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5話 対決 龍と天女
一 罠(四)
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立花家の屋敷の前に町駕籠がとまった。
降り立ったのは、荘次郎だ。
「まさか、また来るとは思わなかったな」
閉じている門を見上げた。
左腕を吊り、胸元からは巻かれた布が見えている。
顔のあざもまだ完全には消えていなかった。
昨日、さちが店に来たときは、もう昼に近かった。
「新さんが大変なの!」
走ってきたらしく、息が乱れ、苦しそうに喘いでいた。
「どうしたらいいか、荘次郎さんの知恵を貸して!」
「なにがあったんだ」
そのとき、取引先に使いに出ていた手代が慌てて戻ってきた。
荘次郎がいる部屋に駆け込み、
「旦那さま! これを見てください」
と、血相を変えている。
手代が取り出したのは、瓦版だった。
「牧の旦那が、殺された!?」
さちが頷く。
「そうなのよ。それで新さんが・・・なにこれ!」
さちが荘次郎の手から瓦版をひったくった。
同心が刀で刺されている絵が描かれている。
刺しているのは浪人のようだ。
「これ、新さん、ってこと?」
「名前が出ているな」
江戸中に知れ渡る。
「そんな・・・」
絶句した。
状況は、説明しなくてもこの瓦版で手に取るようにわかった。
「兄上が、旦那を殺すわけがない。・・・嵌められたな」
「奉行所では、新さんを探しているわ。ここにも役人が来るかも」
「だろうな」
「立花さまへ行って、洋三郎さんと相談したんだけど、荘次郎さんにも来て欲しいの」
「わかった」
もう二度と行きたくないと言っている場合ではなくなっている。
そして今となっては、心にはなんのわだかまりもなかった。
みんなで知恵を絞り、兄を助けなければならない。
「で、兄上が今どこにいるかだな」
部屋に集まったのは、三兄妹と、主計。
さちは来ていない。
大名家に入るのは気が引けると遠慮した。
昨日は、洋三郎が門の外に出て話をした。
後で荘次郎か洋三郎が知らせに行くことになっている。
動かせる右手で懐を探り、瓦版を出した。
洋三郎が受け取って広げる。
「なにこれ! 奉行所総出で新兄探し、やるってこと? 同心殺しは死罪になるよね。捕まったら・・・」
洋三郎の顔が悔しさで歪む。
波蕗も唇を噛んでうつむいている。
主計は少し離れたところで、庭を見るともなく見ていた。
「すぐに殺しはせんだろう。目的ははっきりしてる。殺してしまっては目的は果たせん」
三兄妹が情に流されて、深刻になりがちなところへ、何食わぬ顔で外からものを言える。
主計の冷静さが、今はありがたい。
「じゃあなんで同心殺しの罪を着せるの? 花ふぶきが目的なら、立花ではなくて、鳥居じゃないか」
洋三郎が声を荒げる。
「それだ」
荘次郎が膝を叩くように言った。
「なんか引っかかるんだよな。花ふぶきが欲しかったら、鳥居に言うもんだろ。立花にはもうないんだ。なのに、土岐のやり口は、立花に執拗すぎる。そう思わないか」
「はいそうですかって、大目付が出すわけないじゃん。だから新兄を使うんじゃないの?」
「出汁にされてるな」
「それとも、本当に知らないのか。まだ立花にあると思っているんじゃ・・・」
「だとしたら、こんな手の込んだことするか?」
「新兄が強いから、力ずくをやめたとか」
「表立って大目付とやり合うわけにはいかないから、おれたちを相手にしている?」
「立花に恨みでもあるのか?」
思ったことをしゃべりあっているうちに、だんだんと答えに近づいていくような気がする。
「あ・・・」
荘次郎がふと思いついて言う。
「今月の月番は北だ。土岐は南だよな。兄上を北に渡すようなことはしないはずだ」
「そうだよね」
「ということは・・・」
「え? なに? 頭混乱する。でも捕まえようとしているんだよね」
「新一郎なら、瓦版なんぞ刷らなくともすぐに捕まりそうだがな」
そう言ったのは主計だ。
「あんな馬鹿正直なやつが隠れられるわけがない」
「だよね・・・」
洋三郎が苦笑した。
「だとすれば、答えは一つだ。・・・こいつは脅迫だ。花ふぶきをもってこいと脅しているんだ」
「さもないと、新兄を北町に引き渡す?」
「兄上は、もう、土岐に囚われている」
「そうだろうな。でなければ、脅しにならん」
「無茶だよ! 花ふぶきはここにないよ。どうするの?」
「そうだな。でも、急ぐ必要がある。月番が南に移れば、吟味などされずに抹殺されかねない。同心殺しの浪人を始末しても、誰も文句は言えないからな」
「ひどすぎます!」
黙って話を聞いていた波蕗が、堪えきれずに両手で顔を覆った。
「そんなことはさせない。できることはなんでもするさ」
荘次郎と洋三郎は頷きあった。
「立花家を舐めてもらっては、困るな」
降り立ったのは、荘次郎だ。
「まさか、また来るとは思わなかったな」
閉じている門を見上げた。
左腕を吊り、胸元からは巻かれた布が見えている。
顔のあざもまだ完全には消えていなかった。
昨日、さちが店に来たときは、もう昼に近かった。
「新さんが大変なの!」
走ってきたらしく、息が乱れ、苦しそうに喘いでいた。
「どうしたらいいか、荘次郎さんの知恵を貸して!」
「なにがあったんだ」
そのとき、取引先に使いに出ていた手代が慌てて戻ってきた。
荘次郎がいる部屋に駆け込み、
「旦那さま! これを見てください」
と、血相を変えている。
手代が取り出したのは、瓦版だった。
「牧の旦那が、殺された!?」
さちが頷く。
「そうなのよ。それで新さんが・・・なにこれ!」
さちが荘次郎の手から瓦版をひったくった。
同心が刀で刺されている絵が描かれている。
刺しているのは浪人のようだ。
「これ、新さん、ってこと?」
「名前が出ているな」
江戸中に知れ渡る。
「そんな・・・」
絶句した。
状況は、説明しなくてもこの瓦版で手に取るようにわかった。
「兄上が、旦那を殺すわけがない。・・・嵌められたな」
「奉行所では、新さんを探しているわ。ここにも役人が来るかも」
「だろうな」
「立花さまへ行って、洋三郎さんと相談したんだけど、荘次郎さんにも来て欲しいの」
「わかった」
もう二度と行きたくないと言っている場合ではなくなっている。
そして今となっては、心にはなんのわだかまりもなかった。
みんなで知恵を絞り、兄を助けなければならない。
「で、兄上が今どこにいるかだな」
部屋に集まったのは、三兄妹と、主計。
さちは来ていない。
大名家に入るのは気が引けると遠慮した。
昨日は、洋三郎が門の外に出て話をした。
後で荘次郎か洋三郎が知らせに行くことになっている。
動かせる右手で懐を探り、瓦版を出した。
洋三郎が受け取って広げる。
「なにこれ! 奉行所総出で新兄探し、やるってこと? 同心殺しは死罪になるよね。捕まったら・・・」
洋三郎の顔が悔しさで歪む。
波蕗も唇を噛んでうつむいている。
主計は少し離れたところで、庭を見るともなく見ていた。
「すぐに殺しはせんだろう。目的ははっきりしてる。殺してしまっては目的は果たせん」
三兄妹が情に流されて、深刻になりがちなところへ、何食わぬ顔で外からものを言える。
主計の冷静さが、今はありがたい。
「じゃあなんで同心殺しの罪を着せるの? 花ふぶきが目的なら、立花ではなくて、鳥居じゃないか」
洋三郎が声を荒げる。
「それだ」
荘次郎が膝を叩くように言った。
「なんか引っかかるんだよな。花ふぶきが欲しかったら、鳥居に言うもんだろ。立花にはもうないんだ。なのに、土岐のやり口は、立花に執拗すぎる。そう思わないか」
「はいそうですかって、大目付が出すわけないじゃん。だから新兄を使うんじゃないの?」
「出汁にされてるな」
「それとも、本当に知らないのか。まだ立花にあると思っているんじゃ・・・」
「だとしたら、こんな手の込んだことするか?」
「新兄が強いから、力ずくをやめたとか」
「表立って大目付とやり合うわけにはいかないから、おれたちを相手にしている?」
「立花に恨みでもあるのか?」
思ったことをしゃべりあっているうちに、だんだんと答えに近づいていくような気がする。
「あ・・・」
荘次郎がふと思いついて言う。
「今月の月番は北だ。土岐は南だよな。兄上を北に渡すようなことはしないはずだ」
「そうだよね」
「ということは・・・」
「え? なに? 頭混乱する。でも捕まえようとしているんだよね」
「新一郎なら、瓦版なんぞ刷らなくともすぐに捕まりそうだがな」
そう言ったのは主計だ。
「あんな馬鹿正直なやつが隠れられるわけがない」
「だよね・・・」
洋三郎が苦笑した。
「だとすれば、答えは一つだ。・・・こいつは脅迫だ。花ふぶきをもってこいと脅しているんだ」
「さもないと、新兄を北町に引き渡す?」
「兄上は、もう、土岐に囚われている」
「そうだろうな。でなければ、脅しにならん」
「無茶だよ! 花ふぶきはここにないよ。どうするの?」
「そうだな。でも、急ぐ必要がある。月番が南に移れば、吟味などされずに抹殺されかねない。同心殺しの浪人を始末しても、誰も文句は言えないからな」
「ひどすぎます!」
黙って話を聞いていた波蕗が、堪えきれずに両手で顔を覆った。
「そんなことはさせない。できることはなんでもするさ」
荘次郎と洋三郎は頷きあった。
「立花家を舐めてもらっては、困るな」
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