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0*記憶の中の幼なじみ

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 頭に乗せられた、シロツメクサの花冠。

 ここは、シロツメクサの花がたくさん咲く公園の広場。

 足元を見ると、シロツメクサの葉であるクローバーの緑で覆われていて、茶色い地面が確認できない。

 一緒にいるのは、同じ歳の幼稚園年長の男の子、こうちゃん。



「大きくなったら、俺のお嫁さんになってな」



 こうちゃんの小さな手で握られたシロツメクサが差し出される。

 あたしはそのシロツメクサを受け取ると、緊張のせいで硬くなった頬を持ち上げて微笑んだ。


 だけど、恥ずかしさから「うん」という二文字は喉がかすれて上手く言葉にならなくて……。

 それでもこうちゃんは嬉しそうに顔をほころばせて、明るい笑みを見せてくれた。



「約束だからな? 俺が大きくなったら、必ず迎えに来るから」




 *




「……ま。おい、水嶋!」 


 ん? 何だろう、騒がしい……。



「コラ! 水嶋みずしま 千紗ちさ、起きんか!」


 スパコーンと張りのある音が耳元で弾ける。


「……うきゃあっ!!」


 その音に思わず身体が垂直に跳ね上がって、あたしは目の前の大柄の影を見上げた。


 目の前に立つのは、クマのような雰囲気を放つ男の国語の先生。


 きっとさっきあたしの机の角を叩いたのであろう丸められた国語の教科書が、先生の手に握られている。


 何が起こったのか把握仕切れずにきょとんとしていると、先生の口が再び動き出す。



「水嶋、何回も言わせるな。32ページから音読しなさい」


「は、はいぃっ! す、すみません……」


 慌てて教科書のページをめくって音読を始める。


 どうやらあたしは国語の授業中に居眠りしてしまってたようだ……。



 それにしても久しぶりに懐かしい夢を見たな。


 あたしには小さい頃、確かに“こうちゃん”という幼なじみがいた。

 隣の家に住んでいた、同い歳の男の子。


 こうちゃんは、あたしが転けたときに手を差しのべてくれるような、優しい男の子だったと記憶している。


 夢で出てきたあの場面は、忘れもしないこうちゃんと過ごした最後の日の思い出。


 あの日を最後に、こうちゃんはあたしの前から姿を消したんだ。


 あとから知ったことだけど、こうちゃんのご両親の都合で、こうちゃんは関西へ引っ越していったらしい。


 あたしの初恋は、自分の想いも伝えられないまま静かに終わってしまったんだ。


 今までほとんど思い出すことなかったのに、何で急に夢に見てしまったんだろう……?


 そんなことを悶々と考えながら、あたしはただ機械的に教科書に書かれた文字を先生の指示通り音読した。


 *


「千紗があの国語の先生の授業で懲りずに居眠りするから、そんな目に遭うのよ」


 放課後の帰り道、そうあたしに笑いながら話しかけてくるのは、同じクラスの中澤なかざわ 実里みさと



「何よ。こっちだって悪気があって寝てるわけじゃないんだから、そんなに笑わなくたっていいじゃない」



 実はあの国語の授業のあと、バッチリ放課後に呼び出しを喰らってしまったのだ。


 怒られると思いきや、やらされたのは一時間程度の雑用だったんだけどね。


 実里はその間、ずっと教室であたしのことを待ってくれていたんだ。



「そうは言ってもさ、千紗、この高校に入学してからこれまでに、国語の授業で何回居眠りしたの?」


「う……っ」



 この春、憧れの高校に入学してまだ1週間しか経っていないのに、今日で国語の授業中に寝るのは……。

 ……何回だったかな?

 2回の授業で1回くらいの頻度で寝ているかもしれない。


 そう考えると、居残りくらいさせられても仕方ないのかもしれない……。



「まぁ千紗らしくていいけど!」


 あたしが言葉に詰まってる間に、実里はそう言ってケラケラと笑い飛ばしてしまった。


 実里は中学も同じで、中2のときに同じクラスだったのがきっかけで仲良くなった。

 今ではお互いに思ってることを気兼ねなく話せる仲だ。


 それにしても、あたしらしい……って。


 悔しいけど、何も言い返せないのが辛い……。

 横目で少しだけ恨めしく実里を見るも、実里はあたかも気に留めてないといった様子で口を開く。


「そういや千紗、今日は早く帰らないといけないって、何か用事?」


「うん。何の用事かはわからないけど、お母さんが今日は早く帰って来いってうるさくて……」



 全くこんな日に居残りだなんて、本当にツイてない。


 いつもだったら実里とのんびり話しながら歩く道も、おかげで今日は早歩き。


 高校から家までのんびり歩いても30分程度なもんだから、もう家の近くまで帰ってきてしまったよ。


 何だかんだで帰る方向が一緒の実里とこうして帰る時間が好きなのにな……。



「そうなんだ。それなら居残りして遅くなった分、お母さん心配してるかもしれないから、このままのペース崩さずさっさと帰らないとね」


 実里との分岐点に来たところで、背中を押すようにポンとあたしの背負う学生鞄を叩いて、実里は手を振って帰っていった。


 家まであと少し。

 本当に、お母さんはあたしに何の用事があるって言うんだろう?


 今まで気にも留めてなかったくせに、気になりだすと気になって仕方ない。

 その気持ちからか、実里と居たとき以上に自然と足を回転させる速度も上がっていた。
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