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1話 四兄妹
三 洋三郎の拳(四)
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まるで夜逃げだな。
その夜のうちに長屋を引き払った。
これで何度目だろう。
哲斎先生と暮らしている時から、転々と住む場所を変えてきた。
もしかしたら、それも、自分のせいなのかもしれなかった。
もちろん、先生が斬られたことは確実にそうだった。
住む場所の当てがあるわけではなかった。
誰にも告げずに出ていった方が足がつかないからいいのだが、さすがに野宿もなあ。
と思いながら夜道を歩いている。
少しの道具と、身の回りのものを少し風呂敷包みにして持っている。
他の物は処分してくれと、差配さんに言ってきた。
先生の物もその中にはあったが、仕方がない。
早い方がよかった。
この長屋は、兄たちに知られているのだ。
洋三郎は、とりあえず、八丁堀に向かっている。
はっきりさせておきたいことがあった。
聞ける人が他に思い当たらないこともある。
そのあとのことはそれから考えよう。
牧格之進は、組屋敷にいた。
急にやってきたのに、さほど待たされることなく、奥に通された。
医者とわかるような格好はしていない。
が、総髪を後ろで束ねた姿は、堅気の町人には見えないだろう。
「これはこれは、先生、何か思い出したことがありましたかな」
にこやかな笑みを浮かべて、牧は言った。
「夜分に申し訳ございません。お聞きしたいことがあって参りました」
洋三郎は頭を下げた。
「なに、お気になさらず。独り身は気楽なものです。構うことはありません」
牧とは、賊に入られた時に話して以来だが、そのときとは違って、落ち着いた真剣な眼差しで向き合った。
「何ですかな?遠慮なくおっしゃってください」
「花ふぶきとは、何のことでしょうか」
「・・・」
牧は、細い目を見開いている。
「花ふぶきが何か、ご存知ない?」
「はい。一向に」
「兄君たちにもお聞きになっていない?」
「兄には会っていません」
「そうですか・・・」
腕をくみ、透かすように洋三郎を見た。
嘘だが、本当のことを話す義理もない。
「お教えいたしましょう。花ふぶきは刀ですよ。刀らしからぬ名前なのでわかりにくいですがね」
洋三郎の反応を見るように、じっと見つめてくる。
「刀・・・?」
「立花家の刀ですよ」
「なぜそんなものが欲しいのですか」
目をぱちぱちさせて考えてみたが、なぜ刀のために先生が殺されなくてはならなかったのか、さっぱりわからなかった。
「刀は宝物ですよ。欲しい者には喉から手が出るほとに欲しいのです」
「わからない」
「何かてがかりになるようなことは、思い出しませんかな?」
「・・・」
「ありましたかな」
牧の目の色が変わっている。
八丁堀の同心らしい、獲物に食い付くような目だった。
洋三郎は、身震いした。
間違って敵地に乗り込んでしまったような心細さを感じている。
「お話下さるか、洋三郎どの」
唾を飲み込んで、言った。
「いえ、何でもありません」
平静を装ったつもりだったが、頬が引き攣っている。
「お父上さまから引き継いだものがおありですな」
「もう用は済みましたので、失礼します」
本能が危険だと告げていた。
気が動転している。
礼もそこそこに立ち上がった。
「夜道にはくれぐれもお気をつけられよ」
その夜のうちに長屋を引き払った。
これで何度目だろう。
哲斎先生と暮らしている時から、転々と住む場所を変えてきた。
もしかしたら、それも、自分のせいなのかもしれなかった。
もちろん、先生が斬られたことは確実にそうだった。
住む場所の当てがあるわけではなかった。
誰にも告げずに出ていった方が足がつかないからいいのだが、さすがに野宿もなあ。
と思いながら夜道を歩いている。
少しの道具と、身の回りのものを少し風呂敷包みにして持っている。
他の物は処分してくれと、差配さんに言ってきた。
先生の物もその中にはあったが、仕方がない。
早い方がよかった。
この長屋は、兄たちに知られているのだ。
洋三郎は、とりあえず、八丁堀に向かっている。
はっきりさせておきたいことがあった。
聞ける人が他に思い当たらないこともある。
そのあとのことはそれから考えよう。
牧格之進は、組屋敷にいた。
急にやってきたのに、さほど待たされることなく、奥に通された。
医者とわかるような格好はしていない。
が、総髪を後ろで束ねた姿は、堅気の町人には見えないだろう。
「これはこれは、先生、何か思い出したことがありましたかな」
にこやかな笑みを浮かべて、牧は言った。
「夜分に申し訳ございません。お聞きしたいことがあって参りました」
洋三郎は頭を下げた。
「なに、お気になさらず。独り身は気楽なものです。構うことはありません」
牧とは、賊に入られた時に話して以来だが、そのときとは違って、落ち着いた真剣な眼差しで向き合った。
「何ですかな?遠慮なくおっしゃってください」
「花ふぶきとは、何のことでしょうか」
「・・・」
牧は、細い目を見開いている。
「花ふぶきが何か、ご存知ない?」
「はい。一向に」
「兄君たちにもお聞きになっていない?」
「兄には会っていません」
「そうですか・・・」
腕をくみ、透かすように洋三郎を見た。
嘘だが、本当のことを話す義理もない。
「お教えいたしましょう。花ふぶきは刀ですよ。刀らしからぬ名前なのでわかりにくいですがね」
洋三郎の反応を見るように、じっと見つめてくる。
「刀・・・?」
「立花家の刀ですよ」
「なぜそんなものが欲しいのですか」
目をぱちぱちさせて考えてみたが、なぜ刀のために先生が殺されなくてはならなかったのか、さっぱりわからなかった。
「刀は宝物ですよ。欲しい者には喉から手が出るほとに欲しいのです」
「わからない」
「何かてがかりになるようなことは、思い出しませんかな?」
「・・・」
「ありましたかな」
牧の目の色が変わっている。
八丁堀の同心らしい、獲物に食い付くような目だった。
洋三郎は、身震いした。
間違って敵地に乗り込んでしまったような心細さを感じている。
「お話下さるか、洋三郎どの」
唾を飲み込んで、言った。
「いえ、何でもありません」
平静を装ったつもりだったが、頬が引き攣っている。
「お父上さまから引き継いだものがおありですな」
「もう用は済みましたので、失礼します」
本能が危険だと告げていた。
気が動転している。
礼もそこそこに立ち上がった。
「夜道にはくれぐれもお気をつけられよ」
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