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1話 四兄妹
二 荘次郎の飛び道具(二)
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微かな物音と、気配に気がつき、薄目を開けた。
そっと身じろぎして、隣に眠るおきくを確かめる。
気配はまだ遠い。
(賊か?・・・)
派手な押し込みではないようだ。
人数は多くても数人程度。
一人かもしれない。
こそ泥か・・・。
(どうする・・・)
もう少しはっきりするまで、じっと動かず、様子をみることにした。
下手に騒いで危害を加えられては元も子もない。
気配はだんだん近づいてくる。
障子戸が音もなく開いた。
寝たふりを決め込む。
賊は二人のようだ。
二人とも気配を消すのがうまい。
一人なら、何とかなりそうだったが、部屋にはおきくがいる。
慎重にならざるを得ない。
賊は、飾り棚の引き出しを開け、押し入れを開けている。
一人は押入れの奥の方まで物色しているようだ。
金が目的なのか。
金がそんなところにあると思っているのか。
「なさそうだ」
低く男の声がした。
「仕方がない、か」
もう一人がささやいた。
(まずい)
こっちを見ている。
そのまま出ていってくれればいいが、金を出せと脅してくるか。
冷や汗が流れる。
「おい」
声と同時に背中を蹴られた。
引き起こされる。
男たちの動きは素早く、抵抗する隙がなかった。
「なんだ!」
大声を出した。
店の誰かが気づいて、番屋に走ってくれることを願ってのことだ。
「きゃーっ!」
荘次郎の声に目覚めたのか、おきくの悲鳴が上がる。
賊が慌てておきくの口を塞ぎ、大人しくしろと言った。
光るものが首筋に当てられている。
「女房に手を出すな」
刺激しないように低く言った。
「大人しくしておれば何もせぬ」
賊は言った。
武家か、と荘次郎は思った。
「刀はどこだ」
もう一人の賊が言った。
「刀?ここは小間物屋だ。押し込む場所を間違えたんじゃないのか。・・・うっ」
膝で腹を蹴られ、顔を殴られた。
「早く言え。花ふぶきはどこだ」
「は・・・!」
その名を聞いて、体に衝撃が走った。
「知っているな?」
「・・・」
部屋が暗いのが幸いだった。
明るければ、狼狽した顔が見られていただろう。
「そんなものは知らない」
「嘘をつくな」
また拳が飛んでくる。
その時、部屋の外で灯りが動き、人が来る気配がした。
賊が、舌打ちした。
「また来る。その時までに、花ふぶきを用意しておけ」
それまで静かだった賊の動きが、急に乱暴になった。
おきくを荘次郎の方へ、蹴倒すように離すと、後ろの戸を素早く開けて出ていった。
「おまえさま!」
おきくが抱きついてくる。
「大丈夫だ」
泣き出したその背中をさすってやりながら、激しくなった動悸を鎮めるのに苦労している。
十年ぶりにその名を聞いた。
波蕗に何かあったのだろうか。
兄弟たちは大丈夫なのだろうか。
賊が出ていったのと反対の戸が開いて、先代の徳右衛門が灯を持って入ってきた。
「大丈夫かね。今番屋に届けに行かせたから、じきにお役人さまが来られるだろう」
行燈に火を入れて、部屋の様子がわかると、
「これはひどい」
と、驚いた顔になった。
「おきく、泣いていないで、荘次の手当をしておやり」
顔を上げたおきくが、あっと声を上げた。
唇が切れて血が流れ、鼻血も出ていた。
淡路屋に役人が来たとき、殴られた顔が腫れて、濡らした布で冷やしていた。
「盗られたのは、金ですかな?」
牧格之進と名乗った町方同心が、気の毒そうに荘次郎を見た。
四十過ぎの、細面で色の浅黒い旦那だった。
目つきが油断ならない感じだ。
「いえ、何も盗られておりません。先代が駆けつけてくださらなかったら、どうなっていたか」
「それはよろしゅうござったな。おかみさんもさぞ怖かったでしょう」
「はい、生きた心地もしませんでした」
「それで、賊は何か要求しましたか。金を出せとか」
何かを物色した形跡と、若主人の怪我を見て、何かを脅し盗ろうとしていたことは明白だった。
「ええ・・・」
荘次郎はすぐに答えられなかった。
しばし下を向いて考えていた。
その様子を横目で見て、おきくが代わりに言った。
「それが、変なんです。刀はないかって言ったんです」
「刀?」
牧の目が見開かれた。
「ええ、小間物屋なのに、わけがわからないわ」
「刀ねえ・・・」
「旦那さまは、知らないと言ったんですけど」
牧の視線が荘次郎に注がれる。
「花ふぶきというそうなんです」
「花ふぶき・・・」
口元が、わずかに歪んだように見えた。
「また来ると言ってました。・・・お役人さま、私たちはどうしたらいいのでしょう」
おきくが両手で顔を覆った。
そっと身じろぎして、隣に眠るおきくを確かめる。
気配はまだ遠い。
(賊か?・・・)
派手な押し込みではないようだ。
人数は多くても数人程度。
一人かもしれない。
こそ泥か・・・。
(どうする・・・)
もう少しはっきりするまで、じっと動かず、様子をみることにした。
下手に騒いで危害を加えられては元も子もない。
気配はだんだん近づいてくる。
障子戸が音もなく開いた。
寝たふりを決め込む。
賊は二人のようだ。
二人とも気配を消すのがうまい。
一人なら、何とかなりそうだったが、部屋にはおきくがいる。
慎重にならざるを得ない。
賊は、飾り棚の引き出しを開け、押し入れを開けている。
一人は押入れの奥の方まで物色しているようだ。
金が目的なのか。
金がそんなところにあると思っているのか。
「なさそうだ」
低く男の声がした。
「仕方がない、か」
もう一人がささやいた。
(まずい)
こっちを見ている。
そのまま出ていってくれればいいが、金を出せと脅してくるか。
冷や汗が流れる。
「おい」
声と同時に背中を蹴られた。
引き起こされる。
男たちの動きは素早く、抵抗する隙がなかった。
「なんだ!」
大声を出した。
店の誰かが気づいて、番屋に走ってくれることを願ってのことだ。
「きゃーっ!」
荘次郎の声に目覚めたのか、おきくの悲鳴が上がる。
賊が慌てておきくの口を塞ぎ、大人しくしろと言った。
光るものが首筋に当てられている。
「女房に手を出すな」
刺激しないように低く言った。
「大人しくしておれば何もせぬ」
賊は言った。
武家か、と荘次郎は思った。
「刀はどこだ」
もう一人の賊が言った。
「刀?ここは小間物屋だ。押し込む場所を間違えたんじゃないのか。・・・うっ」
膝で腹を蹴られ、顔を殴られた。
「早く言え。花ふぶきはどこだ」
「は・・・!」
その名を聞いて、体に衝撃が走った。
「知っているな?」
「・・・」
部屋が暗いのが幸いだった。
明るければ、狼狽した顔が見られていただろう。
「そんなものは知らない」
「嘘をつくな」
また拳が飛んでくる。
その時、部屋の外で灯りが動き、人が来る気配がした。
賊が、舌打ちした。
「また来る。その時までに、花ふぶきを用意しておけ」
それまで静かだった賊の動きが、急に乱暴になった。
おきくを荘次郎の方へ、蹴倒すように離すと、後ろの戸を素早く開けて出ていった。
「おまえさま!」
おきくが抱きついてくる。
「大丈夫だ」
泣き出したその背中をさすってやりながら、激しくなった動悸を鎮めるのに苦労している。
十年ぶりにその名を聞いた。
波蕗に何かあったのだろうか。
兄弟たちは大丈夫なのだろうか。
賊が出ていったのと反対の戸が開いて、先代の徳右衛門が灯を持って入ってきた。
「大丈夫かね。今番屋に届けに行かせたから、じきにお役人さまが来られるだろう」
行燈に火を入れて、部屋の様子がわかると、
「これはひどい」
と、驚いた顔になった。
「おきく、泣いていないで、荘次の手当をしておやり」
顔を上げたおきくが、あっと声を上げた。
唇が切れて血が流れ、鼻血も出ていた。
淡路屋に役人が来たとき、殴られた顔が腫れて、濡らした布で冷やしていた。
「盗られたのは、金ですかな?」
牧格之進と名乗った町方同心が、気の毒そうに荘次郎を見た。
四十過ぎの、細面で色の浅黒い旦那だった。
目つきが油断ならない感じだ。
「いえ、何も盗られておりません。先代が駆けつけてくださらなかったら、どうなっていたか」
「それはよろしゅうござったな。おかみさんもさぞ怖かったでしょう」
「はい、生きた心地もしませんでした」
「それで、賊は何か要求しましたか。金を出せとか」
何かを物色した形跡と、若主人の怪我を見て、何かを脅し盗ろうとしていたことは明白だった。
「ええ・・・」
荘次郎はすぐに答えられなかった。
しばし下を向いて考えていた。
その様子を横目で見て、おきくが代わりに言った。
「それが、変なんです。刀はないかって言ったんです」
「刀?」
牧の目が見開かれた。
「ええ、小間物屋なのに、わけがわからないわ」
「刀ねえ・・・」
「旦那さまは、知らないと言ったんですけど」
牧の視線が荘次郎に注がれる。
「花ふぶきというそうなんです」
「花ふぶき・・・」
口元が、わずかに歪んだように見えた。
「また来ると言ってました。・・・お役人さま、私たちはどうしたらいいのでしょう」
おきくが両手で顔を覆った。
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