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2.恋するレモンチーズケーキ

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「学校でも坂部くんってクラスメイトとも全然溶け込もうとしないでしょ? せっかく人間の高校生の姿になってまで学校に通ってるんだから、気にせずみんなと仲良くしたらいいと思うよ」

「……学校は勉強をするために通うところだろう? 勉強ならちゃんとしてる」


 坂部くんは成績上位者だし、言ってることは間違ってない。

 けれど、人付き合いという点に関して見れば、決して誉められた回答ではないと思う。


「それは間違ってないけど、友達を作って、いろんな世界を持った人と触れ合うこととか、勉強だけじゃない学校でしか学べないことだと思う」

「……そうか。まあ、そうかもしれないな」


 思いの外すんなりと聞き入れてくれたように見えて、一瞬拍子抜けしそうになる。


「人間としてはそういうメリットもあるんだな、学校って。けど、俺はみんなとは違うから」


 しかし、納得したように見えたのは私の勘違いだったようだ。

 私の意見は無用とばかりに突っぱねられてしまったのだから。


 視線を手元に戻す坂部くんに、もうこれ以上話すことはないと、境界線を張られているように見える。

 けれど同時に、坂部くんの横顔からは先ほども感じた哀愁のようなものが見えた。


 私が次の言葉を口にする前に、坂部くんは再び横目で私を見ると、まるで帰れと言わんばかりにシッシッと手でしてくる。


「あんまり遅くなると、その格好じゃ帰り道に補導されるぞ」


 学校帰りにここに寄っている私は、寄り道カフェを出るときは再び制服姿に戻っているから間違ってはないのだろう。

 けれど、やっぱり坂部くんの態度と言動が矛盾しているように感じて、私は思わず言い返していた。
 

「ちょっと、私の話はまだ終わってないんだけど」

「俺は終わったから。帰れ」


 な、何なのよ!

 しかし、確かにもう帰らないといけない時間だ。

 実際に十九時半にお店を閉めたあと片付けを手伝っていたから、二十時を少し過ぎている。

 家は商店街を抜けた先を曲がって少し行ったところだから、このカフェからだと学校から帰るより近い。

 坂部くんの言うとおり、商店街で夜遊びをして帰る部活動生を取り締まるために、毎日というわけではないが、抜き打ちで二十時半以降に学校の先生が見回りをしているという話は学校内で有名だ。

 遊んでいたわけではないのに、先生に捕まってしまうのはさすがに避けたい。


「わかったよ。帰りますよーだ」

 大人げないなと思いながら、行き場を失った気持ちをぶつけるように坂部くんにべーっと舌を出す。


「ああ、気をつけて帰れよ。お疲れさま」

 それなのに、そんな私と対照的に落ち着いた口調でそう返されて、何だか恥ずかしくなった。


 私を雇うとき、坂部くんは、まるで私が何もやってこなかったから何もできないみたいなことを言ってきた。

 そのくせ、坂部くんこそ人間と関わることから逃げてるんじゃないのだろうか。


 人のことをああだこうだ言うくせに、自分はどうなんだって話だ。

 坂部くんが人間が嫌いなら、人間の私を雇うはずがないし、学校にも通わないだろう。


 本当のところは何もわからない。

 けれど、自分はみんなと違うと一線を引いて問答無用で突っぱねようとする坂部くんを許せなかった。

 人には偉そうに言っておきながら、坂部くんは意図的に人間付き合いを避けているんだ。それなら、坂部くんも人間付き合いを克服してから言えって話だ。


 翌日から私は意図的に坂部くんに積極的に話しかけるようにした。坂部くんの人間付き合いを避けさせまいという、ちょっとした反発のつもりだった。

 どうして私から何度も話しかけるのかというと、クラスのみんなも坂部くんが人と一線をおいていることに気づいてしまっているため、必要以上に坂部くんと関わろうとしないからだ。

 放っておいても現状が変わらないのは目に見えていたので、仕方なくという気持ちが強かった。

 さすがに学校で何度目かになると、話しかけたとたん坂部くんはうっとうしそうに私を見やる。


「で、まだ何か用なわけ?」

「えっと、ここの答えなんだけど」

「だから、X=3」

「そうじゃなくて!」

「途中式ならノートに書いてあるの見たらわかるだろ」


 どこからどう見ても黒髪イケメン男子高生の姿の坂部くんに話しかけるのは、正直ハードルが高い。

 それなのに、みんなの注目を浴びる中話しかけても冷たくあしらわれるのだから、だんだんストレスも溜まる。

 しかも私の努力により坂部くんの人間付き合いを避けることを邪魔するどころか、むしろ余計にみんなが坂部くんをより敬遠する要因を作っているようにしか見えないように感じる。

 勢いではじめたことだったけど、私はかなりの難題に首を突っ込んでしまったのかもしれない。


「あー、もう、坂部くんの頭の中って一体どうなってるのよ」


 結局、あーだこーだと言い合って、私は数学のノートを片手に席に戻る。

 明らかに精神的に疲労した状態で机に身を預ける私を見て、明美は異常なものでも見たかのように口を開いた。


「どうしたのよ。最近の綾乃、やけに坂部に話しかけてるけど、そんな仲じゃなかったよね」

「まぁ、そうなんだけど……。ほら、坂部くんって頭いいから、聞いたらすんなり教えてくれるかなって」

 明美には、バイトを始めたことはまだ言っていない。

 バイトを始めたことを知られたらきっと根掘り葉掘り聞かれるし、もしかしたら私のバイト先に来ると言ってくるかもしれない。
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