隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

文字の大きさ
上 下
64 / 74
5話 対決 龍と天女

一 罠(三) 

しおりを挟む
 新一郎が連れてこられたのは、奉行所ではなく、私邸だった。
 座敷牢に、縄を解いて入れられた。
 錠がかけられる。
「しばらくの間、姿をくらませてもらう。もちろん拷問などということもいたさぬ。取り調べではないのでな。その必要はない」
 それはそうだ。
 白状させるのが目的ではない。
「なんのつもりだ。消すのではないのか」
 的場という浪人が、そう言っていたが。
「殺しはせぬ。殺すつもりならあの場でそうしている。同心殺しの罪を着せてな」
 坂下が無表情に告げた。
「そなたが浪人のままなのは好都合。お家再興などともなれば、我らには手が出せぬところであった。もし、手にあまることがあれば、奉行所に引き渡す。月番は北町だ」
 土岐は南である。
「同心殺しは間違いなく死罪。我らが手を下すこともない。・・・それが嫌なら大人しくしていることだ。そなたの腕は、度々試させてもらった。こちらも犠牲は少ない方が良いのでな」
 脅しの文句をさらりと言う。
「牢とはいえ、扱いは悪くないだろう。浪人の扱いではない。貴人のように迎えよと、殿も仰せだ。くれぐれも粗相のないようにと。・・・感謝してもらいたいものだ」
 この状況をありがたがれと言われても、神経を逆撫でされているようにしか思えない。

「なぜ牧の旦那を殺した。殺さずとも、あの場におれを呼び寄せることはできただろう」
 坂下が、はじめて薄く口元を歪めた。
「牧は知り過ぎた。だが最後まで役に立ってくれた。そなたを信用させ、孤立させ、おびき出す。完璧なまでの仕事をしてくれた」
「嘘だ!」
 思わず格子を掴んで詰め寄った。
 みんなはかりごとだというのか。
 牧のあの言葉はすべて、策略だと?
 以前から、もう罠にはまっていた?
 だとしたら、なんと無様なのか。
 悔しくて胸が痛い。
 頭が混乱して、なにを信じていいかわからなくなる。

 坂下が憐れむような目で見下ろした。
「信じていたのか。・・・おめでたいな」
 新一郎は首を振った。
(違う。死人に口なし。信じるな。・・・敵の言うことなど信じない!)
「なぜ殺したかだと? 殺さねば、同心殺しの罪を被せられぬ。それとも、そなたに斬らせた方がよかったか」
「外道が・・・」
 罵ることしかできない己が情けなかった。

 そして、奉行の罠は、それだけではなかった。
「しばらくゆるりとするが良い。大人しく待っていれば、花ふぶきもまもなくこちらに参るであろう。そなたが牧を殺めたことは、町中に知れ渡る。奉行所の者が探索に動く。ここにいるとも知らずにな。それに伴って、そなたを助けようとする動きが必ずあるはずだ」
 坂下の笑みが凶悪なものとなった。
「大目付を動かすほどのな。どうなるか、そこで見ているがいい」



 仙次が項垂れて店に戻ってきた。
 まだ、暖簾を出していない。

「どうしたの? おとっつぁん。具合悪そう。大丈夫?」
 母のよねと共に開店の支度をしていたさちが駆け寄る。

「今日は店を開けられねえ。こんなんじゃ、客に飯なんざ出せねえや」
 堪えていた涙がぽたぽた落ちた。
「だからどうしたって言うの?」
 さちがじれったそうに先を促す。

「旦那が、・・・牧の旦那が・・・」
 大の男が声を上げて泣き出した。
「ほんと、これじゃ店は無理ね」
「旦那がどうしたって?」
 よねが仙次のただならぬ気配に語気を強めた。
「お亡くなりになっちまったんだよ! 八丁堀じゃえらい騒ぎになってる」
「なんですって!?」
 絶句した。
「斬られたそうだ」
「それって、まさか!・・・口封じじゃ・・・」
「滅多なこと言うんじゃねえ!」
「だって、そうとしか考えられないじゃない!」
 さちが声を荒げる。
 お奉行さまに逆らうような探索をしていたから、という言葉を飲み込んだ。
 誰かに聞かれたら大変だ。
「誰の仕業かわかってるの?」
「・・・」
 仙次が口をつぐんだ。
 そして、また泣き出す。
「おとっつぁん、何やってんのよ。旦那の仇を捕まえなきゃ! 岡っ引きの名折れでしょ」
 さちが励ますように仙次の背中を叩いた。

「さち! おれあどうしていいかわからねえ。・・・よく聞け」
 仙次は涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、娘の肩を掴んで揺さぶった。
「奉行所は、牧の旦那を殺めたのは、新さんだと言って、探し始めている。ここにも、役人が来るかもしれねえ」
「新さん? ・・・なんで新さんなの? 新さんがそんなことするわけないじゃない!」
「聞かれても、何もしゃべるんじゃねえぞ。わかったな」
「・・・」

 さちの目が、すっと細められた。据わったと言うべきか。
「そうだった。あたしったら、取り乱すとこだった。新さんなんて知らない。何も言うことなんてなかったわ」
「さち・・・」
 こんなときのために、新さんはここを出て行ったのだ。
 行き先を告げずに。
 落ち着かなきゃ。

「で? おとっつぁんは、新さんを捕まえるの? まあ、新さんのために一度は岡っ引きをやめたんだったわね。おとっつぁんには無理でしょ」
「おめえ、何言ってんだ、親に向かって・・・だから悩んでるんじゃねえか」
「牧の旦那もいないとなれば、決まっているじゃない。お奉行さまに義理だてすることがあるかってことよ」
「まあ、そうだが・・・」
「あたしたちに、何ができるか、考えなきゃ」
「ああ。泣いている場合じゃねえやな」
 さちは声をひそめた。
「これは、新さんをおとしめるための罠に違いない。とうとう、始まったのね」
「おい、さち、なにをするつもりだ」
 遠くを睨むように見ていたが、思い立って、前掛けを外した。
「ちょっと行ってくる」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

子連れ同心捕物控

鍛冶谷みの
歴史・時代
定廻り同心、朝倉文四郎は、姉から赤子を預けられ、育てることになってしまった。肝心の姉は行方知れずで、詳しいことはわからない。 与力の家に、姉が連れてきた貰い乳の女がいて、その女の赤子の行方を追うが、若い侍によって、証拠が消されてしまう。 それでも目付の働きによって赤子を取り戻した夜、襲われていた姉を助け、話を聞き、赤子の父親を知る。 ※人情物ではありません。 同心vs目付vs?の三つ巴バトル 登場人物はすべて架空の人物です。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

処理中です...