隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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1話 四兄妹

一 新一郎の刀(四)   

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 仙次親分と共に八丁堀の旦那の屋敷に向かったのは、夜になってからだった。

「牧の旦那は、八丁堀の旦那衆の中でも穏やかな方で、安心なすってくださいよ」
 緊張した面持ちの新一郎を気づかっているのだろう。
 仙次が笑顔で言った。
「刀に詳しい方なのか?」
「さあ、そうかもしれません。が、あっしには関わりねえ事なので、聞いたこともなくて・・・」
 申し訳ねえ、と頭をかいた。

 屋敷に着くと、牧はすでに座して二人を待っていた。
「立花新一郎です」
 と手をついて頭を下げた。
「やや、頭を上げてください。あなたをお呼びしたのは、尋問するためではありません」
 新一郎が顔を上げると、細面で色の黒い、にこやかな笑顔があった。
 歳は、仙次よりも上に見えた。
「旦那、あっしはいない方がいいですかねえ」
「仙次、ご苦労だったな。いや、一緒に聞いてもらった方がいいだろう」
「へい」
 腰を浮かしかけた仙次だったが、牧がそう言うので、座り直した。

「それがしは、牧格之進と申します。さすがに立花家のご長子。品がおありになる」
「いえ、今は浪々の身です。親分にはお世話になりっぱなしで」
 牧は、町方同心らしく、弁が立ち、物分かりの良さそうな感じがした。
「牧さまは、花ふぶきのことをどちらから聞かれたのですか?」

 牧は、返事をする前に、手をあげて新一郎を制した。
「その前に、聞かせていただきたいのだが・・・」
 尋問ではないと言ったが、牧の視線に居心地の悪さを感じて身を固くした。
 穏やかな笑顔に騙されてはいけないと、警戒する。
 浪人暮らしが長くなり、人は簡単に信用してはいけないと学んできた。
「花ふぶきは、今どちらに?」
 新一郎の牧を見る目が、鋭くなったようである。
 仙次が心配して、新さん、と小声でささやいた。

「それがしの手元にはありません」
「そちらは?」
 と、牧は新一郎の右手に置かれた刀を示した。
「無銘の相州伝です」
 仙次に言ったことと同じことを言い、刀を取って牧に手渡した。
「ご覧になりますか?」
「おお、拝見いたそう」
 笑顔が大きくなったところを見ると、牧は刀が好きなのだろう。
 刀に詳しく、花ふぶきに関心を持ったのに違いない。
 鞘を払い、刀身を舐めるように眺めている。
「なるほど、業物だ。まさしく相州伝。こののたれが非常に良い」
 嬉しそうに言って、新一郎を見る。
なかごを拝見してもよろしいかな?」
「どうぞ」

 牧は、しばしお待ちくだされ、と言って席を立ち、道具を持ってきた。
 刀を手入れするときに使うものだ。
 目釘と目ぬきを慣れた手つきで抜き、柄を外した。
 ちなみに、目貫は龍の細工だった。
「ここ十年ほど、ほとんど手入れをしておりません。錆びついておるやも・・・」
 新一郎は恥ずかしくなって言ったが、牧は、こんなもんです、と茎をじっと見つめた。
「無銘ですな」
 失礼、と刀になのか新一郎になのか、一礼して、また元のように刀を戻した。
「良いものを見せてもらった」

「それが、立花家の家宝の一つです」
 新一郎が隠さずに告げた。
「と言われると、花ふぶきはもう一つの家宝ということですかな。見てみたいものだ。四兄弟のうちの、どなたかがお持ちで?」
 牧は立花家が四兄弟だということを知っていた。
 新一郎に向けられたその笑顔が、不気味なものに感じられた。
「それがしは、兄弟の行方を知りません。それゆえ、刀の行方も・・・。お尋ねになられてもお答えできません」
 きっぱりと言った。

「それは残念ですなぁ。ご事情はわかりました。ではお答えいたしましょう」
 そう言って、牧は茶をすすった。
「刀好きの間で噂になっているのですよ。立花家に、花ふぶきという名の刀があるとね。立花家が改易になり、その刀が出てくるのではないかと待つ者も多いのです。が、なかなか出てこない。待ちくたびれた好事家が探索に乗り出すのではないかと言われているのです」
 そこで言葉を切って、新一郎を見つめた。
「あなた方四兄弟が狙われるということです。どうでしょう、我々にご兄弟を探すお手伝いをさせていただけませんか。・・・いかがです?」
「・・・」
 想像もしていなかった展開に、愕然とした。
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