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1話 四兄妹
三 洋三郎の拳(二)
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小間物問屋淡路屋から使いが来たのは、普段の暮らしに戻って一月ほど経った頃だ。
歴としたお店から往診の依頼なんて、哲斎先生ならあるだろうが、まだ駆け出しの若造に来ることはないと思っていたから驚いた。
しかも、聞いたこともないお店だ。
なんの冗談か。
もしかしたら、何かの罠か。
やばい仕事なのか。
それでも行くと言ったのは、お金が欲しいからだ。
哲斎先生が亡くなってから、明らかに患者が減って、しかもろくに治療費も払えない貧乏人ばかり診てきたせいで、窮している。
もし、やばい仕事でも、うまくいけば、お金にはなるだろう。
貧乏人を診るのが嫌なのではない。
生きていくために、お金になることもしなければならない。
「どなたの具合が悪いのですか」
道案内してもらっている間に、少しでもどんな状況なのか聞いておきたかった。
「若おかみさんです。食欲もないようですし、色々ありましたから、心労が祟ったのかもしれません」
「色々と・・・。たとえばどのような?」
「賊に押し込まれたり、大変で」
「賊?それはそれは・・・」
前を歩く若い手代は話好きなのか、振り向きながら小声でためらう様子もなく話す。
さすが小間物を扱うだけあって、人当たりがよかった。
「世の中物騒になりましたな」
こっちも押し込まれた身だから実感がこもっている。
「つかぬことをお伺いしますが」
疑問をぶつけてみる。
「なぜ、私が呼ばれたのかご存知ですか」
手代は首を捻った。
「さあ。あたしは先生を呼んでこいと、若旦那に言われて来ただけですから。詳しいことは若旦那からお聞きになってください」
そうこうするうちにお店に着いたようだった。
ちょっと遠くないか、と汗が滲む額を拭いながら思った。
近いところに医者くらい、いくらでもいるだろうと、また疑念が頭をもたげてくる。
「申し訳ございませんが、裏からお入りくださいとのことです」
手代に送られて、奥へと入っていった。
庭に出て、進んでいくと、濡れ縁に刀を抱いた浪人が座っていた。
一瞬ギョッとしたが、押し込みに入られたというから、用心棒だろうと思われた。
目があった。
うらぶれたところがなく、浪人らしからぬ雰囲気がある。
閉められていた障子戸が開いた。
「来たか」
若旦那だろう。自分とあまり歳が変わらないと思われる商人が手招きしている。
「?」
初対面にしては、なんかおかしい、と思いながら履き物を脱いで上がった。
「失礼します」
病人は床についていなかった。
足は投げ出しているが、寝巻きでもなく、だるそうに座っていた。
「おかみさんの具合が悪いそうで」
「そうなんだ。ちょいと診てやってくれ」
「おかみさんは、病ではありません。おめでたですよ」
「本当か!?」
「はい」
「でも、先生、前にもこんなふうに調子が悪くて、もしかしたら、と思って診てもらったら違ったってことがあったんです・・・。だから今回もそうじゃないかって不安で・・・」
「大丈夫ですよ。お身体を大事にしてください」
「おまえさま!」
おかみさんは、調子の悪さなど吹っ飛んでしまったように、若旦那に抱きついた。
こういう時は、医者をやっていて良かったと思う。
「では、私はこれで」
「おい、もう帰るのかよ」
は?
まだ何か。
顔に出てしまったのか、若旦那が鼻白んだ顔になる。
妙に馴れ馴れしくないか。
「お代はいりませんよ。病ではなかったのですから」
「いやいや、それはいかん」
「先生、ゆっくりしていってください。今お茶をお持ちしますね」
おかみさんがそう言って部屋を出ていった。
「おまえ、洋三郎じゃないのか?」
「はい?なんでそれを・・・」
「おれだよ、おれ。忘れたのか。兄の顔を」
「兄?」
「兄上」
若旦那が外に声をかけた。
さっきの浪人が入ってくる。
「人違い、ってこともなさそうだがな」
二人してじろじろと見てくる。
「立花新一郎だ」
「荘次郎だ」
「・・・」
二人を見比べる。
見たことがあるような、ないような。
「なんなんですか。さっきから・・・。私に兄弟はいません。人違いです。失礼します」
ムッとして立ち上がった。
居心地が悪く、早くここから出たかった。
「待てって。落ち着けよ」
「落ち着いてます」
慌てているのはそっちだ。
縁に出て、履き物を履こうとした。
「おい」
肩を掴まれた。
「いい加減にしてください」
思わず若旦那の襟を掴んで投げてしまった。
歴としたお店から往診の依頼なんて、哲斎先生ならあるだろうが、まだ駆け出しの若造に来ることはないと思っていたから驚いた。
しかも、聞いたこともないお店だ。
なんの冗談か。
もしかしたら、何かの罠か。
やばい仕事なのか。
それでも行くと言ったのは、お金が欲しいからだ。
哲斎先生が亡くなってから、明らかに患者が減って、しかもろくに治療費も払えない貧乏人ばかり診てきたせいで、窮している。
もし、やばい仕事でも、うまくいけば、お金にはなるだろう。
貧乏人を診るのが嫌なのではない。
生きていくために、お金になることもしなければならない。
「どなたの具合が悪いのですか」
道案内してもらっている間に、少しでもどんな状況なのか聞いておきたかった。
「若おかみさんです。食欲もないようですし、色々ありましたから、心労が祟ったのかもしれません」
「色々と・・・。たとえばどのような?」
「賊に押し込まれたり、大変で」
「賊?それはそれは・・・」
前を歩く若い手代は話好きなのか、振り向きながら小声でためらう様子もなく話す。
さすが小間物を扱うだけあって、人当たりがよかった。
「世の中物騒になりましたな」
こっちも押し込まれた身だから実感がこもっている。
「つかぬことをお伺いしますが」
疑問をぶつけてみる。
「なぜ、私が呼ばれたのかご存知ですか」
手代は首を捻った。
「さあ。あたしは先生を呼んでこいと、若旦那に言われて来ただけですから。詳しいことは若旦那からお聞きになってください」
そうこうするうちにお店に着いたようだった。
ちょっと遠くないか、と汗が滲む額を拭いながら思った。
近いところに医者くらい、いくらでもいるだろうと、また疑念が頭をもたげてくる。
「申し訳ございませんが、裏からお入りくださいとのことです」
手代に送られて、奥へと入っていった。
庭に出て、進んでいくと、濡れ縁に刀を抱いた浪人が座っていた。
一瞬ギョッとしたが、押し込みに入られたというから、用心棒だろうと思われた。
目があった。
うらぶれたところがなく、浪人らしからぬ雰囲気がある。
閉められていた障子戸が開いた。
「来たか」
若旦那だろう。自分とあまり歳が変わらないと思われる商人が手招きしている。
「?」
初対面にしては、なんかおかしい、と思いながら履き物を脱いで上がった。
「失礼します」
病人は床についていなかった。
足は投げ出しているが、寝巻きでもなく、だるそうに座っていた。
「おかみさんの具合が悪いそうで」
「そうなんだ。ちょいと診てやってくれ」
「おかみさんは、病ではありません。おめでたですよ」
「本当か!?」
「はい」
「でも、先生、前にもこんなふうに調子が悪くて、もしかしたら、と思って診てもらったら違ったってことがあったんです・・・。だから今回もそうじゃないかって不安で・・・」
「大丈夫ですよ。お身体を大事にしてください」
「おまえさま!」
おかみさんは、調子の悪さなど吹っ飛んでしまったように、若旦那に抱きついた。
こういう時は、医者をやっていて良かったと思う。
「では、私はこれで」
「おい、もう帰るのかよ」
は?
まだ何か。
顔に出てしまったのか、若旦那が鼻白んだ顔になる。
妙に馴れ馴れしくないか。
「お代はいりませんよ。病ではなかったのですから」
「いやいや、それはいかん」
「先生、ゆっくりしていってください。今お茶をお持ちしますね」
おかみさんがそう言って部屋を出ていった。
「おまえ、洋三郎じゃないのか?」
「はい?なんでそれを・・・」
「おれだよ、おれ。忘れたのか。兄の顔を」
「兄?」
「兄上」
若旦那が外に声をかけた。
さっきの浪人が入ってくる。
「人違い、ってこともなさそうだがな」
二人してじろじろと見てくる。
「立花新一郎だ」
「荘次郎だ」
「・・・」
二人を見比べる。
見たことがあるような、ないような。
「なんなんですか。さっきから・・・。私に兄弟はいません。人違いです。失礼します」
ムッとして立ち上がった。
居心地が悪く、早くここから出たかった。
「待てって。落ち着けよ」
「落ち着いてます」
慌てているのはそっちだ。
縁に出て、履き物を履こうとした。
「おい」
肩を掴まれた。
「いい加減にしてください」
思わず若旦那の襟を掴んで投げてしまった。
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