隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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1話 四兄妹

二 荘次郎の飛び道具(三)  

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「ご心配には及びません。それなりの対処を考えておきましょう。今日はもう遅い。この辺で失礼しますよ。詳しいお話は、また聞かせていただくことにして。お大事になされよ」
 小者や岡っ引きの検分が一応終わったとみて、八丁堀の旦那は腰を上げた。
 若主人が痛そうに顔を歪めて黙り込んだのを、殴られた傷が痛むためだと受け取ったのかどうか。


 元の静かな淡路屋に戻り、ようやく落ち着いたところで、先代夫婦の隠居部屋で話をすることにした。
「お疲れのところ、申し訳ございません」
「傷は大丈夫なの?」
 おきくの母、おふじが心配そうに言った。
 顔が青く腫れてきて、話しにくそうだったからだ。
 おふじは世話好きで、明るいおかみさんだった。
「早くお話せねばなりません」
「まあ、ゆっくり休める状況ではなし、・・・改まって何かな」
 徳右衛門はさすがに、荘次郎のただならぬ気配を察して聞く体勢になっている。
「お嬢様と・・・」
「何それ、おきくでいいっていつも言ってるのに」
 お嬢様と言われたのが気に障って、おきくが口を挟んだ。
「いえ、お嬢様。お暇を頂戴いたしたく。・・・私を離縁してください」
 両手をついて頭を下げた。
「お嬢様を危ない目に合わせてしまいました。これ以上ご迷惑はかけられません」
「嫌よ!離縁なんて」
 叫ぶように言って、荘次郎を揺さぶった。
「おきく、やめなさい。事情を聞かせてもらおうではないか」

「はい」
 荘次郎は姿勢を正して座り直した。
「賊が要求した刀は、十年前に断絶した私の家の家宝です。そのときに、兄弟は散り散りになり、行方もわかっていません。私は花ふぶきを持ってはおりませんが、兄弟の誰かが持っているはずです。賊がもう一度来れば、ないことはあきらかになるでしょう」
「なら、もうここへは来ないのでしょ?離縁する必要がどこにあると言うの?」
 おきくが憤慨している。
「もう一度来ることが問題なのです。こちらも用心し、警戒します。そこへ来る賊は、こちらを上回る準備をしてくるでしょう」
「今日の比ではないでしょうな」
 徳右衛門が頷いた。
「そうです。今日は手加減してきましたが、次はわかりません」
「恐ろしいこと」
 おふじが胸元に手をやった。
「しかし、私がいなければ、ここへは来ないはずです」
「行く当てでもあるのかね」
「それは・・・」
 そこまでは考えていなかった。
「いやいや。・・・荘次のばか。帰る家はないって今言ってたじゃない」
「そうですよ、荘次。水くさい」
「それが何だっていうのよ。私たちをなめるなって」
 おきくは、役人の前で泣きそうになっていたのを忘れたように、いきり立っている。
 母子二人の攻勢に、二の句が告げられなくなった。
「うちの女どもはそう言っておるが、どうするね」
 と徳右衛門も笑い出した。
「私たちはもうずっと家族ですよ。十年前、あなたがここへ来た時から」
「おかみさん・・・」
「離縁などと、もう口にするでない」
「旦那さま・・・」
「突然家族がばらばらになってさぞ辛かったでしょう。よく今まで耐えてきましたね」
 張り詰めていた心が解けて、涙が溢れた。
「私は幸せ者です」
 手をついた。
 おきくがその背中を抱きしめた。


 牧格之進が再び淡路屋の暖簾をくぐってきたのは、翌々日のことだった。
 今度は一人で向き合った。
「怪我はもう良くなりましたかな」
「はい。おかげさまで」
 青あざはまだ所々残っているが、腫れはだいぶ引いてきている。
「今日はざっくばらんにいきましょう」
 いただきますよ、とまずお茶を飲んでから牧が言った。

「賊の言う、花ふぶきをお持ちで?」
「いえ、そのようなものは、持っておりません」
「では、どこにあるのかご存知ですかな?」
「さあ、・・・何のことやら。聞かれても困ります」
「では、見たことも聞いたこともないと?」
「はい、ありません」
 牧の笑いが大きくなった。
「嘘はいけませんな、立花荘次郎どの。花ふぶきは、立花家の家宝ではござらぬか」
 笑わない目が、じっと荘次郎を見つめた。
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