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9.嘘偽りのない僕はきみと恋をする
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花穂ちゃんが記憶を取り戻して三日後。
新学期を明後日に控えた今日、兄ちゃんの四十九日の法事が執り行われた。
法事の席には、僕の親族に混ざって花穂ちゃんの姿もあった。
兄ちゃんが亡くなった事故のあと、花穂ちゃんは何日も意識がなかったことから兄ちゃんの通夜にも葬式にも出られなかった。
花穂ちゃんはせめて四十九日の法事には参加したいと言って来てくれたのだ。
この三日間、記憶探しの旅をする必要のなくなった僕らは以前のように外を出歩くことはなく、連絡自体も、法事のことについてやり取りをする程度にしか取っていなかった。
というより、今の僕にはそれが精一杯だった。
僕自身、記憶を取り戻した花穂ちゃんと、どう接していいのかわからなかったから。
夏休み中、ああするしか方法が思いつかなかったとはいえ、花穂ちゃんに嘘を重ねていたことに変わりなくて、そのことによる後ろめたさも大きかったんだと思う。
覚悟はしていたけれど花穂ちゃんとの距離が明らかに開いてしまっているように感じるのは、きっと気のせいではないと思う。
「……今日は来てくれてありがとう」
法事が終わり、幾分の後ろめたさを感じながら、親戚の人の中に見える花穂ちゃんに声をかける。
「こちらこそ、わがまま言ってごめんね。ありがとう。リョウちゃんにもちゃんとあの夏祭りの日からのことは謝っておいたわ」
「そっか。僕もだよ、勝手に兄ちゃんのフリしてごめんって。僕のことはともかく、兄ちゃんは花穂ちゃんのことはそもそも怒ってないと思うよ」
「だといいけど」
そんな風に笑う花穂ちゃんの顔は朗らかで、記憶を失っていた間のような、今にも壊れてしまいそうな儚さはない。
全てを思い出した花穂ちゃんが、現実を受け入れて前に進めているということなんだと思う。
「二学期が始まるまでに記憶が戻って良かった。気をつけて帰ってね」
そんな花穂ちゃんを見て、恐らく彼女は記憶を失うほどに自分を責め続けたが、ショックを受けた兄ちゃんの死を受け入れて、自分の中で昇華できたのだろうと思った。
今の彼女なら、きっと空から見てる兄ちゃんも安心できるような気がした。
「あ、ショウちゃん」
「……ん?」
僕が背を向けようとしたところで、花穂ちゃんに呼び止められる。
「このあと、時間、大丈夫?」
親戚のみんなでの食事会は法事の始まる前の昼御飯で済ませているから、もう親戚を見送るだけだ。
片付けといっても、自宅の八畳の和室に人数分の座布団を敷いて執り行われていただけだから、そんな大それたものじゃない。
「少し、話したいんだけど……」
花穂ちゃんは、どことなく思い詰めたような表情をしている。
一体、どうしたというのだろう?
花穂ちゃんに対する後ろめたさがある手前、一瞬、何を言われるのかと内心逃げ腰になってしまった。けれど、もし花穂ちゃんがまた困っているなら助けたい。
「いいよ。ちょっと待ってて。父さんたちにちょっと出るって伝えてくるから」
「……ありがとう」
花穂ちゃんは安堵の笑みを浮かべた。
*
法事の格好のまま外に出るのも微妙な気がして、花穂ちゃんも家が近所だということから、お互いに着替えて出直すことになった。
オレンジの夕陽が差し込む並木道、白いワンピースを着た花穂ちゃんの隣を歩く。
「そういえば、髪、切ったんだね」
「え? ……ああ、うん」
そう。僕は、昨日、以前は目にかかってしまっていた前髪を、まゆ上まで切った。
さすがに前髪だけ切るとバランスが悪くなるから、全体的に短くしたんだ。
元々前髪も伸ばそうと思って伸ばしてたわけじゃなかった。
何となく自分に自信が持てなくて、兄ちゃんに憧れていながらも、兄ちゃんとそっくりの容姿をこれで周囲に気づかせないようにしていた、というのが本心に近いと思う。
新学期を明後日に控えた今日、兄ちゃんの四十九日の法事が執り行われた。
法事の席には、僕の親族に混ざって花穂ちゃんの姿もあった。
兄ちゃんが亡くなった事故のあと、花穂ちゃんは何日も意識がなかったことから兄ちゃんの通夜にも葬式にも出られなかった。
花穂ちゃんはせめて四十九日の法事には参加したいと言って来てくれたのだ。
この三日間、記憶探しの旅をする必要のなくなった僕らは以前のように外を出歩くことはなく、連絡自体も、法事のことについてやり取りをする程度にしか取っていなかった。
というより、今の僕にはそれが精一杯だった。
僕自身、記憶を取り戻した花穂ちゃんと、どう接していいのかわからなかったから。
夏休み中、ああするしか方法が思いつかなかったとはいえ、花穂ちゃんに嘘を重ねていたことに変わりなくて、そのことによる後ろめたさも大きかったんだと思う。
覚悟はしていたけれど花穂ちゃんとの距離が明らかに開いてしまっているように感じるのは、きっと気のせいではないと思う。
「……今日は来てくれてありがとう」
法事が終わり、幾分の後ろめたさを感じながら、親戚の人の中に見える花穂ちゃんに声をかける。
「こちらこそ、わがまま言ってごめんね。ありがとう。リョウちゃんにもちゃんとあの夏祭りの日からのことは謝っておいたわ」
「そっか。僕もだよ、勝手に兄ちゃんのフリしてごめんって。僕のことはともかく、兄ちゃんは花穂ちゃんのことはそもそも怒ってないと思うよ」
「だといいけど」
そんな風に笑う花穂ちゃんの顔は朗らかで、記憶を失っていた間のような、今にも壊れてしまいそうな儚さはない。
全てを思い出した花穂ちゃんが、現実を受け入れて前に進めているということなんだと思う。
「二学期が始まるまでに記憶が戻って良かった。気をつけて帰ってね」
そんな花穂ちゃんを見て、恐らく彼女は記憶を失うほどに自分を責め続けたが、ショックを受けた兄ちゃんの死を受け入れて、自分の中で昇華できたのだろうと思った。
今の彼女なら、きっと空から見てる兄ちゃんも安心できるような気がした。
「あ、ショウちゃん」
「……ん?」
僕が背を向けようとしたところで、花穂ちゃんに呼び止められる。
「このあと、時間、大丈夫?」
親戚のみんなでの食事会は法事の始まる前の昼御飯で済ませているから、もう親戚を見送るだけだ。
片付けといっても、自宅の八畳の和室に人数分の座布団を敷いて執り行われていただけだから、そんな大それたものじゃない。
「少し、話したいんだけど……」
花穂ちゃんは、どことなく思い詰めたような表情をしている。
一体、どうしたというのだろう?
花穂ちゃんに対する後ろめたさがある手前、一瞬、何を言われるのかと内心逃げ腰になってしまった。けれど、もし花穂ちゃんがまた困っているなら助けたい。
「いいよ。ちょっと待ってて。父さんたちにちょっと出るって伝えてくるから」
「……ありがとう」
花穂ちゃんは安堵の笑みを浮かべた。
*
法事の格好のまま外に出るのも微妙な気がして、花穂ちゃんも家が近所だということから、お互いに着替えて出直すことになった。
オレンジの夕陽が差し込む並木道、白いワンピースを着た花穂ちゃんの隣を歩く。
「そういえば、髪、切ったんだね」
「え? ……ああ、うん」
そう。僕は、昨日、以前は目にかかってしまっていた前髪を、まゆ上まで切った。
さすがに前髪だけ切るとバランスが悪くなるから、全体的に短くしたんだ。
元々前髪も伸ばそうと思って伸ばしてたわけじゃなかった。
何となく自分に自信が持てなくて、兄ちゃんに憧れていながらも、兄ちゃんとそっくりの容姿をこれで周囲に気づかせないようにしていた、というのが本心に近いと思う。
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