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5話 対決 龍と天女
二 守るための死(二)
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「花ふぶきは、もう立花家にはない。それは、わかっていることでしょう。表の家もあなた方に潰されている。それなのに・・・まだ立花家に用があるのですか」
背中を押さえつける力は緩められたが、腕を掴む坂下の手は解かれない。
下から睨み上げるように、土岐を見て言った。
「花ふぶきは、あれば役に立つ。見たいと仰せの方々も多い。有意義に使わせてもらう。・・・だが、それだけではわしの気がおさまらぬでな」
土岐の目が、刺すように見下ろす。
「新一郎よ。腹を切れ」
土岐の声が無情に響く。
「なっ!・・・」
暴れると思ったのか、新一郎を押さえる坂下の手に、ぎりぎりと力が込められた。
「そなたの父、立花石見は、腹を切ったぞ。花ふぶきを守るため、そなたたち、子供らの命と引き換えにな」
雨が激しく降り出した。
「そなたは今、人質としてここにおる。その人質が死ねば、周りがどう動こうと、花ふぶきを持つ鳥居が出すはずがない。守ることができるというもの。・・・どうじゃ、己の命と引き換えに守ってみるか」
「・・・」
「刀を手にいれる手段はいくらでもあるであろう。わしがしたいのは、そなたを亡き者にすることじゃ。主計のように凡庸な男ならば、そのまま捨て置いたやもしれぬが、危機に陥るたびに切り抜けてきた、その器量は侮れぬ。高崎を動かし、鳥居を動かし、いずれ、わしの邪魔をする。邪魔なものは、早いうちに取り除いておかねばならぬ。石見のようにな」
土岐の口元がわずかに歪んだ。
「どちらにしろ、そなたには死んでもらう。腹を切らずとも、それはそれで良い。そなたを助けるために花ふぶきを持ってくるだろう。そのときに兄弟まとめて皆殺しにするだけだ。まあ、兄弟にそれだけの力があればの話だがな。・・・それで、立花家は完全に死に絶える」
「・・・」
新一郎は、無意識に込めていた力を抜き、項垂れた。
坂下に掴まれている腕の感覚がなくなり、痺れてきた。
もはや、できることは何もないのか。
「すぐにとは言わん。どちらでも好きに選べ。じっくりと考えるが良い」
そう言うと、土岐は立ち上がった。
その姿が見えなくなったところで、坂下が新一郎を立たせた。
支えが必要なほど、体に力が入らない。
(負けたのか・・・)
無様にも、打ちのめされていた。
雨に濡れる庭先が目に入った。
そこで腹を切る、己の姿が見えるようだった。
「土岐め、焦りよったか」
高崎勘解由は、左手で顎を掴んで唸った。
「派手にやられたもんだな」
主計と、荘次郎、洋三郎が若年寄の屋敷に通され、目通りがかなっていた。
これまでの経緯を話したところである。
「しかし、主計どのが表の立花のために骨を折るとはな。新一郎の人柄かのう」
高崎がしみじみ頷いた。
主計が口を利いてくれなければ、ここまでは来れなかっただろう。
「ありがたいことにございます」
高崎の言葉に、改めて、荘次郎と洋三郎が頭を下げた。
「立花家に、表も裏もありませぬ、ゆえ」
主計が新一郎の口真似をし、
「似てません」
洋三郎が笑いを堪えながら言った。
「しかし、町奉行も大目付も老中の支配だ。私には何もできぬ」
そう言われるだろうということはわかっていた。
それでも、何か、できることがあるはずだ。
駄目かどうかは、やってみなければわからない。
「何か良い手でも思いついたか? 遠慮なく申して良い」
荘次郎が右手をついた。
「恐れながら、鳥居さまにお口添えいただきたく」
「鳥居に?」
「はい。花ふぶきを、立花にお返しくださるようにと」
「花ふぶきをのう。それは、その方らが献上したのであろう」
「それゆえ、我らが言っても難しいと存じます」
「私でも難しかろう。どうするというのだ」
「正直に話すしかありません」
「土岐に花ふぶきをやるなどと申したら、余計に離しはせんだろう」
「そうでしょうね」
「なんと言うつもりだ」
「正直に話した上で、こうおっしゃってください。高崎さまにしか言えないことです」
「ほう、なんだ」
高崎が興味をそそられたように身を乗り出した。
「花ふぶきをお返しくだされば、土岐を追い落とし、追い詰めることができると」
「次男坊は過激だな。誰が追い詰めるのだ」
と、笑い出した。
「そのようなことが言えるか」
「申し訳ございませぬ」
主計が頭を下げる。
「高崎さまは、土岐をこのまま放っておかれるのですか」
荘次郎が食い下がる。
「私とて、立花の仇は取りたいと思っておる。石見を救えなかった分、新一郎を見殺しにはしたくない」
「ならば・・・」
「そう急くな。もう少しつめよ。焦ってはならぬ」
高崎の言うことはもっともだった。
背中を押さえつける力は緩められたが、腕を掴む坂下の手は解かれない。
下から睨み上げるように、土岐を見て言った。
「花ふぶきは、あれば役に立つ。見たいと仰せの方々も多い。有意義に使わせてもらう。・・・だが、それだけではわしの気がおさまらぬでな」
土岐の目が、刺すように見下ろす。
「新一郎よ。腹を切れ」
土岐の声が無情に響く。
「なっ!・・・」
暴れると思ったのか、新一郎を押さえる坂下の手に、ぎりぎりと力が込められた。
「そなたの父、立花石見は、腹を切ったぞ。花ふぶきを守るため、そなたたち、子供らの命と引き換えにな」
雨が激しく降り出した。
「そなたは今、人質としてここにおる。その人質が死ねば、周りがどう動こうと、花ふぶきを持つ鳥居が出すはずがない。守ることができるというもの。・・・どうじゃ、己の命と引き換えに守ってみるか」
「・・・」
「刀を手にいれる手段はいくらでもあるであろう。わしがしたいのは、そなたを亡き者にすることじゃ。主計のように凡庸な男ならば、そのまま捨て置いたやもしれぬが、危機に陥るたびに切り抜けてきた、その器量は侮れぬ。高崎を動かし、鳥居を動かし、いずれ、わしの邪魔をする。邪魔なものは、早いうちに取り除いておかねばならぬ。石見のようにな」
土岐の口元がわずかに歪んだ。
「どちらにしろ、そなたには死んでもらう。腹を切らずとも、それはそれで良い。そなたを助けるために花ふぶきを持ってくるだろう。そのときに兄弟まとめて皆殺しにするだけだ。まあ、兄弟にそれだけの力があればの話だがな。・・・それで、立花家は完全に死に絶える」
「・・・」
新一郎は、無意識に込めていた力を抜き、項垂れた。
坂下に掴まれている腕の感覚がなくなり、痺れてきた。
もはや、できることは何もないのか。
「すぐにとは言わん。どちらでも好きに選べ。じっくりと考えるが良い」
そう言うと、土岐は立ち上がった。
その姿が見えなくなったところで、坂下が新一郎を立たせた。
支えが必要なほど、体に力が入らない。
(負けたのか・・・)
無様にも、打ちのめされていた。
雨に濡れる庭先が目に入った。
そこで腹を切る、己の姿が見えるようだった。
「土岐め、焦りよったか」
高崎勘解由は、左手で顎を掴んで唸った。
「派手にやられたもんだな」
主計と、荘次郎、洋三郎が若年寄の屋敷に通され、目通りがかなっていた。
これまでの経緯を話したところである。
「しかし、主計どのが表の立花のために骨を折るとはな。新一郎の人柄かのう」
高崎がしみじみ頷いた。
主計が口を利いてくれなければ、ここまでは来れなかっただろう。
「ありがたいことにございます」
高崎の言葉に、改めて、荘次郎と洋三郎が頭を下げた。
「立花家に、表も裏もありませぬ、ゆえ」
主計が新一郎の口真似をし、
「似てません」
洋三郎が笑いを堪えながら言った。
「しかし、町奉行も大目付も老中の支配だ。私には何もできぬ」
そう言われるだろうということはわかっていた。
それでも、何か、できることがあるはずだ。
駄目かどうかは、やってみなければわからない。
「何か良い手でも思いついたか? 遠慮なく申して良い」
荘次郎が右手をついた。
「恐れながら、鳥居さまにお口添えいただきたく」
「鳥居に?」
「はい。花ふぶきを、立花にお返しくださるようにと」
「花ふぶきをのう。それは、その方らが献上したのであろう」
「それゆえ、我らが言っても難しいと存じます」
「私でも難しかろう。どうするというのだ」
「正直に話すしかありません」
「土岐に花ふぶきをやるなどと申したら、余計に離しはせんだろう」
「そうでしょうね」
「なんと言うつもりだ」
「正直に話した上で、こうおっしゃってください。高崎さまにしか言えないことです」
「ほう、なんだ」
高崎が興味をそそられたように身を乗り出した。
「花ふぶきをお返しくだされば、土岐を追い落とし、追い詰めることができると」
「次男坊は過激だな。誰が追い詰めるのだ」
と、笑い出した。
「そのようなことが言えるか」
「申し訳ございませぬ」
主計が頭を下げる。
「高崎さまは、土岐をこのまま放っておかれるのですか」
荘次郎が食い下がる。
「私とて、立花の仇は取りたいと思っておる。石見を救えなかった分、新一郎を見殺しにはしたくない」
「ならば・・・」
「そう急くな。もう少しつめよ。焦ってはならぬ」
高崎の言うことはもっともだった。
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