隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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5話 対決 龍と天女

一 罠(二)

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 夜になり、ちょっと出かけてくると、清水にことわって道場を出た。

 新一郎の居所は、牧に知らせてある。
 だから、こうして呼び出されるのは不思議なことではない。

 それなのに、胸騒ぎがした。

 昼間は何も思わなかったのに、歩きながら、なぜか気になる。

 屋敷で、というのが引っかかっている。
 奉行所の目があるからと、屋敷に呼ばれることはなくなっているのに。

 ほとんど走るようにして、夜道を急いだ。

 牧が危険な目に遭っているのではないかと気が気でない。
 だが、奉行所の目が光る中に、飛び込んでいくようなものだ。
 行ってはいけないと、勘が告げているが、行かないわけにはいかなかった。

 強烈な後悔に襲われている。
 牧を矢面に立たせて、また己は甘えてしまったのではないかと。

 何事もなければそれでいい。
 この焦りをどうにかしたかった。

「どうされたのです?」
 細い目を見開いて、笑っていてほしい。

 牧の屋敷は、人気がなく、暗い。
 家族がいない牧の屋敷はいつも静かだったが、こんなに暗くはない。
 そう、灯りがまったく灯されていないのだ。

(まさか・・・)
 胸が締め付けられる。

 開いている玄関に飛び込む。

「旦那っ!」
 奥に向かって叫んだ。
「立花です! 上がりますよ!」
 勝手に上がって奥へ進んだ。
 いつも面会する部屋へ向かう。

 ここも暗いままだ。
 戸を開けると、濃い血の匂いが鼻をついた。

「旦那っ!」
 突っ伏して倒れている人影。
 抱き起こして揺さぶった。
 畳に黒々と血溜まりができている。
 頬を叩くが反応がない。
 まだ柔らかい。
 襲われて、まだそれほど経っていないのだ。

「くそっ! 遅かった! 旦那・・・すまない・・・」
 取り縋って泣いている暇はない。
 頭のどこかで警鐘が鳴っているのに動けなかった。
 傷をさぐった。
 胸から背中へ、突き通されている。
 刀によるものだ。
 荒い呼吸を鎮めるように何度も大きく息を吐いた。
(落ち着け・・・これは、罠だ・・・)
 取り乱せば、負ける。

 牧の体をゆっくりと横たえる。
 斬った相手はまだ遠くに行っていないはずだ。
 何度も叫んだため、新一郎が来ていることは知れているだろう。

 気配に耳を澄ます。
 あたりに気を配りながら、玄関まで戻った。

 出ようとしたところで、提灯の光が目の前に来た。
「立花新一郎だな。ご同道願おう」
 静かな声が光の向こうから聞こえた。
 どこかの家中の侍のように見えた。
「何者? 牧どのを殺めたのは貴様か」
「それは、こちらの台詞せりふだと思うが」
「確かめもせずによく言える」
 侍が笑っている。
「刀を見れば、一目瞭然だ。見せてもらおうか」
 新一郎の言葉にまた笑う。
「あべこべだな」

 侍が合図をし、数人が新一郎を取り囲んだ。
 反射的に鯉口をきり、柄を握る。
「大人しくついてくるなら、手荒なことはせぬ。暴れれば、犠牲が増えるだけだ」
「貴様を斬っても、大して違わない」
「ほう、割に好戦的なのだな。立花の御曹司は戦いは好まぬと聞いていたが」
「・・・」
「ここは大人しくするのが得策。逃げればそなたを下手人として、町方役人総出で探し出し、お縄にいたす。そうなれば、濡れ衣を晴らすのは容易ではなくなるだろう。賢いそなたには、よくわかると思うが」
「くっ・・・」
 言い返せない。
 ここから逃げれば、間違いなく下手人にされてしまうだろう。
 この者たちを斬れば、もう言い逃れはできない。
 刀に人を斬った後が、くっきりと残るからだ。
 暴れ出しそうになるのを、グッと堪える。

 わずかな隙に、後ろから羽交い締めにされ、刀を鞘ごと抜き取られた。

 縄をかけられる。

「それがしは、内与力の坂下と申す」
 内与力は奉行の家臣。土岐家の家臣ということになる。
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