隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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5話 対決 龍と天女

二 守るための死(一) 

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「殿がお会いになる」
 坂下が来てそう告げた。
「出ろ」
「・・・」
「案ずることはない。話がしたいそうだ。こんなむさ苦しいところにお連れできぬからな」
 新一郎が顔を強張らせているのが気になるのか、坂下はなおも言葉を注いだ。
「詮議ではない。打首にはせぬゆえ安心せよ」

 また縄をかけられるのかと思ったが、前後を挟まれただけだった。

 通されたのは、庭先などではなく、座敷だ。

 雨が降っているせいもあるだろうか。

 暗がりにいたため、雨でも外の明るさが目に沁みた。

 坂下は、新一郎を座らせると、刀を左手に持ったまま、そのすぐ左うしろに座った。
 何かがあれば、一刀で斬り伏せられる位置だ。
 もう一人、廊下に待機している。

 程なくして、土岐が姿を現した。
 手をつかずに見つめていると、坂下に小突かれた。
 頭を下げよというのだろう。

 だが、新一郎は無視して頭を下げなかった。

 鬢の毛に白いものが混じっているが、肌には艶があり、若く見える。
 周りを威圧するような、容易には近づけない雰囲気があった。
 彫りが深く、鷹のような目で、新一郎を見下ろしている。
 だがその目は静かで、心中を読ませない。

 坂下が、なおも新一郎に控えさせようとしているのを、手を挙げて制した。
「よい。さすがに立花の血を引いておるの。思い出すわ」
 その声は低く、楽しげに聞こえた。
「石見どのによう似ておる。わしが土岐じゃ。そう睨んでくれるな」

 父を死に追いやった張本人が、目の前にいる。
「くっ・・・」
 奥歯を噛み締めるのが精一杯で、言葉にならない。
 土岐は、そんな新一郎を、余裕の笑みを浮かべて見ている。

「それがしの刀を返していただきたい」
 いきなり言った。
「当家にあるのでしょう?」

 土岐が笑い出した。
「何故そう思う?」
「違うのですか。的場という浪人が弟から奪ったものです」
「奪っただと? 穏やかではないな」
 白々しく驚いてみせた。
「いっときはその的場が持っていましたが、二度目に立ち合ったときには、持っていませんでした。取り上げたのですか?」
 土岐が坂下を見た。
「どういうことかな」
「は」
 坂下が頭を下げている。
「この者に任せておってな。その辺の経緯は知らんのだ」
「では、牧格之進どのを殺めたことも・・・」
「報告は受けておる。が、指示は出しておらん。・・・そうだな、坂下」
「は。さようで。身共の指図にて」

「なんのために・・・」
 話しているうちに、ムカムカと腹が立ってきた。
「なんのために、そこまでして・・・許せないっ」
 思わず前に出ようとして、坂下に腕を掴まれ、背中を押さえつけられた。

「手荒なことはするな」
 坂下を諌める土岐の声は、静かで笑いを含んでいた。
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