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1話 四兄妹
一 新一郎の刀(三)
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「親分、それをどこで・・・」
新一郎の穏やかな眼差しが、一瞬鋭くなり、仙次を射抜いた。
「まった、新さん」
仙次が慌てて両手を前に突き出す。
同じ剣術道場で剣を学んだ仲だ。
新一郎がどれほどの腕の持ち主かは、仙次がよくわかっている。
その新一郎が一瞬でも見せた殺気に、答えがあった。
「すまん」
先に謝った。少なからず動揺している。
「花ふぶきは立花家のものなのですね」
仙次の言葉に頷くしかなかった。
「あっしがそれを聞いたのは、八丁堀の牧の旦那からです。新さんのことを聞かれまして、あの立花家の御曹司かと。もしそうならば、聞きたいことがあるとおっしゃって・・・」
「なぜ八丁堀の旦那が、花ふぶきを」
「さあ、あっしはそれ以上のことは聞いてはおりません。牧の旦那に会っていただけませんか」
仙次が、新一郎の傍に置かれている刀を見ている。
それに気づいて、刀を取り上げた。
「これは、花ふぶきではないんだ」
鯉口をきり、三寸ほど刀身を出して見せた。
「無銘だが、相州伝らしい」
「では、花ふぶきという刀は?」
新一郎は首を振った。
「そりゃあそうだ。言えませんやね」
仙次が頷いたが、
「いや、そうではなくて、知らないんだ」
「え?」
「今、どこにあるのか、わからない」
「そうですかい」
仙次が腕を組んだ。
十年ぶりに聞いたその名に受けた衝撃は、まだ去っていなかった。
立花家の隠れ刀と呼ばれている刀だった。
その名を知る者は、立花家の人間しかいないはずだった。
なのに、外に漏れている、ということになる。
(何故だ)
波蕗に何かあったということだろうか。
花ふぶきを持たされたのは、末妹の波蕗なのだ。
妹の行方を知らないのだから、当然、花ふぶきの行方もわからない。
新一郎は、湯呑みに手を伸ばした。
物思いに沈んだその顔を、仙次が心配そうに見ていた。
「では新さん、さっそく牧さまにつなぎをつけます。長屋で待っていておくんなせえ」
「わかった」
そのまま仙次の店を出たが、新一郎がいつになく思い詰めた顔をしているからか、さちが声をかけてくることはなかった。
「ちょっと、おとっつぁん、何かあったの?」
と仙次に聞いているさちの声が店の中でした。
江戸の町が急によそよそしくなったように感じる。
十年前も、こんなふうに、不安に駆られて、味方なんていないと孤独を感じたものだった。
だが、今は違う。
味方はいるし、己で対処する力もある。
この際、花ふぶきの謎を知る手がかりが見つかるかもしれないのだ。
いいふうに考えよう。
(よし)
長屋の木戸まで帰ってきた新一郎は、腕を回した。
「掃除でもするか」
新一郎の穏やかな眼差しが、一瞬鋭くなり、仙次を射抜いた。
「まった、新さん」
仙次が慌てて両手を前に突き出す。
同じ剣術道場で剣を学んだ仲だ。
新一郎がどれほどの腕の持ち主かは、仙次がよくわかっている。
その新一郎が一瞬でも見せた殺気に、答えがあった。
「すまん」
先に謝った。少なからず動揺している。
「花ふぶきは立花家のものなのですね」
仙次の言葉に頷くしかなかった。
「あっしがそれを聞いたのは、八丁堀の牧の旦那からです。新さんのことを聞かれまして、あの立花家の御曹司かと。もしそうならば、聞きたいことがあるとおっしゃって・・・」
「なぜ八丁堀の旦那が、花ふぶきを」
「さあ、あっしはそれ以上のことは聞いてはおりません。牧の旦那に会っていただけませんか」
仙次が、新一郎の傍に置かれている刀を見ている。
それに気づいて、刀を取り上げた。
「これは、花ふぶきではないんだ」
鯉口をきり、三寸ほど刀身を出して見せた。
「無銘だが、相州伝らしい」
「では、花ふぶきという刀は?」
新一郎は首を振った。
「そりゃあそうだ。言えませんやね」
仙次が頷いたが、
「いや、そうではなくて、知らないんだ」
「え?」
「今、どこにあるのか、わからない」
「そうですかい」
仙次が腕を組んだ。
十年ぶりに聞いたその名に受けた衝撃は、まだ去っていなかった。
立花家の隠れ刀と呼ばれている刀だった。
その名を知る者は、立花家の人間しかいないはずだった。
なのに、外に漏れている、ということになる。
(何故だ)
波蕗に何かあったということだろうか。
花ふぶきを持たされたのは、末妹の波蕗なのだ。
妹の行方を知らないのだから、当然、花ふぶきの行方もわからない。
新一郎は、湯呑みに手を伸ばした。
物思いに沈んだその顔を、仙次が心配そうに見ていた。
「では新さん、さっそく牧さまにつなぎをつけます。長屋で待っていておくんなせえ」
「わかった」
そのまま仙次の店を出たが、新一郎がいつになく思い詰めた顔をしているからか、さちが声をかけてくることはなかった。
「ちょっと、おとっつぁん、何かあったの?」
と仙次に聞いているさちの声が店の中でした。
江戸の町が急によそよそしくなったように感じる。
十年前も、こんなふうに、不安に駆られて、味方なんていないと孤独を感じたものだった。
だが、今は違う。
味方はいるし、己で対処する力もある。
この際、花ふぶきの謎を知る手がかりが見つかるかもしれないのだ。
いいふうに考えよう。
(よし)
長屋の木戸まで帰ってきた新一郎は、腕を回した。
「掃除でもするか」
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