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1話 四兄妹
一 新一郎の刀(二)
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朝飯はいつも仙次親分の店でとる。
めし、だんご。と書かれた暖簾が出ている。
飯の他にも、おかみさんが作る団子が名物で、団子だけを買いにくる客もいるほどだ。
仙次は滅多にいないが、よねというおかみさんと、娘のさちで切り盛りしていた。
「いらっしゃい」
ほとんど毎日のことなので、さちのあしらいはぞんざいだった。
また来たの、といった感じだ。
朝といっても、昼に近いので、客の姿はほとんどない。
そういう時刻を狙っていくのだが、さちはそう思ってはくれない。
「もっと愛想良くしねえか」
今日は珍しく仙次がいた。
歳は四十をいくらか過ぎ、中肉中背のがっしり引き締まった体つきだ。
岡っ引きらしく、時々鋭い目つきになるが、普段は穏やかな親父さんである。
雰囲気が父と似ている気がして、勝手に親のように頼りにしていた。
「すいませんね、新さん」
「いや、こっちこそいつもすまない」
新一郎は頭を下げた。
ご馳走になるのだから、さちの態度は至極もっともなものなのだ。
ただ飯なので、賄いとほとんど変わらない。
居候のようなものだった。
さちがいるから一つ屋根の下というわけにいかないので、長屋を世話してくれたのだ。
さちは二十歳で、出戻り娘である。
新一郎の前に、白飯と味噌汁、香の物を素早く置いていく。
仙次がいないとそれだけだったが、今日は、卵焼きが乗った皿を置いてくれた。
「かたじけない」
胸の前できちんと手を合わせ、いただきますと軽く頭を下げてから箸を持ち上げる。
それから一言もお喋りせずに、食べ終わるまで無言だった。
左手で茶碗を持ち上げ、姿勢を正して食べる。
屋敷を出て十年経っても抜けないくせだ。
だから、新一郎が食べ終わるまで、誰も声をかけられなかった。
さちが苦笑している。
「新さんはあっしらと違って育ちがいいんだ。本来ならこんなところで飯を食っていい人じゃねえんだぞ」
さちがきついことを言うと、仙次はよくそう娘をたしなめた。
「でも今はご浪人さんなんでしょ」
居候だし、とすましている。
さちに口では敵わない。
仙次が何か言いたそうにしているのがわかったので、いつもよりは早めに箸を動かしたつもりだった。
お茶が出されて、両手で湯呑みを持ち上げて飲んだ。
湯呑みを戻し、また丁寧に手を合わせて、ごちそうさま、と言った。
「親分、何か話があるのか?」
こちらから声をかけた。
さちが、湯呑みだけ残して、片付けていくと、仙次がようやく頷いた。
「新さんに、聞いてもらいたい話があるんでさ」
店ではなんだからと、奥の居間に通された。
「茶をくれ」
「あいよ」
さちの威勢のいい声がした。
「新さんは、刀のことは詳しい方ですかい?」
「いや、まったくだ」
即答だった。
己が持つこの大刀の良さもいまいちわかっていなかった。
剣術と言っても、竹刀や木刀稽古が主で、真剣を扱うことは今までほとんどなかったし、刀を鑑賞する機会もない。
家が断絶しなければあったかもしれないが、もうそんな身分でもないし、趣味でもなかった。
「でも、この名前に心当たりはありませんか」
仙次が口にした言葉に、新一郎は息を呑んだ。
「立花家に、花ふぶきという刀はありませんでしたか?」
めし、だんご。と書かれた暖簾が出ている。
飯の他にも、おかみさんが作る団子が名物で、団子だけを買いにくる客もいるほどだ。
仙次は滅多にいないが、よねというおかみさんと、娘のさちで切り盛りしていた。
「いらっしゃい」
ほとんど毎日のことなので、さちのあしらいはぞんざいだった。
また来たの、といった感じだ。
朝といっても、昼に近いので、客の姿はほとんどない。
そういう時刻を狙っていくのだが、さちはそう思ってはくれない。
「もっと愛想良くしねえか」
今日は珍しく仙次がいた。
歳は四十をいくらか過ぎ、中肉中背のがっしり引き締まった体つきだ。
岡っ引きらしく、時々鋭い目つきになるが、普段は穏やかな親父さんである。
雰囲気が父と似ている気がして、勝手に親のように頼りにしていた。
「すいませんね、新さん」
「いや、こっちこそいつもすまない」
新一郎は頭を下げた。
ご馳走になるのだから、さちの態度は至極もっともなものなのだ。
ただ飯なので、賄いとほとんど変わらない。
居候のようなものだった。
さちがいるから一つ屋根の下というわけにいかないので、長屋を世話してくれたのだ。
さちは二十歳で、出戻り娘である。
新一郎の前に、白飯と味噌汁、香の物を素早く置いていく。
仙次がいないとそれだけだったが、今日は、卵焼きが乗った皿を置いてくれた。
「かたじけない」
胸の前できちんと手を合わせ、いただきますと軽く頭を下げてから箸を持ち上げる。
それから一言もお喋りせずに、食べ終わるまで無言だった。
左手で茶碗を持ち上げ、姿勢を正して食べる。
屋敷を出て十年経っても抜けないくせだ。
だから、新一郎が食べ終わるまで、誰も声をかけられなかった。
さちが苦笑している。
「新さんはあっしらと違って育ちがいいんだ。本来ならこんなところで飯を食っていい人じゃねえんだぞ」
さちがきついことを言うと、仙次はよくそう娘をたしなめた。
「でも今はご浪人さんなんでしょ」
居候だし、とすましている。
さちに口では敵わない。
仙次が何か言いたそうにしているのがわかったので、いつもよりは早めに箸を動かしたつもりだった。
お茶が出されて、両手で湯呑みを持ち上げて飲んだ。
湯呑みを戻し、また丁寧に手を合わせて、ごちそうさま、と言った。
「親分、何か話があるのか?」
こちらから声をかけた。
さちが、湯呑みだけ残して、片付けていくと、仙次がようやく頷いた。
「新さんに、聞いてもらいたい話があるんでさ」
店ではなんだからと、奥の居間に通された。
「茶をくれ」
「あいよ」
さちの威勢のいい声がした。
「新さんは、刀のことは詳しい方ですかい?」
「いや、まったくだ」
即答だった。
己が持つこの大刀の良さもいまいちわかっていなかった。
剣術と言っても、竹刀や木刀稽古が主で、真剣を扱うことは今までほとんどなかったし、刀を鑑賞する機会もない。
家が断絶しなければあったかもしれないが、もうそんな身分でもないし、趣味でもなかった。
「でも、この名前に心当たりはありませんか」
仙次が口にした言葉に、新一郎は息を呑んだ。
「立花家に、花ふぶきという刀はありませんでしたか?」
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