
花ふぶきもそうだ。
立花家を離れて旅立った。
命を賭して守るものではない。
(父上が、おれたちを解放してくれたのだ)
おれのやることは、死ぬことじゃない。
新一郎は、項垂れながらも、決意する。
屈しはしないと。
敵わぬまでも、対決する、と。
七日ほどが経っただろうか。
新一郎は、大人しく座したまま過ごした。
一日に一度は様子を見にくる坂下とは、もう何も話すことはない。
何か策があるわけでもなく、ただただときが過ぎるのを待っていただけだ。
坂下が来て、牢から出された。
今度は縄で縛られる。
場所も前と同じではなかった。
引き出されたのは、庭の一角。
罪人のように、座らされた。
とうとうそのときがきたのだ。
「介錯は私がつとめる。・・・この相州伝でな」
坂下が腰にしているのは、新一郎の刀だった。
横目に睨みつける。
「切腹すると誰が言った」
「違うのか。ならば、打首だな。どちらも大して変わらぬ。苦しまぬよう、あの世に送ってやる。己の刀で逝けるなら本望であろう」
土岐が、悠々と縁を歩いてくるのが見えた。
「どうした。まだ覚悟ができておらなんだか」
「何の覚悟だ!」
「花ふぶきも来んようだ。もはや待っても無駄であろう。見届けてつかわす」
「腹は切らぬ」
「往生際が悪いな。前にも言ったが、同心殺しの罪で裁けば、誰も文句はないのだ。もっと利口かと思っておったが。買い被りであったか」
「おれは、父上とは違う。あんたの言うことをきく謂れなどない。勘違いしているのはそっちだろう」
新一郎は、肩をそびやかした。
「もはや、立花家とは何の関わりもないおれを恐れているのか。笑わせる」
土岐が笑い出した。
不機嫌になるでも怒るでもなく、余裕がある。
さすがに大目付や奉行を務めてきただけのことはある。
新一郎など、足元にも及ばないような修羅場を経験してきているのだ。
太刀打ちできるはずもない。
「どうした。負け犬の遠吠えか。死ぬ前にほざくのか。今更何を言うたとて、手遅れじゃぞ」
場所も立場も違うが、父と同じ状況に陥り、その苦悩に思いを馳せる。
己の命さえ投げ出せば、守れるものがあるというのは、一見救いのようにも思われる。
父には、守るものがあった。
お家も子供も家臣も武士としての誇りも。そして刀も。
死によって、それらを守ったのだ。
(父上・・・)
涙が溢れて頬を伝う。
だが、この死は、己で選んだと言えるのか。
腹を切るとは、体のいい殺人ではないか。
無念だったろう。
怒りが湧いてくる。
悲しみではない、憤りの涙に変わる。
(ここで、死んではならない)
そう強く思った。
父とは違って、己に守るものは、何もない。
お家も家臣も武士としての誇りも。
弟妹たちやさちだって、おれに守ってもらいたいなんて思っていないだろう。
花ふぶきもそうだ。
立花家を離れて旅立った。
命を賭して守るものではない。
(父上が、おれたちを解放してくれたのだ)
おれのやることは、死ぬことじゃない。
新一郎は、項垂れながらも、決意する。
屈しはしないと。
敵わぬまでも、対決する、と。
七日ほどが経っただろうか。
新一郎は、大人しく座したまま過ごした。
一日に一度は様子を見にくる坂下とは、もう何も話すことはない。
何か策があるわけでもなく、ただただときが過ぎるのを待っていただけだ。
坂下が来て、牢から出された。
今度は縄で縛られる。
場所も前と同じではなかった。
引き出されたのは、庭の一角。
罪人のように、座らされた。
とうとうそのときがきたのだ。
「介錯は私がつとめる。・・・この相州伝でな」
坂下が腰にしているのは、新一郎の刀だった。
横目に睨みつける。
「切腹すると誰が言った」
「違うのか。ならば、打首だな。どちらも大して変わらぬ。苦しまぬよう、あの世に送ってやる。己の刀で逝けるなら本望であろう」
土岐が、悠々と縁を歩いてくるのが見えた。
「どうした。まだ覚悟ができておらなんだか」
「何の覚悟だ!」
「花ふぶきも来んようだ。もはや待っても無駄であろう。見届けてつかわす」
「腹は切らぬ」
「往生際が悪いな。前にも言ったが、同心殺しの罪で裁けば、誰も文句はないのだ。もっと利口かと思っておったが。買い被りであったか」
「おれは、父上とは違う。あんたの言うことをきく謂れなどない。勘違いしているのはそっちだろう」
新一郎は、肩をそびやかした。
「もはや、立花家とは何の関わりもないおれを恐れているのか。笑わせる」
土岐が笑い出した。
不機嫌になるでも怒るでもなく、余裕がある。
さすがに大目付や奉行を務めてきただけのことはある。
新一郎など、足元にも及ばないような修羅場を経験してきているのだ。
太刀打ちできるはずもない。
「どうした。負け犬の遠吠えか。死ぬ前にほざくのか。今更何を言うたとて、手遅れじゃぞ」
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