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3話 立花家の危機
四 晴れた霧(二)
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若年寄は、老中に次ぐ地位である。
それほどの身分の人に会ったことがなく、驚いて皆、膝をついてかしこまった。
「息子たちだな。生きておったか。それは重畳」
五人を見て目を細め、頷いている。
「しかし、このように勢ぞろいとは、何事か」
新一郎が顔をあげた。
「湯川さまを斬ったのは、それがしです。いかようにもお咎めは受けます。他の者たちは何もしておりません。早々にお帰しください」
「そなたが長男の新一郎だな。一人でやったと言うのか」
「はい」
「ちょっと、新さん・・・」
さちが口を挟んだ。
「あのぉ、お武家さま。新さんは何も悪くありません」
あの、と、倒れている湯川を指差す。
「お武家が、新さんを斬ろうとして、それでこちらのお殿さまが庇って斬られてしまったので、・・・その、仇を討ったまでです」
「さち・・・」
「斬らなければ、斬られていました」
「さち、もう言うな。身内が申し開きをしても駄目だ」
「そんな、新さん・・・それではあんまりだわ」
感情が昂って、泣き声になっている。
「新さんは悪くないのに・・・」
つられて波蕗も泣き出した。
「お咎めを受けるなんて、間違ってる・・・酷すぎるわ」
「・・・」
さちが左側にいるために、腕を動ごかせない新一郎はもどかしかった。
高崎の手の者が、報告にきた。
聞き終わって、苦笑した顔を五人に向けた。
「わかった、わかった。・・・そう泣くでない。この件はわしに預からせてくれぬか。裏は取れた。悪いようにはせぬ」
「佐野家はどうなるのでしょうか?」
「残念だが、後継がないゆえ、絶えることとなろう」
「そんな・・・」
「わしの監督不行届だ。目をかけておったつもりだが、若い命を散らしてしまった。許せよ」
「いえ・・・」
若年寄は、目付を配下に置いている。
「何かあれば、わしのところに来るが良い。まずは怪我を癒すことだ」
「かたじけのうございます」
「こちらから知らせたいことがある場合、いづこに知らせをやれば良いかの」
「それは・・・」
新一郎は少し考えた。
「立花家に」
「立花?・・・主計どのか」
「はい」
「立花は今、蟄居中ではないか。わしは大名家に手出しはできぬぞ」
高崎は顔を歪めた。
「承知いたしております。しかし、立花家を通して頂かねば、我らにつなぎはつけられません」
「こやつ、面白いことを言う」
「・・・もしくは、町奉行、土岐甲斐守さま」
「土岐だと?」
高崎の目が鋭くなった。
「何故土岐なのだ」
「我らのことをよくご存知なので」
「なるほど・・・だが、わしは、土岐とは親しくない。むしろ、嫌いだ。・・・十年前、立花を潰したのは土岐ゆえな」
「やはり、そうなのですね」
「しゃべらされたか」
新一郎を見て、低く笑った。
「新一郎、お家を再興する気はないか。もちろん、花ふぶきなぞは抜きにしてだ。考えておけ。・・・行っても良いぞ」
高崎は、新一郎の返事を待たず、部屋の奥の方へ入っていった。
「早く手当しなきゃ」
店に帰る荘次郎と波蕗と別れ、長屋へと急ぐ。
「駕籠でも拾った方がいいかな」
「そうね、フラフラよ、新さん」
二人に支えられて歩くも、疲れのためか、なかなか進んでいかない。
「駕籠なんていい」
「じゃあ、おぶって行こうか?」
「いいって」
「恥ずかしいんだろ」
洋三郎がからかった。
「ねえ、新さん」
さっきから口数が少なくなっているさちが、言いにくそうに口を開いた。
「お家、再興しなよ。いつまでも浪人でいちゃいけない。今日は本当にそう思った」
「さち・・・」
「斬り捨て御免なんて、耐えられない。・・・ねえ、そうして」
「ありがとう。でも、今は何も考えていない」
「よく考えて、新さんはそれでいいかもしれないけど、手を貸してくれる人がいるんだもの。人のことも考えて。そうするべきよ」
いったん乾いた涙がまた溢れてきた。
「おとっつぁんも言ってた。新さんは、こんなところで飯食ってていい人じゃないって・・・」
堪えきれずにしゃくりあげた。
「さようなら!」
顔を覆って走り出したさちを、二人は呆然と見送った。
それほどの身分の人に会ったことがなく、驚いて皆、膝をついてかしこまった。
「息子たちだな。生きておったか。それは重畳」
五人を見て目を細め、頷いている。
「しかし、このように勢ぞろいとは、何事か」
新一郎が顔をあげた。
「湯川さまを斬ったのは、それがしです。いかようにもお咎めは受けます。他の者たちは何もしておりません。早々にお帰しください」
「そなたが長男の新一郎だな。一人でやったと言うのか」
「はい」
「ちょっと、新さん・・・」
さちが口を挟んだ。
「あのぉ、お武家さま。新さんは何も悪くありません」
あの、と、倒れている湯川を指差す。
「お武家が、新さんを斬ろうとして、それでこちらのお殿さまが庇って斬られてしまったので、・・・その、仇を討ったまでです」
「さち・・・」
「斬らなければ、斬られていました」
「さち、もう言うな。身内が申し開きをしても駄目だ」
「そんな、新さん・・・それではあんまりだわ」
感情が昂って、泣き声になっている。
「新さんは悪くないのに・・・」
つられて波蕗も泣き出した。
「お咎めを受けるなんて、間違ってる・・・酷すぎるわ」
「・・・」
さちが左側にいるために、腕を動ごかせない新一郎はもどかしかった。
高崎の手の者が、報告にきた。
聞き終わって、苦笑した顔を五人に向けた。
「わかった、わかった。・・・そう泣くでない。この件はわしに預からせてくれぬか。裏は取れた。悪いようにはせぬ」
「佐野家はどうなるのでしょうか?」
「残念だが、後継がないゆえ、絶えることとなろう」
「そんな・・・」
「わしの監督不行届だ。目をかけておったつもりだが、若い命を散らしてしまった。許せよ」
「いえ・・・」
若年寄は、目付を配下に置いている。
「何かあれば、わしのところに来るが良い。まずは怪我を癒すことだ」
「かたじけのうございます」
「こちらから知らせたいことがある場合、いづこに知らせをやれば良いかの」
「それは・・・」
新一郎は少し考えた。
「立花家に」
「立花?・・・主計どのか」
「はい」
「立花は今、蟄居中ではないか。わしは大名家に手出しはできぬぞ」
高崎は顔を歪めた。
「承知いたしております。しかし、立花家を通して頂かねば、我らにつなぎはつけられません」
「こやつ、面白いことを言う」
「・・・もしくは、町奉行、土岐甲斐守さま」
「土岐だと?」
高崎の目が鋭くなった。
「何故土岐なのだ」
「我らのことをよくご存知なので」
「なるほど・・・だが、わしは、土岐とは親しくない。むしろ、嫌いだ。・・・十年前、立花を潰したのは土岐ゆえな」
「やはり、そうなのですね」
「しゃべらされたか」
新一郎を見て、低く笑った。
「新一郎、お家を再興する気はないか。もちろん、花ふぶきなぞは抜きにしてだ。考えておけ。・・・行っても良いぞ」
高崎は、新一郎の返事を待たず、部屋の奥の方へ入っていった。
「早く手当しなきゃ」
店に帰る荘次郎と波蕗と別れ、長屋へと急ぐ。
「駕籠でも拾った方がいいかな」
「そうね、フラフラよ、新さん」
二人に支えられて歩くも、疲れのためか、なかなか進んでいかない。
「駕籠なんていい」
「じゃあ、おぶって行こうか?」
「いいって」
「恥ずかしいんだろ」
洋三郎がからかった。
「ねえ、新さん」
さっきから口数が少なくなっているさちが、言いにくそうに口を開いた。
「お家、再興しなよ。いつまでも浪人でいちゃいけない。今日は本当にそう思った」
「さち・・・」
「斬り捨て御免なんて、耐えられない。・・・ねえ、そうして」
「ありがとう。でも、今は何も考えていない」
「よく考えて、新さんはそれでいいかもしれないけど、手を貸してくれる人がいるんだもの。人のことも考えて。そうするべきよ」
いったん乾いた涙がまた溢れてきた。
「おとっつぁんも言ってた。新さんは、こんなところで飯食ってていい人じゃないって・・・」
堪えきれずにしゃくりあげた。
「さようなら!」
顔を覆って走り出したさちを、二人は呆然と見送った。
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