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1話 四兄妹
一 新一郎の刀(五)
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「いいえ、お構いなく」
新一郎は、咄嗟に答えていた。
「新さん」
仙次が驚いたように口を挟んだ。
「これはいい機会ですぜ。旦那のお言葉に甘えてみては」
「何か、ご心配でも?」
牧が、わからないと言うように首を傾げた。
「いえ・・・」
八丁堀が探索に手を貸してくれるのならば、これほど心強いことはないのだ。
新一郎がいくら躍起になって探したとしても、先に見つけるのは至難の業である。
どうしたらいいかわからなくなり、俯いた。
弟たちを見つけたいのは山々だが、そもそも、なぜ四人が散り散りにならなければならなかったのか。
ふと思った。
これは十年前から始まっていたのだ。
花ふぶきを守るために、お互いの居場所さえ知らされず、あえて隠されたのではないかと。
「あ、いえ、・・・少し考えさせてください」
気が変わって、そう答えた。
むげに突っぱねて、牙を剥かれても困る。
「あまりに突然のお話で・・・。ただでさえお忙しいでしょうに、我ら兄弟のためにそこまでして頂かなくても・・・」
兄弟のため?
自分でそう言っておきながらおかしくなった。
花ふぶきにご執心なのはそっちの方なのだ。
こちらとしては、余計なお世話である。
刀を表に出したい者たちの悪意を感じる。
俺たちを守るのではなくて、誰が先に刀を見つけるか。
それだけが気がかりなんじゃないのか。
「しかし、急いだ方がよろしいかと思いますがね。何者かが、すでに動き出しておるやもしれませぬ」
牧が、覗き込むように新一郎を見ている。
「まあ、よいでしょう。して、花ふぶきはどのような刀なのでしょうな」
「それは・・・それがしも、弟たちも子どもでしたので、見ておりません。隠れ刀と言われておりますので」
たとえ見ていたとしても話すつもりはなかった。
「ほう、隠れ刀・・・。そう言われると、ますます見たくなりますな。そう思われぬか」
牧が笑った。
これで終わりのようだった。
「また気になることがありましたら、いつでもお知らせください。こちらも、この仙次を通してお知らせいたします」
帰り道。
「いかがでしたか」
仙次が黙ったまま歩いている新一郎に声をかけた。
「うん・・・。どうしたものかな」
「あっしまで同席が許されたということは、きっと、新さんのご兄弟をお探しせよ、ということなのではありませんかね」
親分が探してくれるのなら、願ってもないことだし、それは、牧が新一郎の味方だということにもなる。
仙次が調べたことは、新一郎の耳に必ず入ることを意味するからだ。
「それなら、闇から闇とはならないんじゃ・・・」
「そうだな」
俺の考えすぎかな。
やはり、弟たち探しは急務だという気がする。
賭けてみてもいいかもしれない。
牧の申し出を受けることによって、事態が動き出す。
危険だが、やってみるしかないか。
だが、まだその決心がついていなかった。
八丁堀を抜けた辺りで、人影が動いた。
半月がかかっているため、灯は持っていない。
月明かりで、人影が侍だということがわかる。一人だ。
「新さん!」
人影がまっすぐこちらに向かってくる。
通りすがりでないことは、殺気を放っていることでもあきらかだ。
道場にはもう五年も通っていないが、用心棒仕事で剣を振るったことがあるため、技は鈍っていないはずだ。
影は、走り抜けざまに、打ち込んできた。
刀を抜いて、刃をはじくと、鋼のぶつかりあう音が高く響いた。
走り抜けた影が、反転して向かってくる間に青眼に構える。
仙次は塀際に逃れたようだった。
上段から打ち込まれる鋭い剣をかわし、隙をうかがう。
太刀筋に崩れたところがなく、れっきとした侍のようだった。
右にじりじりと回り込もうとしている。
合わせるように切先を回した。
影が気合いと共に袈裟に斬り下ろしてくる。
右に体を開いてかわし、踏み込んで、その鍔元を上から押さえ込んだ。
巻き取るように捻りを加える。
だが、下から力で跳ね上げられ、胴にきた打ち込みを危うくかわしたところで、影が走り去っていく。
「新さん、怪我は?」
「大丈夫だ」
「何者でしょう」
「腕試しだな」
立花家の長子がどれほど遣うのか、試しに来たのだろう。
否応なしに巻き込まれたのだと思った。
「親分、牧の旦那に、承知しました、お願いしますと伝えてもらえないか?」
「じゃあ、よろしいんですね」
念を押す仙次に、ああ、と答えた。
後には引けないところまで、事態は進んでいるのだと悟った。
新一郎は、咄嗟に答えていた。
「新さん」
仙次が驚いたように口を挟んだ。
「これはいい機会ですぜ。旦那のお言葉に甘えてみては」
「何か、ご心配でも?」
牧が、わからないと言うように首を傾げた。
「いえ・・・」
八丁堀が探索に手を貸してくれるのならば、これほど心強いことはないのだ。
新一郎がいくら躍起になって探したとしても、先に見つけるのは至難の業である。
どうしたらいいかわからなくなり、俯いた。
弟たちを見つけたいのは山々だが、そもそも、なぜ四人が散り散りにならなければならなかったのか。
ふと思った。
これは十年前から始まっていたのだ。
花ふぶきを守るために、お互いの居場所さえ知らされず、あえて隠されたのではないかと。
「あ、いえ、・・・少し考えさせてください」
気が変わって、そう答えた。
むげに突っぱねて、牙を剥かれても困る。
「あまりに突然のお話で・・・。ただでさえお忙しいでしょうに、我ら兄弟のためにそこまでして頂かなくても・・・」
兄弟のため?
自分でそう言っておきながらおかしくなった。
花ふぶきにご執心なのはそっちの方なのだ。
こちらとしては、余計なお世話である。
刀を表に出したい者たちの悪意を感じる。
俺たちを守るのではなくて、誰が先に刀を見つけるか。
それだけが気がかりなんじゃないのか。
「しかし、急いだ方がよろしいかと思いますがね。何者かが、すでに動き出しておるやもしれませぬ」
牧が、覗き込むように新一郎を見ている。
「まあ、よいでしょう。して、花ふぶきはどのような刀なのでしょうな」
「それは・・・それがしも、弟たちも子どもでしたので、見ておりません。隠れ刀と言われておりますので」
たとえ見ていたとしても話すつもりはなかった。
「ほう、隠れ刀・・・。そう言われると、ますます見たくなりますな。そう思われぬか」
牧が笑った。
これで終わりのようだった。
「また気になることがありましたら、いつでもお知らせください。こちらも、この仙次を通してお知らせいたします」
帰り道。
「いかがでしたか」
仙次が黙ったまま歩いている新一郎に声をかけた。
「うん・・・。どうしたものかな」
「あっしまで同席が許されたということは、きっと、新さんのご兄弟をお探しせよ、ということなのではありませんかね」
親分が探してくれるのなら、願ってもないことだし、それは、牧が新一郎の味方だということにもなる。
仙次が調べたことは、新一郎の耳に必ず入ることを意味するからだ。
「それなら、闇から闇とはならないんじゃ・・・」
「そうだな」
俺の考えすぎかな。
やはり、弟たち探しは急務だという気がする。
賭けてみてもいいかもしれない。
牧の申し出を受けることによって、事態が動き出す。
危険だが、やってみるしかないか。
だが、まだその決心がついていなかった。
八丁堀を抜けた辺りで、人影が動いた。
半月がかかっているため、灯は持っていない。
月明かりで、人影が侍だということがわかる。一人だ。
「新さん!」
人影がまっすぐこちらに向かってくる。
通りすがりでないことは、殺気を放っていることでもあきらかだ。
道場にはもう五年も通っていないが、用心棒仕事で剣を振るったことがあるため、技は鈍っていないはずだ。
影は、走り抜けざまに、打ち込んできた。
刀を抜いて、刃をはじくと、鋼のぶつかりあう音が高く響いた。
走り抜けた影が、反転して向かってくる間に青眼に構える。
仙次は塀際に逃れたようだった。
上段から打ち込まれる鋭い剣をかわし、隙をうかがう。
太刀筋に崩れたところがなく、れっきとした侍のようだった。
右にじりじりと回り込もうとしている。
合わせるように切先を回した。
影が気合いと共に袈裟に斬り下ろしてくる。
右に体を開いてかわし、踏み込んで、その鍔元を上から押さえ込んだ。
巻き取るように捻りを加える。
だが、下から力で跳ね上げられ、胴にきた打ち込みを危うくかわしたところで、影が走り去っていく。
「新さん、怪我は?」
「大丈夫だ」
「何者でしょう」
「腕試しだな」
立花家の長子がどれほど遣うのか、試しに来たのだろう。
否応なしに巻き込まれたのだと思った。
「親分、牧の旦那に、承知しました、お願いしますと伝えてもらえないか?」
「じゃあ、よろしいんですね」
念を押す仙次に、ああ、と答えた。
後には引けないところまで、事態は進んでいるのだと悟った。
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