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3話 立花家の危機
三 友に捧ぐ(四)
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「小癪な」
新一郎の刀を後ろに回し、湯川自身も、押されるように後ろに下がっている。
だが、顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「知らないのか。ここで浪人を斬ったとて、咎めなど受けぬわ。どうとでも言いくるめられる。試し斬りにちょうど良い」
不意に湯川の腰が沈んだ。
右手で柄を握り、下向きに落とす。
鯉口が切られた。
「!」
「新さん!」
間合いが近すぎて避けきれない。
脇差に手をかけたが、相州伝の豪剣に敵うかどうか。
その時、何者かが強い力で体当たりしてきて、横に飛ばされた。
湯川の刀は止まっていない。
唸りをあげて、弧を描いた。
血飛沫が飛んで、畳に降った。
「平四郎!」
佐野が、膝をつき、倒れようとするところを抱き止めて、後ろに下がった。
間合いを外さなければ、次が来る。
「馬鹿な」
「殿!」
と叫んで飛び出してきたのは、女だった。
さちが能面とあだ名をつけた見張の女だ。
「危ない!」
さちが叫ぶ。
女は構わず、湯川に対峙した。
「おのれ!」
懐剣を抜いて斬りかかる。
「やめてー!」
さちの悲鳴が響いた。
湯川が容赦なく刀を振り下ろす。
崩れる女を見下ろし、
「さすがによく斬れる」
と、血糊を振り払った。
「平四郎!なぜ、こんなことを・・・」
佐野の傷は深く、畳に血溜まりができていく。
「すまなかった・・・」
「もういい。わかってる。・・・しゃべるな」
「庇ってくれて、嬉しかった」
「なにを言う。おれの方こそ、お前の忠告を聞かずに、湯川を怒らせた。・・・すまない」
「口封じだ。皆殺しにして構わん」
湯川が無情に言い、新一郎に近づこうとしたとき、ぴゅっと風を切る音がして、畳に矢が突き立った。
「動くな。動くと次は射抜くぞ」
塀の上に、矢をつがえた荘次郎の姿があった。
「悪いな。遅くなっちまった」
「わっ、間に合った?ちょっと遅かったかな」
洋三郎が走り込んできた。
「新兄、様子を見るだけって言ってたのに、なにこれ!」
抱き合うようにしている波蕗とさちのそばに行き、湯川の手下を二人から引き離した。
手刀で相手の首を打ち、気絶させ、二人を庇うように立つ。
「お兄さま」
「あんたたち、遅いわよ。なにやってんの!」
「ごめんごめん。こっちは任せといて」
と新一郎に声をかけた。
湯川が忌々しげに舌打ちしている。
「これでいいんだ」
佐野が苦しい息の下からも、話すのをやめなかった。
「早く上に行きたくて、焦ってた。・・・本当に、酷いよな。・・・お前がいないと駄目なんだ。それは嘘じゃない・・・早く帰ってきて欲しかったんだ」
「お前なら、花ふぶきなんかなくたって、出世できた。・・・もう、しゃべるな」
佐野は、最後の力を振り絞るようにして、新一郎の首に腕を回し、耳元で囁いた。
「花ふぶきは、誰にもやるな。新一郎・・・気をつけろ。十年前、大目付だったのは・・・土岐・・・」
「!・・・平四郎!」
がっくりと力が抜けた佐野の体を抱きしめる。
「新兄、後ろ!」
別れを悲しんでいる暇はなかった。
矢の届かない部屋の奥を、じりじりと移動してきた湯川が背後に迫ってきていた。
背後の気配を気にしながら、ゆっくり佐野の体を横たえる。
間をおかずに斬撃が来た。
首元に振り下ろされた刃を、脇差を抜いて、鍔元で受けた。
力で押してくる。
新一郎も力で押した。
そして、刀の鍔元へ向けて、脇差の刃を滑らせていく。
鋼をガリガリと擦る音がする。
刀身に傷がつくのを嫌がって、刃を外しにくるはずだった。
湯川が刀を外へ外すのと、脇差が耐えきれずに折れるのが同時だった。
その隙に身を翻して畳を転がり、湯川から離れた。
「新兄!」
洋三郎が、気を失った手下から刀を奪って、新一郎に投げた。
右手で受け取る。
左腕が動かないので、その刀の鞘を足で踏んで抜いた。
右腕一本で構えた。
その姿に、湯川が余裕の笑みを浮かべている。
切れ味の悪くなった相州伝を捨て、己の腰から刀を抜いた。
本気で斬る気だ。
新一郎としては、そちらの方がやりやすい。
相州伝とやり合うのは、やはり気が重かった。
右腕も疲れている。
一本で支えるのもきつくなって、右にだらりと下げた。
前ががら空きになる。
だが、簡単には踏み込めない。
気力で立っているように見えて、隙はない。
湯川の顔から余裕が消えている。
堪えきれなくなった方が負けだ。
荘次郎も、弓を構えるのをやめて見入った。
他の者も固唾を飲んで見守る。
さちも波蕗も、怖くて見ていられず、目を瞑っている。
先に動きを見せたのは湯川だった。
構えた刀を上に引き上げた。
やはり上からくる。
左に踏み込んで、振り下ろされた刀を上から押さえ込む。
が、弾かれた。
片腕だけでは、力が弱くなる。
もう一度、巻き取るように刀を絡めた。
そして思い切り、腕を跳ね上げ、刀を飛ばした。
返す刀で、袈裟に斬り下げた。
新一郎の刀を後ろに回し、湯川自身も、押されるように後ろに下がっている。
だが、顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「知らないのか。ここで浪人を斬ったとて、咎めなど受けぬわ。どうとでも言いくるめられる。試し斬りにちょうど良い」
不意に湯川の腰が沈んだ。
右手で柄を握り、下向きに落とす。
鯉口が切られた。
「!」
「新さん!」
間合いが近すぎて避けきれない。
脇差に手をかけたが、相州伝の豪剣に敵うかどうか。
その時、何者かが強い力で体当たりしてきて、横に飛ばされた。
湯川の刀は止まっていない。
唸りをあげて、弧を描いた。
血飛沫が飛んで、畳に降った。
「平四郎!」
佐野が、膝をつき、倒れようとするところを抱き止めて、後ろに下がった。
間合いを外さなければ、次が来る。
「馬鹿な」
「殿!」
と叫んで飛び出してきたのは、女だった。
さちが能面とあだ名をつけた見張の女だ。
「危ない!」
さちが叫ぶ。
女は構わず、湯川に対峙した。
「おのれ!」
懐剣を抜いて斬りかかる。
「やめてー!」
さちの悲鳴が響いた。
湯川が容赦なく刀を振り下ろす。
崩れる女を見下ろし、
「さすがによく斬れる」
と、血糊を振り払った。
「平四郎!なぜ、こんなことを・・・」
佐野の傷は深く、畳に血溜まりができていく。
「すまなかった・・・」
「もういい。わかってる。・・・しゃべるな」
「庇ってくれて、嬉しかった」
「なにを言う。おれの方こそ、お前の忠告を聞かずに、湯川を怒らせた。・・・すまない」
「口封じだ。皆殺しにして構わん」
湯川が無情に言い、新一郎に近づこうとしたとき、ぴゅっと風を切る音がして、畳に矢が突き立った。
「動くな。動くと次は射抜くぞ」
塀の上に、矢をつがえた荘次郎の姿があった。
「悪いな。遅くなっちまった」
「わっ、間に合った?ちょっと遅かったかな」
洋三郎が走り込んできた。
「新兄、様子を見るだけって言ってたのに、なにこれ!」
抱き合うようにしている波蕗とさちのそばに行き、湯川の手下を二人から引き離した。
手刀で相手の首を打ち、気絶させ、二人を庇うように立つ。
「お兄さま」
「あんたたち、遅いわよ。なにやってんの!」
「ごめんごめん。こっちは任せといて」
と新一郎に声をかけた。
湯川が忌々しげに舌打ちしている。
「これでいいんだ」
佐野が苦しい息の下からも、話すのをやめなかった。
「早く上に行きたくて、焦ってた。・・・本当に、酷いよな。・・・お前がいないと駄目なんだ。それは嘘じゃない・・・早く帰ってきて欲しかったんだ」
「お前なら、花ふぶきなんかなくたって、出世できた。・・・もう、しゃべるな」
佐野は、最後の力を振り絞るようにして、新一郎の首に腕を回し、耳元で囁いた。
「花ふぶきは、誰にもやるな。新一郎・・・気をつけろ。十年前、大目付だったのは・・・土岐・・・」
「!・・・平四郎!」
がっくりと力が抜けた佐野の体を抱きしめる。
「新兄、後ろ!」
別れを悲しんでいる暇はなかった。
矢の届かない部屋の奥を、じりじりと移動してきた湯川が背後に迫ってきていた。
背後の気配を気にしながら、ゆっくり佐野の体を横たえる。
間をおかずに斬撃が来た。
首元に振り下ろされた刃を、脇差を抜いて、鍔元で受けた。
力で押してくる。
新一郎も力で押した。
そして、刀の鍔元へ向けて、脇差の刃を滑らせていく。
鋼をガリガリと擦る音がする。
刀身に傷がつくのを嫌がって、刃を外しにくるはずだった。
湯川が刀を外へ外すのと、脇差が耐えきれずに折れるのが同時だった。
その隙に身を翻して畳を転がり、湯川から離れた。
「新兄!」
洋三郎が、気を失った手下から刀を奪って、新一郎に投げた。
右手で受け取る。
左腕が動かないので、その刀の鞘を足で踏んで抜いた。
右腕一本で構えた。
その姿に、湯川が余裕の笑みを浮かべている。
切れ味の悪くなった相州伝を捨て、己の腰から刀を抜いた。
本気で斬る気だ。
新一郎としては、そちらの方がやりやすい。
相州伝とやり合うのは、やはり気が重かった。
右腕も疲れている。
一本で支えるのもきつくなって、右にだらりと下げた。
前ががら空きになる。
だが、簡単には踏み込めない。
気力で立っているように見えて、隙はない。
湯川の顔から余裕が消えている。
堪えきれなくなった方が負けだ。
荘次郎も、弓を構えるのをやめて見入った。
他の者も固唾を飲んで見守る。
さちも波蕗も、怖くて見ていられず、目を瞑っている。
先に動きを見せたのは湯川だった。
構えた刀を上に引き上げた。
やはり上からくる。
左に踏み込んで、振り下ろされた刀を上から押さえ込む。
が、弾かれた。
片腕だけでは、力が弱くなる。
もう一度、巻き取るように刀を絡めた。
そして思い切り、腕を跳ね上げ、刀を飛ばした。
返す刀で、袈裟に斬り下げた。
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