上 下
13 / 23
「きみのために。」

5-1

しおりを挟む
 茜色の空の下、私は一人その場に足を止めた。


「別れよう」


 そのことにより私より数歩前に進んだ彼の背中に、覚悟を決めて言葉を投げかける。


 黄色に染まり始めている銀杏並木は、何度も彼と歩いた。

 見なれた風景の中、彼の背中が今まで見たこともないような動きで止まった。


「どうして?」


 彼がゆっくりとこちらを振り向く。
 責めるような感じはなく、冷静さは保たれているけれど、彼の瞳には、明らかな動揺と悲しみが滲み出ていた。


 高校に入ってすぐ、彼と出会った。

 一年生のときに同じクラスで、六月にあった席替えで隣の席になったことから仲良くなって、彼から告白されて付き合い始めた。


 ──あれから、一年と数ヶ月。

 二年生では同じクラスになれなかったものの、私たちは仲のいいカップルとして学校内で知られていた。

 実際に、自分でも仲のいいカップルだったと思うし、彼もそう思ってくれていたんじゃないかと思う。

 だからこそ、私が突然切り出した終わりの言葉に、彼が動揺するのも無理ない。


「……引っ越すことになったの」

「だからって、別れなければならないくらい遠いところなのか?」

「そうだね、学校も変わらなきゃいけないし、遠距離には自信なくて。ごめんね」


 私は努めて明るい声で話す。

 明らかに傷ついている彼の姿に罪悪感がうまれて胸が痛むけれど、何度も考えた結果、これが一番彼を傷つけずに済む方法なんだ。


「そんなの納得いくわけないだろ。どんなに離れたって会いに行くし、電話だってできる……」

「それじゃイヤなの!」


 すぐに納得してくれるわけないのはわかってた。

 わかってたし、だからこそ私自身は冷静に話さなきゃと思っていたけれど、あまりに悲痛な声で捲し立てる彼の姿を見てられなくて、私は思わず大きな声を出してしまった。


「それでもイヤなの。会えなくなる時間が長くなる分、絶対不安になる。そんなの、私には耐えられない!」


 ごめん、ごめんね……!

 言葉とは裏腹の本心が私の中に渦巻いて、罪悪感から苦しくなる。


 涙が出そうになったのをこらえるために下を向いたから、彼が今どんな表情をしているのかわからない。

 一体今、彼はどんな表情をしているのだろう?


 そうは思っても、顔を上げることもできず、それ以上の言葉を発することもできずにいると、少しの沈黙の後、彼が口を開いた。


「……引っ越し先は?」

「別れるのに、そんなの言っても仕方ないでしょ?」


 努めて冷たく言い放つと、彼のため息が耳に届く。


「……わかったよ」


 そして、さすがの彼も私に愛想を尽かして諦めてくれたのか、彼はそう言って私の頭に彼の大きな手を乗せた。


「じゃあな。今までありがとな」


 彼の手が離れる直前、私の頭をくしゃりと撫でる。

 それは、彼がいつも別れ際に私によくしていた癖だ。


 途端に頭の中に今までの彼との幸せだった思い出が溢れてきて、涙がこぼれ落ちてくる。

 彼が私の横を通り過ぎていく。

 せめて彼が私から離れるまでは、こぼれ落ちる涙に気づかれないようにしなきゃ。

 突然別れを告げられることになった彼の気持ちを考えたら、彼に涙を見せるわけにはいかないから。


 すぐには納得してくれなかったとはいえ、最後はあっけなく終わってしまった。

 彼の足音が遠ざかっていくのがわかると、いろんな気持ちが全て決壊したかのように涙とともに溢れだした。



「……ふぇっ」


 これで、良かったんだ。

 そうは思うけれど、なかなか心はついてきてはくれなくて、自分自身が張り裂けてしまうんじゃないかと思うくらいに、胸が痛い……。


「ごめんね……。ごめんね……」


 だって、本当は……。


「……本当は、別れたくなんて、なかったのに……っ」


 そのとき突然、私の身体は急に秋の肌寒さを感じなくなった。


「何泣いてんだよ、バカ」


 いつの間にかこちらに戻ってきていた彼が、背後から私のことを抱きしめていたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

俺以外、こいつに触れるの禁止。

美和優希
恋愛
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の高校二年生の篠原美姫は、誰もが憧れる学園のヒメと称されている。 そんな美姫はある日、親の都合で学園屈指のイケメンのクラスメイト、夏川広夢との同居を強いられる。 完璧なように見えて、実は男性に対して人の何倍も恐怖心を抱える美姫。同居初日からその秘密が広夢にバレてしまい──!? 初回公開・完結*2017.01.27(他サイト) アルファポリスでの公開日*2019.11.27 表紙イラストは、イラストAC(sukimasapuri様)のイラスト素材に背景と文字入れを行い、使用させていただいてます。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

処理中です...