隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

文字の大きさ
上 下
27 / 74
2話 花ふぶきの謎

三 天女の刀(一)

しおりを挟む
「ありがとうございましたー」
 今朝最後のお客を送り出した。
 いつもなら、こんな時刻に新一郎がやってくるのだが、ここ数日姿を見かけない。
「おい、さち。もっと愛想良くしねえか」
 今日は仙次が店にいた。
「なに言ってんだい。あたしは元からこうですぅ」
 唇を尖らせて飯台を拭く。
 時々布巾を叩きつけている。
「荒れてるねえ」
 仙次が苦笑いした。
「素直になったらどうなんだい?新さんがいなくなっちまってからこうなんだから」
「おっかさん、違います。新さんなんて、どっかで倒れてたって知らないんだから」
「まあ、お医者さまが一緒だから心配いらないわね」
「あ、そうだった。それもそうね」
「どっかで羽伸ばしてんじゃねえのか。うるさいのもいねえし」
「うるさいって何よ。羽を伸ばすっていうのは忙しい人のことを言うんでしょ?新さんのどこが忙しいのよ」
「まあまあまあ」
「帰ってきたらタダじゃおかないんだから」
 布巾をぎゅうっと絞っている。
「おおこわ。だからいつも言ってんだろ。新さんはこんなところで飯食ってていいお人じゃねえんだって。今度のことだって、お家のことで秘密にしなきゃなんねえことでもあるんだろう。ガタガタ言って新さんの足引っ張るんじゃねえぞ。お家再興ってことになったら、もうここには二度と来ねえんだ」
「・・・」
「ちょっとお前さん、それはあんまりなんじゃないの?」
「おお、上等だ。この際はっきり言ってやるよ。さちも覚悟しとくんだな」
「そんなことぐらいわかってるわよ!新さんなんか、若くて綺麗な腰元たちに、かしずかれてりゃいいのよ!」
 カッとなったさちは、仙次に布巾を投げつけて店を出て行った。
「あらあら。お前さんはさちに厳しすぎます」
「そうか?・・・あいつには、幸せになってもらいてえと思っているんだがな」
 仙次はため息をついて、さちの出て行った方に目をやった。



「江戸を出るなんて初めてだなあ」
 のんびりと声をあげたのは洋三郎だ。
「そうだなあ。おれは鷹狩り以来かな」
「まったく二人とも役に立たないんだから・・・。おれがいなかったら旅にも出られやしねえ。感謝しろよ」
「はいはい。荘兄には感謝しかありませんよ」
「さすがだな。荘次郎は。万事行き届いている」
「先代のお供で、何度か京まで行ってるんでね」
 荘次郎が自慢げに鼻を擦った。

「それで、江ノ島に物見遊山なの?みんなに内緒で出てきて、遊んじゃったら叱られない?」
 江ノ島は江戸からも気軽に行ける、人気の観光地である。
 街道は今もたくさんの人が行き交っている。
「そうだな。身重のおきくさんに申し訳ないな」
「遊びじゃねえだろ」
「さちさんだって・・・」
 洋三郎が頭に人差し指を立てている。
「ん?なんでさちが怒るんだ?」
「そりゃ怒るでしょう。なんで連れてってくれないのって。帰ったら大目玉食らうんじゃないの?・・・今度は連れてってあげたら?」
「なんでだ?」
 新一郎が首を傾げている。
「ちょっと荘兄・・・」
 荘次郎の耳に囁く。
「新兄全然気づいてないね」
「そうらしいな。かわいそうに・・・」
「おい、何をコソコソしてるんだ」

 藤沢宿についた一行は、江ノ島に向かって海の方へ歩いているのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

子連れ同心捕物控

鍛冶谷みの
歴史・時代
定廻り同心、朝倉文四郎は、姉から赤子を預けられ、育てることになってしまった。肝心の姉は行方知れずで、詳しいことはわからない。 与力の家に、姉が連れてきた貰い乳の女がいて、その女の赤子の行方を追うが、若い侍によって、証拠が消されてしまう。 それでも目付の働きによって赤子を取り戻した夜、襲われていた姉を助け、話を聞き、赤子の父親を知る。 ※人情物ではありません。 同心vs目付vs?の三つ巴バトル 登場人物はすべて架空の人物です。

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

処理中です...