63 / 74
5話 対決 龍と天女
一 罠(二)
しおりを挟む
夜になり、ちょっと出かけてくると、清水にことわって道場を出た。
新一郎の居所は、牧に知らせてある。
だから、こうして呼び出されるのは不思議なことではない。
それなのに、胸騒ぎがした。
昼間は何も思わなかったのに、歩きながら、なぜか気になる。
屋敷で、というのが引っかかっている。
奉行所の目があるからと、屋敷に呼ばれることはなくなっているのに。
ほとんど走るようにして、夜道を急いだ。
牧が危険な目に遭っているのではないかと気が気でない。
だが、奉行所の目が光る中に、飛び込んでいくようなものだ。
行ってはいけないと、勘が告げているが、行かないわけにはいかなかった。
強烈な後悔に襲われている。
牧を矢面に立たせて、また己は甘えてしまったのではないかと。
何事もなければそれでいい。
この焦りをどうにかしたかった。
「どうされたのです?」
細い目を見開いて、笑っていてほしい。
牧の屋敷は、人気がなく、暗い。
家族がいない牧の屋敷はいつも静かだったが、こんなに暗くはない。
そう、灯りがまったく灯されていないのだ。
(まさか・・・)
胸が締め付けられる。
開いている玄関に飛び込む。
「旦那っ!」
奥に向かって叫んだ。
「立花です! 上がりますよ!」
勝手に上がって奥へ進んだ。
いつも面会する部屋へ向かう。
ここも暗いままだ。
戸を開けると、濃い血の匂いが鼻をついた。
「旦那っ!」
突っ伏して倒れている人影。
抱き起こして揺さぶった。
畳に黒々と血溜まりができている。
頬を叩くが反応がない。
まだ柔らかい。
襲われて、まだそれほど経っていないのだ。
「くそっ! 遅かった! 旦那・・・すまない・・・」
取り縋って泣いている暇はない。
頭のどこかで警鐘が鳴っているのに動けなかった。
傷をさぐった。
胸から背中へ、突き通されている。
刀によるものだ。
荒い呼吸を鎮めるように何度も大きく息を吐いた。
(落ち着け・・・これは、罠だ・・・)
取り乱せば、負ける。
牧の体をゆっくりと横たえる。
斬った相手はまだ遠くに行っていないはずだ。
何度も叫んだため、新一郎が来ていることは知れているだろう。
気配に耳を澄ます。
あたりに気を配りながら、玄関まで戻った。
出ようとしたところで、提灯の光が目の前に来た。
「立花新一郎だな。ご同道願おう」
静かな声が光の向こうから聞こえた。
どこかの家中の侍のように見えた。
「何者? 牧どのを殺めたのは貴様か」
「それは、こちらの台詞だと思うが」
「確かめもせずによく言える」
侍が笑っている。
「刀を見れば、一目瞭然だ。見せてもらおうか」
新一郎の言葉にまた笑う。
「あべこべだな」
侍が合図をし、数人が新一郎を取り囲んだ。
反射的に鯉口をきり、柄を握る。
「大人しくついてくるなら、手荒なことはせぬ。暴れれば、犠牲が増えるだけだ」
「貴様を斬っても、大して違わない」
「ほう、割に好戦的なのだな。立花の御曹司は戦いは好まぬと聞いていたが」
「・・・」
「ここは大人しくするのが得策。逃げればそなたを下手人として、町方役人総出で探し出し、お縄にいたす。そうなれば、濡れ衣を晴らすのは容易ではなくなるだろう。賢いそなたには、よくわかると思うが」
「くっ・・・」
言い返せない。
ここから逃げれば、間違いなく下手人にされてしまうだろう。
この者たちを斬れば、もう言い逃れはできない。
刀に人を斬った後が、くっきりと残るからだ。
暴れ出しそうになるのを、グッと堪える。
わずかな隙に、後ろから羽交い締めにされ、刀を鞘ごと抜き取られた。
縄をかけられる。
「それがしは、内与力の坂下と申す」
内与力は奉行の家臣。土岐家の家臣ということになる。
新一郎の居所は、牧に知らせてある。
だから、こうして呼び出されるのは不思議なことではない。
それなのに、胸騒ぎがした。
昼間は何も思わなかったのに、歩きながら、なぜか気になる。
屋敷で、というのが引っかかっている。
奉行所の目があるからと、屋敷に呼ばれることはなくなっているのに。
ほとんど走るようにして、夜道を急いだ。
牧が危険な目に遭っているのではないかと気が気でない。
だが、奉行所の目が光る中に、飛び込んでいくようなものだ。
行ってはいけないと、勘が告げているが、行かないわけにはいかなかった。
強烈な後悔に襲われている。
牧を矢面に立たせて、また己は甘えてしまったのではないかと。
何事もなければそれでいい。
この焦りをどうにかしたかった。
「どうされたのです?」
細い目を見開いて、笑っていてほしい。
牧の屋敷は、人気がなく、暗い。
家族がいない牧の屋敷はいつも静かだったが、こんなに暗くはない。
そう、灯りがまったく灯されていないのだ。
(まさか・・・)
胸が締め付けられる。
開いている玄関に飛び込む。
「旦那っ!」
奥に向かって叫んだ。
「立花です! 上がりますよ!」
勝手に上がって奥へ進んだ。
いつも面会する部屋へ向かう。
ここも暗いままだ。
戸を開けると、濃い血の匂いが鼻をついた。
「旦那っ!」
突っ伏して倒れている人影。
抱き起こして揺さぶった。
畳に黒々と血溜まりができている。
頬を叩くが反応がない。
まだ柔らかい。
襲われて、まだそれほど経っていないのだ。
「くそっ! 遅かった! 旦那・・・すまない・・・」
取り縋って泣いている暇はない。
頭のどこかで警鐘が鳴っているのに動けなかった。
傷をさぐった。
胸から背中へ、突き通されている。
刀によるものだ。
荒い呼吸を鎮めるように何度も大きく息を吐いた。
(落ち着け・・・これは、罠だ・・・)
取り乱せば、負ける。
牧の体をゆっくりと横たえる。
斬った相手はまだ遠くに行っていないはずだ。
何度も叫んだため、新一郎が来ていることは知れているだろう。
気配に耳を澄ます。
あたりに気を配りながら、玄関まで戻った。
出ようとしたところで、提灯の光が目の前に来た。
「立花新一郎だな。ご同道願おう」
静かな声が光の向こうから聞こえた。
どこかの家中の侍のように見えた。
「何者? 牧どのを殺めたのは貴様か」
「それは、こちらの台詞だと思うが」
「確かめもせずによく言える」
侍が笑っている。
「刀を見れば、一目瞭然だ。見せてもらおうか」
新一郎の言葉にまた笑う。
「あべこべだな」
侍が合図をし、数人が新一郎を取り囲んだ。
反射的に鯉口をきり、柄を握る。
「大人しくついてくるなら、手荒なことはせぬ。暴れれば、犠牲が増えるだけだ」
「貴様を斬っても、大して違わない」
「ほう、割に好戦的なのだな。立花の御曹司は戦いは好まぬと聞いていたが」
「・・・」
「ここは大人しくするのが得策。逃げればそなたを下手人として、町方役人総出で探し出し、お縄にいたす。そうなれば、濡れ衣を晴らすのは容易ではなくなるだろう。賢いそなたには、よくわかると思うが」
「くっ・・・」
言い返せない。
ここから逃げれば、間違いなく下手人にされてしまうだろう。
この者たちを斬れば、もう言い逃れはできない。
刀に人を斬った後が、くっきりと残るからだ。
暴れ出しそうになるのを、グッと堪える。
わずかな隙に、後ろから羽交い締めにされ、刀を鞘ごと抜き取られた。
縄をかけられる。
「それがしは、内与力の坂下と申す」
内与力は奉行の家臣。土岐家の家臣ということになる。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
三賢人の日本史
高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。
その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。
なぜそうなったのだろうか。
※小説家になろうで掲載した作品です。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
白雉の微睡
葛西秋
歴史・時代
中大兄皇子と中臣鎌足による古代律令制度への政治改革、大化の改新。乙巳の変前夜から近江大津宮遷都までを辿る古代飛鳥の物語。
――馬が足りない。兵が足りない。なにもかも、戦のためのものが全て足りない。
飛鳥の宮廷で中臣鎌子が受け取った葛城王の木簡にはただそれだけが書かれていた。唐と新羅の連合軍によって滅亡が目前に迫る百済。その百済からの援軍要請を満たすための数千騎が揃わない。百済が完全に滅亡すれば唐は一気に倭国に攻めてくるだろう。だがその唐の軍勢を迎え撃つだけの戦力を倭国は未だ備えていなかった。古代に起きた国家存亡の危機がどのように回避されたのか、中大兄皇子と中臣鎌足の視点から描く古代飛鳥の歴史物語。
主要な登場人物:
葛城王(かつらぎおう)……中大兄皇子。のちの天智天皇、中臣鎌子(なかとみ かまこ)……中臣鎌足。藤原氏の始祖。王族の祭祀を司る中臣連を出自とする
田楽屋のぶの店先日記〜殿ちびちゃん参るの巻〜
皐月なおみ
歴史・時代
わけあり夫婦のところに、わけあり子どもがやってきた!?
冨岡八幡宮の門前町で田楽屋を営む「のぶ」と亭主「安居晃之進」は、奇妙な駆け落ちをして一緒になったわけあり夫婦である。
あれから三年、子ができないこと以外は順調だ。
でもある日、晃之進が見知らぬ幼子「朔太郎」を、連れて帰ってきたからさあ、大変!
『これおかみ、わしに気安くさわるでない』
なんだか殿っぽい喋り方のこの子は何者?
もしかして、晃之進の…?
心穏やかではいられないながらも、一生懸命面倒をみるのぶに朔太郎も心を開くようになる。
『うふふ。わし、かかさまの抱っこだいすきじゃ』
そのうちにのぶは彼の尋常じゃない能力に気がついて…?
近所から『殿ちびちゃん』と呼ばれるようになった朔太郎とともに、田楽屋の店先で次々に起こる事件を解決する。
亭主との関係
子どもたちを振り回す理不尽な出来事に対する怒り
友人への複雑な思い
たくさんの出来事を乗り越えた先に、のぶが辿り着いた答えは…?
※田楽屋を営む主人公が、わけありで預かることになった朔太郎と、次々と起こる事件を解決する物語です!
※歴史・時代小説コンテストエントリー作品です。もしよろしければ応援よろしくお願いします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
夢のまた夢~豊臣秀吉回顧録~
恩地玖
歴史・時代
位人臣を極めた豊臣秀吉も病には勝てず、只々豊臣家の行く末を案じるばかりだった。
一体、これまで成してきたことは何だったのか。
医師、施薬院との対話を通じて、己の人生を振り返る豊臣秀吉がそこにいた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
子連れ同心捕物控
鍛冶谷みの
歴史・時代
定廻り同心、朝倉文四郎は、姉から赤子を預けられ、育てることになってしまった。肝心の姉は行方知れず。
一人暮らしの文四郎は、初めはどうしたらいいのかわからず、四苦八苦するが、周りの人たちに助けられ、仕事と子育ての両立に奮闘する。
この子は本当に姉の子なのか、疑問に思いながらも、姉が連れてきた女の赤子の行方を追ううちに、赤子が絡む事件に巻き込まれていく。
文四郎はおっとりしているように見えて、剣の腕は確かだ。
赤子を守りきり、親の元へ返すことはできるのか。
※人情物にできたらと思っていましたが、どうやら私には無理そうです泣。
同心vs目付vs?の三つ巴バトル
夜に咲く花
増黒 豊
歴史・時代
2017年に書いたものの改稿版を掲載します。
幕末を駆け抜けた新撰組。
その十一番目の隊長、綾瀬久二郎の凄絶な人生を描く。
よく知られる新撰組の物語の中に、架空の設定を織り込み、彼らの生きた跡をより強く浮かび上がらせたい。
三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河
墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。
三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。
全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。
本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。
おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。
本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。
戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。
歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。
※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。
※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる