67 / 74
5話 対決 龍と天女
二 守るための死(二)
しおりを挟む
「花ふぶきは、もう立花家にはない。それは、わかっていることでしょう。表の家もあなた方に潰されている。それなのに・・・まだ立花家に用があるのですか」
背中を押さえつける力は緩められたが、腕を掴む坂下の手は解かれない。
下から睨み上げるように、土岐を見て言った。
「花ふぶきは、あれば役に立つ。見たいと仰せの方々も多い。有意義に使わせてもらう。・・・だが、それだけではわしの気がおさまらぬでな」
土岐の目が、刺すように見下ろす。
「新一郎よ。腹を切れ」
土岐の声が無情に響く。
「なっ!・・・」
暴れると思ったのか、新一郎を押さえる坂下の手に、ぎりぎりと力が込められた。
「そなたの父、立花石見は、腹を切ったぞ。花ふぶきを守るため、そなたたち、子供らの命と引き換えにな」
雨が激しく降り出した。
「そなたは今、人質としてここにおる。その人質が死ねば、周りがどう動こうと、花ふぶきを持つ鳥居が出すはずがない。守ることができるというもの。・・・どうじゃ、己の命と引き換えに守ってみるか」
「・・・」
「刀を手にいれる手段はいくらでもあるであろう。わしがしたいのは、そなたを亡き者にすることじゃ。主計のように凡庸な男ならば、そのまま捨て置いたやもしれぬが、危機に陥るたびに切り抜けてきた、その器量は侮れぬ。高崎を動かし、鳥居を動かし、いずれ、わしの邪魔をする。邪魔なものは、早いうちに取り除いておかねばならぬ。石見のようにな」
土岐の口元がわずかに歪んだ。
「どちらにしろ、そなたには死んでもらう。腹を切らずとも、それはそれで良い。そなたを助けるために花ふぶきを持ってくるだろう。そのときに兄弟まとめて皆殺しにするだけだ。まあ、兄弟にそれだけの力があればの話だがな。・・・それで、立花家は完全に死に絶える」
「・・・」
新一郎は、無意識に込めていた力を抜き、項垂れた。
坂下に掴まれている腕の感覚がなくなり、痺れてきた。
もはや、できることは何もないのか。
「すぐにとは言わん。どちらでも好きに選べ。じっくりと考えるが良い」
そう言うと、土岐は立ち上がった。
その姿が見えなくなったところで、坂下が新一郎を立たせた。
支えが必要なほど、体に力が入らない。
(負けたのか・・・)
無様にも、打ちのめされていた。
雨に濡れる庭先が目に入った。
そこで腹を切る、己の姿が見えるようだった。
「土岐め、焦りよったか」
高崎勘解由は、左手で顎を掴んで唸った。
「派手にやられたもんだな」
主計と、荘次郎、洋三郎が若年寄の屋敷に通され、目通りがかなっていた。
これまでの経緯を話したところである。
「しかし、主計どのが表の立花のために骨を折るとはな。新一郎の人柄かのう」
高崎がしみじみ頷いた。
主計が口を利いてくれなければ、ここまでは来れなかっただろう。
「ありがたいことにございます」
高崎の言葉に、改めて、荘次郎と洋三郎が頭を下げた。
「立花家に、表も裏もありませぬ、ゆえ」
主計が新一郎の口真似をし、
「似てません」
洋三郎が笑いを堪えながら言った。
「しかし、町奉行も大目付も老中の支配だ。私には何もできぬ」
そう言われるだろうということはわかっていた。
それでも、何か、できることがあるはずだ。
駄目かどうかは、やってみなければわからない。
「何か良い手でも思いついたか? 遠慮なく申して良い」
荘次郎が右手をついた。
「恐れながら、鳥居さまにお口添えいただきたく」
「鳥居に?」
「はい。花ふぶきを、立花にお返しくださるようにと」
「花ふぶきをのう。それは、その方らが献上したのであろう」
「それゆえ、我らが言っても難しいと存じます」
「私でも難しかろう。どうするというのだ」
「正直に話すしかありません」
「土岐に花ふぶきをやるなどと申したら、余計に離しはせんだろう」
「そうでしょうね」
「なんと言うつもりだ」
「正直に話した上で、こうおっしゃってください。高崎さまにしか言えないことです」
「ほう、なんだ」
高崎が興味をそそられたように身を乗り出した。
「花ふぶきをお返しくだされば、土岐を追い落とし、追い詰めることができると」
「次男坊は過激だな。誰が追い詰めるのだ」
と、笑い出した。
「そのようなことが言えるか」
「申し訳ございませぬ」
主計が頭を下げる。
「高崎さまは、土岐をこのまま放っておかれるのですか」
荘次郎が食い下がる。
「私とて、立花の仇は取りたいと思っておる。石見を救えなかった分、新一郎を見殺しにはしたくない」
「ならば・・・」
「そう急くな。もう少しつめよ。焦ってはならぬ」
高崎の言うことはもっともだった。
背中を押さえつける力は緩められたが、腕を掴む坂下の手は解かれない。
下から睨み上げるように、土岐を見て言った。
「花ふぶきは、あれば役に立つ。見たいと仰せの方々も多い。有意義に使わせてもらう。・・・だが、それだけではわしの気がおさまらぬでな」
土岐の目が、刺すように見下ろす。
「新一郎よ。腹を切れ」
土岐の声が無情に響く。
「なっ!・・・」
暴れると思ったのか、新一郎を押さえる坂下の手に、ぎりぎりと力が込められた。
「そなたの父、立花石見は、腹を切ったぞ。花ふぶきを守るため、そなたたち、子供らの命と引き換えにな」
雨が激しく降り出した。
「そなたは今、人質としてここにおる。その人質が死ねば、周りがどう動こうと、花ふぶきを持つ鳥居が出すはずがない。守ることができるというもの。・・・どうじゃ、己の命と引き換えに守ってみるか」
「・・・」
「刀を手にいれる手段はいくらでもあるであろう。わしがしたいのは、そなたを亡き者にすることじゃ。主計のように凡庸な男ならば、そのまま捨て置いたやもしれぬが、危機に陥るたびに切り抜けてきた、その器量は侮れぬ。高崎を動かし、鳥居を動かし、いずれ、わしの邪魔をする。邪魔なものは、早いうちに取り除いておかねばならぬ。石見のようにな」
土岐の口元がわずかに歪んだ。
「どちらにしろ、そなたには死んでもらう。腹を切らずとも、それはそれで良い。そなたを助けるために花ふぶきを持ってくるだろう。そのときに兄弟まとめて皆殺しにするだけだ。まあ、兄弟にそれだけの力があればの話だがな。・・・それで、立花家は完全に死に絶える」
「・・・」
新一郎は、無意識に込めていた力を抜き、項垂れた。
坂下に掴まれている腕の感覚がなくなり、痺れてきた。
もはや、できることは何もないのか。
「すぐにとは言わん。どちらでも好きに選べ。じっくりと考えるが良い」
そう言うと、土岐は立ち上がった。
その姿が見えなくなったところで、坂下が新一郎を立たせた。
支えが必要なほど、体に力が入らない。
(負けたのか・・・)
無様にも、打ちのめされていた。
雨に濡れる庭先が目に入った。
そこで腹を切る、己の姿が見えるようだった。
「土岐め、焦りよったか」
高崎勘解由は、左手で顎を掴んで唸った。
「派手にやられたもんだな」
主計と、荘次郎、洋三郎が若年寄の屋敷に通され、目通りがかなっていた。
これまでの経緯を話したところである。
「しかし、主計どのが表の立花のために骨を折るとはな。新一郎の人柄かのう」
高崎がしみじみ頷いた。
主計が口を利いてくれなければ、ここまでは来れなかっただろう。
「ありがたいことにございます」
高崎の言葉に、改めて、荘次郎と洋三郎が頭を下げた。
「立花家に、表も裏もありませぬ、ゆえ」
主計が新一郎の口真似をし、
「似てません」
洋三郎が笑いを堪えながら言った。
「しかし、町奉行も大目付も老中の支配だ。私には何もできぬ」
そう言われるだろうということはわかっていた。
それでも、何か、できることがあるはずだ。
駄目かどうかは、やってみなければわからない。
「何か良い手でも思いついたか? 遠慮なく申して良い」
荘次郎が右手をついた。
「恐れながら、鳥居さまにお口添えいただきたく」
「鳥居に?」
「はい。花ふぶきを、立花にお返しくださるようにと」
「花ふぶきをのう。それは、その方らが献上したのであろう」
「それゆえ、我らが言っても難しいと存じます」
「私でも難しかろう。どうするというのだ」
「正直に話すしかありません」
「土岐に花ふぶきをやるなどと申したら、余計に離しはせんだろう」
「そうでしょうね」
「なんと言うつもりだ」
「正直に話した上で、こうおっしゃってください。高崎さまにしか言えないことです」
「ほう、なんだ」
高崎が興味をそそられたように身を乗り出した。
「花ふぶきをお返しくだされば、土岐を追い落とし、追い詰めることができると」
「次男坊は過激だな。誰が追い詰めるのだ」
と、笑い出した。
「そのようなことが言えるか」
「申し訳ございませぬ」
主計が頭を下げる。
「高崎さまは、土岐をこのまま放っておかれるのですか」
荘次郎が食い下がる。
「私とて、立花の仇は取りたいと思っておる。石見を救えなかった分、新一郎を見殺しにはしたくない」
「ならば・・・」
「そう急くな。もう少しつめよ。焦ってはならぬ」
高崎の言うことはもっともだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

子連れ同心捕物控
鍛冶谷みの
歴史・時代
定廻り同心、朝倉文四郎は、姉から赤子を預けられ、育てることになってしまった。肝心の姉は行方知れずで、詳しいことはわからない。
与力の家に、姉が連れてきた貰い乳の女がいて、その女の赤子の行方を追うが、若い侍によって、証拠が消されてしまう。
それでも目付の働きによって赤子を取り戻した夜、襲われていた姉を助け、話を聞き、赤子の父親を知る。
※人情物ではありません。
同心vs目付vs?の三つ巴バトル
登場人物はすべて架空の人物です。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河
墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。
三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。
全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。
本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。
おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。
本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。
戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。
歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。
※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。
※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる