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4.思い出のアップルパイ
4ー13
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「忘れ物か? ……え、由梨?」
最初こそうっとうしそうな声で坂部くんはインターホン越しに言ったが、由梨ちゃんの姿に気づいたのかそれは驚きの声に変わる。
そして、解錠の音とともに外へ飛び出して来たのは、ミーコさんだった。
「由梨ちゃん……っ! 綾乃さんが連れてきてくださったんですか!?」
「はい。そこで会って……」
「ミーコさあああん!」
由梨ちゃんを見るなり、ミーコさんは由梨ちゃんに駆け寄り、由梨ちゃんはミーコさんに勢いよく抱きついた。
「最近いらしてませんでしたが、お元気にされてましたか?」
「ごめんね。ちゃんと伝えてなくて。新しいお父さんか出張だったから、その間だけ家で過ごしていたの」
「まぁ、そうだったのですね」
「だけど、さっき予定より早く新しいお父さんが出張から帰ってきちゃって……。やっぱり家で一緒に過ごすのはつらくて、買い出しに出たのを口実にどっか行っちゃおうかとも思ってたの。……でも、逃げるのは今日で終わりにしようと思う」
由梨ちゃんの突然の宣言に、ミーコさんは少し驚いたように目を丸くする。
「自分の気持ちを伝えて、一度ちゃんとお母さんと新しいお父さんと話し合ってみようと思う」
「そうですね。微力ながら応援いたしております」
「ありがとう、ミーコさん」
「あっ、由梨ちゃん。ちょっとお時間大丈夫ですか?」
ミーコさんは、そう言い残して、急いで厨房の方へ入っていく。
そして、一分と経たないうちにお盆を持って戻ってきた。
「これを、由梨ちゃんに。本日のケーキは、アップルパイだったんです」
お盆の上には、一人分にカットされたアップルパイと由梨ちゃんがいつも注文するオレンジジュースが載っている。
営業時間が終わったあと、残っていたアップルパイを私もひとついただいた。
「え、でも、もう営業時間終わってるよね」
「特別です。これを召し上がって、頑張ってください」
「ありがとう、ミーコさん」
由梨ちゃんは、最初こそ少し申し訳なさそうにしていたが、ミーコさんに連れられて厨房とも繋がる細い通路を通ってフロアに出ると、空いた席でアップルパイを食べ始める。
「美味しい。何だか懐かしい……」
懐かしい……?
由梨ちゃんは、以前からよく来ていた常連さんだと聞いている。
私がここでバイトを始めてから今日までの間、アップルパイの日は初めてだったが、以前にも由梨ちゃんはここのアップルパイを食べたことがあったのだろう。
由梨ちゃんは、私がそんな風に推測していることに気づいたのか、私と目が合うとにこりと微笑んで口を開く。
「まだ私が小さい頃なんだけど、お母さんが前のお父さんと別れた直後、私、お母さんと口を利かなかった時期があったの」
「……え?」
「別れたことは前のお父さんに原因があったみたいなんだけど、そんなの知らなかった私は、お母さんがお父さんを追い出したように見えて、お母さんのことが許せなかったの」
由梨ちゃんは懐かしむようにアップルパイを口に含んで続ける。
「すぐにそのことには気づいたんだけど、私も意地になっちゃって踏ん切りがつかずにいたとき、お母さんがここに連れてきてくれたの。そのとき、出してもらったのがアップルパイで。ここのアップルパイを食べたら不思議と素直になれたの」
「そうだったんだ。じゃあ、ここのアップルパイは由梨ちゃんにとって魔法のアップルパイなんだね」
私が言うと、由梨ちゃんも嬉しそうににこりと笑う。
「ま、このアップルパイ自体には魔法も妖術もかけてないがな」
そのとき、厨房の方から私服に着替えた坂部くんが出てきた。
「そんなのわかってるよ」
由梨ちゃんは、そんな夢のないことを言う坂部くんに小さく舌を出す。
「ほら、そんなことやってないで食え。夜も遅い。食い終わったら、由梨と綾乃と一緒に送っていってやる」
「え!? 私も……!?」
「当然だ。変なのに絡まれたら困るだろ?」
驚く私に向かって、坂部くんは呆れたように肩を落とす。
言い方はともかく、心配してくれてるっていうことだよね。
「それと由梨。これ、追加で焼いたから。また、母親と新しい父親と食べられるように」
坂部くんが見せてくれた箱の中には、出来立てのアップルパイが三つ入っている。
もしかして由梨ちゃんがここに来た直後、由梨ちゃんのために残ってた材料でわざわざ……?
厨房にはあとは焼けば完成の状態のアップルパイも少し残っていたから。
「わああ! ギンさん、ありがとう!」
「期限は箱の横側に書いてあるからそれまでに食えよ」
「うん!」
由梨ちゃんの笑顔と坂部くんのさりげない優しさに、私まで胸があったかくなった。
最初こそうっとうしそうな声で坂部くんはインターホン越しに言ったが、由梨ちゃんの姿に気づいたのかそれは驚きの声に変わる。
そして、解錠の音とともに外へ飛び出して来たのは、ミーコさんだった。
「由梨ちゃん……っ! 綾乃さんが連れてきてくださったんですか!?」
「はい。そこで会って……」
「ミーコさあああん!」
由梨ちゃんを見るなり、ミーコさんは由梨ちゃんに駆け寄り、由梨ちゃんはミーコさんに勢いよく抱きついた。
「最近いらしてませんでしたが、お元気にされてましたか?」
「ごめんね。ちゃんと伝えてなくて。新しいお父さんか出張だったから、その間だけ家で過ごしていたの」
「まぁ、そうだったのですね」
「だけど、さっき予定より早く新しいお父さんが出張から帰ってきちゃって……。やっぱり家で一緒に過ごすのはつらくて、買い出しに出たのを口実にどっか行っちゃおうかとも思ってたの。……でも、逃げるのは今日で終わりにしようと思う」
由梨ちゃんの突然の宣言に、ミーコさんは少し驚いたように目を丸くする。
「自分の気持ちを伝えて、一度ちゃんとお母さんと新しいお父さんと話し合ってみようと思う」
「そうですね。微力ながら応援いたしております」
「ありがとう、ミーコさん」
「あっ、由梨ちゃん。ちょっとお時間大丈夫ですか?」
ミーコさんは、そう言い残して、急いで厨房の方へ入っていく。
そして、一分と経たないうちにお盆を持って戻ってきた。
「これを、由梨ちゃんに。本日のケーキは、アップルパイだったんです」
お盆の上には、一人分にカットされたアップルパイと由梨ちゃんがいつも注文するオレンジジュースが載っている。
営業時間が終わったあと、残っていたアップルパイを私もひとついただいた。
「え、でも、もう営業時間終わってるよね」
「特別です。これを召し上がって、頑張ってください」
「ありがとう、ミーコさん」
由梨ちゃんは、最初こそ少し申し訳なさそうにしていたが、ミーコさんに連れられて厨房とも繋がる細い通路を通ってフロアに出ると、空いた席でアップルパイを食べ始める。
「美味しい。何だか懐かしい……」
懐かしい……?
由梨ちゃんは、以前からよく来ていた常連さんだと聞いている。
私がここでバイトを始めてから今日までの間、アップルパイの日は初めてだったが、以前にも由梨ちゃんはここのアップルパイを食べたことがあったのだろう。
由梨ちゃんは、私がそんな風に推測していることに気づいたのか、私と目が合うとにこりと微笑んで口を開く。
「まだ私が小さい頃なんだけど、お母さんが前のお父さんと別れた直後、私、お母さんと口を利かなかった時期があったの」
「……え?」
「別れたことは前のお父さんに原因があったみたいなんだけど、そんなの知らなかった私は、お母さんがお父さんを追い出したように見えて、お母さんのことが許せなかったの」
由梨ちゃんは懐かしむようにアップルパイを口に含んで続ける。
「すぐにそのことには気づいたんだけど、私も意地になっちゃって踏ん切りがつかずにいたとき、お母さんがここに連れてきてくれたの。そのとき、出してもらったのがアップルパイで。ここのアップルパイを食べたら不思議と素直になれたの」
「そうだったんだ。じゃあ、ここのアップルパイは由梨ちゃんにとって魔法のアップルパイなんだね」
私が言うと、由梨ちゃんも嬉しそうににこりと笑う。
「ま、このアップルパイ自体には魔法も妖術もかけてないがな」
そのとき、厨房の方から私服に着替えた坂部くんが出てきた。
「そんなのわかってるよ」
由梨ちゃんは、そんな夢のないことを言う坂部くんに小さく舌を出す。
「ほら、そんなことやってないで食え。夜も遅い。食い終わったら、由梨と綾乃と一緒に送っていってやる」
「え!? 私も……!?」
「当然だ。変なのに絡まれたら困るだろ?」
驚く私に向かって、坂部くんは呆れたように肩を落とす。
言い方はともかく、心配してくれてるっていうことだよね。
「それと由梨。これ、追加で焼いたから。また、母親と新しい父親と食べられるように」
坂部くんが見せてくれた箱の中には、出来立てのアップルパイが三つ入っている。
もしかして由梨ちゃんがここに来た直後、由梨ちゃんのために残ってた材料でわざわざ……?
厨房にはあとは焼けば完成の状態のアップルパイも少し残っていたから。
「わああ! ギンさん、ありがとう!」
「期限は箱の横側に書いてあるからそれまでに食えよ」
「うん!」
由梨ちゃんの笑顔と坂部くんのさりげない優しさに、私まで胸があったかくなった。
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