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1話 四兄妹
二 荘次郎の飛び道具(四)
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「町方を甘くみてもらっては困ります」
思わず鋭くなった荘次郎の視線を、牧は穏やかな笑みで受けた。
「隠しても無駄なこと。調べはついているのですよ」
荘次郎は、諦めたというように首を振り、ため息をついた。
「牧さまは、どちらで花ふぶきのことを?あれは、立花家の者しか知らないはずです」
「人の口に戸は立てられません。ましてやお取り潰しになったお家の品物は、いやでも好奇の目に晒されます。立花家も例外ではありません。商いの道に進まれたあなたには、お分かりになるはず」
「浅ましいことだが、金になる・・・?」
「珍しいものは、それだけで価値がある。刀は武家だけでなく、商人の間でも高値で取引される。巨額の金が動くこともあるのです。花ふぶきは誰も見たことがないという刀です。見たいと思うのが人情」
「金のために売ろうというのか」
つぶやいた。
誰が、何のために?
だが、花ふぶきの存在を知る者は、限られる。
荘次郎は昔の記憶を辿ろうとするが、辿れる記憶は多くない。
「それでは、もう一度お聞きしますが、花ふぶきはどちらに?」
「奉行所のお役人さまでもわからないのですか」
涼しげな目が上目遣いに牧を見た。
「残念ながら、私は持っていませんよ。賊にも言ったんですがね。家探しでもされますか」
「まさか。賊と同じにしないでもらいたいですな」
「牧さまは、花ふぶきに並々ならぬ関心がおありのようで。もしや、賊が何者かも、すでにご存知なのでは?」
静かだが、鋭く相手を牽制する視線だ。
「ほう、なるほど。淡路屋さんが跡取りをあなたに決めたわけがわかりましたよ。度胸がおありになる。さすがに立花家のお方だ」
「賊に心当たりはあるのですか?」
牧が笑い出した。
「それはこちらの科白だが。・・・どうにも信用していただけないようで」
荘次郎は笑わない。
「ではもう一つ。昨日武蔵屋に行かれましたね。何を受け取ってきたのですかな?」
武蔵屋は荘次郎を淡路屋に連れてきた、立花家出入りの武具屋だった。
つけられていたらしい。
「また、賊が来た時に、応戦しなければなりません。そのために必要な物です」
「それは、花ふぶきではないのですかな」
「あんたもしつこいなあ」
急にぞんざいな口調になった。
「見せていただけませんか」
牧がニコニコして手を出した。
睨むように牧を見ていた荘次郎が、プイッと横を向いて舌打ちした。
「まあ、いいだろう。だが、これで花ふぶきではないことがはっきりする」
立ち上がって、
「もうこの部屋にあるよ」
とニヤリとした。
「宝というほどのものじゃない。壊れやすい物だからな」
床の間に向かう。
「報告を受けなかったのか?刀にしては長すぎると」
立てかけてあった和弓を手にすると、さっと牧を振り向いた時には、矢がつがえられている。
キリキリと引き絞った。
「弓・・・」
牧の目が見開かれた。
「これでわかったろう。もし、賊が来なかったら、あんたと賊は繋がっているということだな?花ふぶきがないとはっきりしているのに、ここに来るバカはいない」
「まあまあまあ」
と手を振った。
「それがしは賊の一味ではない」
「似たようなものだろう」
にべもない。
牧が苦笑している。
「なるほど、それで賊と戦うというのですな。しかし、接近戦には不向き。用心棒を雇われてはいかがか?」
「用心棒?」
矢をはずし、元に戻した。
「賊は来るのか」
「備えるに越したことはありません。一人、心当たりがありますゆえ、すぐにでも寄越しましょう」
「奉行所が用心棒の斡旋をするとは、驚いたな」
「なかなか信用していただけないようなので、点数稼ぎですよ。人物は保証します」
牧が商人のようなことを言った。
「どうだか・・・」
目を細め、笑顔の同心を見た。
思わず鋭くなった荘次郎の視線を、牧は穏やかな笑みで受けた。
「隠しても無駄なこと。調べはついているのですよ」
荘次郎は、諦めたというように首を振り、ため息をついた。
「牧さまは、どちらで花ふぶきのことを?あれは、立花家の者しか知らないはずです」
「人の口に戸は立てられません。ましてやお取り潰しになったお家の品物は、いやでも好奇の目に晒されます。立花家も例外ではありません。商いの道に進まれたあなたには、お分かりになるはず」
「浅ましいことだが、金になる・・・?」
「珍しいものは、それだけで価値がある。刀は武家だけでなく、商人の間でも高値で取引される。巨額の金が動くこともあるのです。花ふぶきは誰も見たことがないという刀です。見たいと思うのが人情」
「金のために売ろうというのか」
つぶやいた。
誰が、何のために?
だが、花ふぶきの存在を知る者は、限られる。
荘次郎は昔の記憶を辿ろうとするが、辿れる記憶は多くない。
「それでは、もう一度お聞きしますが、花ふぶきはどちらに?」
「奉行所のお役人さまでもわからないのですか」
涼しげな目が上目遣いに牧を見た。
「残念ながら、私は持っていませんよ。賊にも言ったんですがね。家探しでもされますか」
「まさか。賊と同じにしないでもらいたいですな」
「牧さまは、花ふぶきに並々ならぬ関心がおありのようで。もしや、賊が何者かも、すでにご存知なのでは?」
静かだが、鋭く相手を牽制する視線だ。
「ほう、なるほど。淡路屋さんが跡取りをあなたに決めたわけがわかりましたよ。度胸がおありになる。さすがに立花家のお方だ」
「賊に心当たりはあるのですか?」
牧が笑い出した。
「それはこちらの科白だが。・・・どうにも信用していただけないようで」
荘次郎は笑わない。
「ではもう一つ。昨日武蔵屋に行かれましたね。何を受け取ってきたのですかな?」
武蔵屋は荘次郎を淡路屋に連れてきた、立花家出入りの武具屋だった。
つけられていたらしい。
「また、賊が来た時に、応戦しなければなりません。そのために必要な物です」
「それは、花ふぶきではないのですかな」
「あんたもしつこいなあ」
急にぞんざいな口調になった。
「見せていただけませんか」
牧がニコニコして手を出した。
睨むように牧を見ていた荘次郎が、プイッと横を向いて舌打ちした。
「まあ、いいだろう。だが、これで花ふぶきではないことがはっきりする」
立ち上がって、
「もうこの部屋にあるよ」
とニヤリとした。
「宝というほどのものじゃない。壊れやすい物だからな」
床の間に向かう。
「報告を受けなかったのか?刀にしては長すぎると」
立てかけてあった和弓を手にすると、さっと牧を振り向いた時には、矢がつがえられている。
キリキリと引き絞った。
「弓・・・」
牧の目が見開かれた。
「これでわかったろう。もし、賊が来なかったら、あんたと賊は繋がっているということだな?花ふぶきがないとはっきりしているのに、ここに来るバカはいない」
「まあまあまあ」
と手を振った。
「それがしは賊の一味ではない」
「似たようなものだろう」
にべもない。
牧が苦笑している。
「なるほど、それで賊と戦うというのですな。しかし、接近戦には不向き。用心棒を雇われてはいかがか?」
「用心棒?」
矢をはずし、元に戻した。
「賊は来るのか」
「備えるに越したことはありません。一人、心当たりがありますゆえ、すぐにでも寄越しましょう」
「奉行所が用心棒の斡旋をするとは、驚いたな」
「なかなか信用していただけないようなので、点数稼ぎですよ。人物は保証します」
牧が商人のようなことを言った。
「どうだか・・・」
目を細め、笑顔の同心を見た。
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