隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

文字の大きさ
上 下
33 / 74
3話 立花家の危機

一 黒幕現る(一)

しおりを挟む
「行き先に心当たりはありませんか」
 仙次の問いかけに、おきくは首を振った。
「何も言わずに出かけたままです」
「やっぱり・・・新さんと同じか」
 仙次が淡路屋に駆けつけたとき、おきくは部屋で寝かされていた。
 事情を話すのも辛そうな感じだったが、呼んだのは私だからと痛むお腹をさすりながらも気丈に答えてくれていた。
「すいません、親分さん。何もお役に立てなくて・・・」
 目に涙を溜めている。
「何をおっしゃいますか。それより、無理しないでおくんなさいよ。大事な体なんですから」
「はい」
「あっしは、波蕗さまがお一人で囚われなくて良かったと思っているんですよ。さちが一緒でよかった。二人なら心強い」
「そうね。お一人では辛すぎます。二人で励まし合えますわね」
「なに、さちは見た目通りの気の強い娘だ。ちょっとやそっとでへこたれやしねえ」
「ええ」
 仙次が鼻をしきりにこすっている。
 涙を堪えているのだ。
「あとは、新さんたちに繋ぎがつけられれば・・・」
「あ、そうだわ。武蔵屋さんなら、何か心当たりがあるかもしれないわ」
「なるほど、さっそく当たってみやしょう」
 と腰を上げかけたところで、下っぴきが駆け込んできた。
「親分、立花家は・・・」
 走ってきたせいで、ぜいぜい喘いでいる。
「いけません。・・・閉門蟄居されているようで、中に入れません」
「なに?しかし、朝はなんともなかったはずだ。波蕗さまがこちらにおいでになってるんだ」
「しかし、見張もついてますよ」
「そんな・・・」
「手回しが早えな。・・・もう町方には手が出せねえ」
 仙次は険しい表情になり、考え込んだ。
「何かあったら知らせてくださいよ」
 とおきくに言った。
「はい」
「あっしは武蔵屋へ・・・」
「あ、親分さん。親分さんも無理しないでくださいね」
 おきくの言葉に目顔で頷いて、下っぴきとともに淡路屋を出た。


 武蔵屋は武具を扱う商人らしく、どっしりと構えて仙次を見た。
 奥の部屋に通されて、向き合うと、口を割らせるのは無理だろうと思われる貫禄があった。
 鬢の毛に白いものが混じり、歳は五十を越えていると思われた。
「立花家とは付き合いは長いのですか?」
「そうですな、石見守さまにはよくしていただきました」
「荘次郎さんを預かって、淡路屋さんに紹介されたのは武蔵屋さんだそうですね」
「・・・」
 岡っ引きが何を言うのかと身構えたようだった。
「今日は、調べに来たわけではありません」
 仙次は手を振った。
「ことは一刻を争います。立花家の末娘が何者かに拉致されました。三兄弟の行方をご存知ありませんか」
 そして、新一郎との関わりを話し、敵ではないことを強調した。
「それはまことのことですか。だとすれば一大事・・・」
 武蔵屋は目を見張り、腕を組んで下を向いた。
「手の者を立花家に行かせたところ、もうすでに閉門されていたそうです。武蔵屋さんにも助力していただきたいのです。立花家を救うために」
「・・・」
 仙次は確信していた。
 荘次郎を託された武蔵屋は、必ず味方になってくれると。
「わかりました。心当たりに飛脚を出しましょう。それが一番速い。ですが、空振りになるかもしれませんよ」
「いや、ありがたい!その時はその時。何もしないより、どんだけいいか」
 仙次の顔が明るくなった。
「では、なんとしたためたらよろしいかな?」


「江ノ島には参りましたか?」
 刀ができるところを見たいと、三人はまだ刀鍛冶の家にいた。
 荘次郎と洋三郎がはりきって大鎚を振るっている。
 数日でも、次第に上手くなってきた。
「いえ、まだです」
「行かれたらよろしいのに」
「そうですね」
 新一郎が恥ずかしそうに笑った。
「今はいいのです。連れて行きたい人がいますので」
「あら、まあ」
 藤子が片手で口を覆ってふふふと笑っている。
「今度連れていらっしゃい」
「はい。・・・波蕗も連れてきていいでしょうか」
「・・・」
「母親が生きているのに、知らずにいるのはかわいそうだ」
「・・・そうですわね」
 と、遠くを見る目になった。
「もう十年経ちました。大きくなったでしょうね」
「良い娘になっていますよ。主計どのが育ててくれました」


「おかみさん、武蔵屋さんから文が来たようです」
 女中が藤子に文を手渡した。
「武蔵屋さんから?何事でしょう」
 さっそく広げて読む。
 その手が震えだした。
「どうかしましたか」
「波蕗が・・・主計が・・・」
 文を新一郎に渡し、顔を手で覆った。
「・・・」
 新一郎の顔が険しくなった。
「どうしたの?」
 異変を感じて、二人がそばに寄ってきた。
「すぐに帰る支度だ」
 文を二人に渡す。
「波蕗が攫われた」
「え?」
「十年前と同じことが起きている。・・・いや、十年前よりも、おそらく・・・強引で理不尽だ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。 霧深き北海で戦艦や空母が激突する! 「寒いのは苦手だよ」 「小説家になろう」と同時公開。 第四巻全23話

御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。 彼女は気ままに江戸を探索。 なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う? 将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。 忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。 いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。 ※※ 将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。 その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。 日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。 面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。 天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に? 周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決? 次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。 くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。 そんなお話です。 一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。 エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。 ミステリー成分は薄めにしております。   作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小童、宮本武蔵

雨川 海(旧 つくね)
歴史・時代
兵法家の子供として生まれた弁助は、野山を活発に走る小童だった。ある日、庄屋の家へ客人として旅の武芸者、有馬喜兵衛が逗留している事を知り、見学に行く。庄屋の娘のお通と共に神社へ出向いた弁助は、境内で村人に稽古をつける喜兵衛に反感を覚える。実は、弁助の父の新免無二も武芸者なのだが、人気はさっぱりだった。つまり、弁助は喜兵衛に無意識の内に嫉妬していた。弁助が初仕合する顚末。 備考 井上雄彦氏の「バガボンド」や司馬遼太郎氏の「真説 宮本武蔵」では、武蔵の父を無二斎としていますが、無二の説もあるため、本作では無二としています。また、通説では、武蔵の父は幼少時に他界している事になっていますが、関ヶ原の合戦の時、黒田如水の元で九州での戦に親子で参戦した。との説もあります。また、佐々木小次郎との決闘の時にも記述があるそうです。 その他、諸説あり、作品をフィクションとして楽しんでいただけたら幸いです。物語を鵜呑みにしてはいけません。 宮本武蔵が弁助と呼ばれ、野山を駆け回る小僧だった頃、有馬喜兵衛と言う旅の武芸者を見物する。新当流の達人である喜兵衛は、派手な格好で神社の境内に現れ、門弟や村人に稽古をつけていた。弁助の父、新免無二も武芸者だった為、その盛況ぶりを比較し、弁助は嫉妬していた。とは言え、まだ子供の身、大人の武芸者に太刀打ちできる筈もなく、お通との掛け合いで憂さを晴らす。 だが、運命は弁助を有馬喜兵衛との対決へ導く。とある事情から仕合を受ける事になり、弁助は有馬喜兵衛を観察する。当然だが、心技体、全てに於いて喜兵衛が優っている。圧倒的に不利な中、弁助は幼馴染みのお通や又八に励まされながら仕合の準備を進めていた。果たして、弁助は勝利する事ができるのか? 宮本武蔵の初死闘を描く! 備考 宮本武蔵(幼名 弁助、弁之助) 父 新免無二(斎)、武蔵が幼い頃に他界説、親子で関ヶ原に参戦した説、巌流島の決闘まで存命説、など、諸説あり。 本作は歴史の検証を目的としたものではなく、脚色されたフィクションです。

トノサマニンジャ

原口源太郎
歴史・時代
外様大名でありながら名門といわれる美濃赤吹二万石の三代目藩主、永野兼成は一部の家来からうつけの殿様とか寝ぼけ殿と呼ばれていた。江戸家老はじめ江戸屋敷の家臣たちは、江戸城で殿様が何か粗相をしでかしはしないかと気をもむ毎日であった。しかしその殿様にはごく少数の者しか知らない別の顔があった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大罪人の娘・前編 最終章 乱世の弦(いと)、宿命の長篠決戦

いずもカリーシ
歴史・時代
織田信長と武田勝頼、友となるべき2人が長篠・設楽原にて相討つ! 「戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい」 この志を貫こうとする織田信長。 一方。 信長の愛娘を妻に迎え、その志を一緒に貫きたいと願った武田勝頼。 ところが。 武器商人たちの企てによって一人の女性が毒殺され、全てが狂い出しました。 これは不運なのか、あるいは宿命なのか…… 同じ志を持つ『友』となるべき2人が長篠・設楽原にて相討つのです! (他、いずもカリーシで掲載しています)

処理中です...