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8.いつだって、ずっと《梶原花穂》
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何度も突然意識をなくしては直前の記憶までもあやふやになってしまう私のことを、気遣ってくれている。
そんなリョウちゃんを見ると、またか、と思ってしまう。
だけど、いつもはそうだったんだと受け入れるしかないリョウちゃんの話も、今日は違和感を覚えた。
「……私とリョウちゃんは、事故に遭ったんじゃなかったの?」
リョウちゃんは一度まゆを寄せるが、すぐに「ああ」と納得したようだった。
「ううん。でも、花穂が意識を失う直前、学校のすぐそばの道路でガードレールと車の接触事故があったから、そのことかな……?」
違う。それじゃない。
だけど、何だかモヤがかかったみたいになって、すぐにははっきりと思い出せそうになかった。
何となく腑に落ちないままうなずくと、リョウちゃんは軽く微笑んで椅子から立ち上がった。
「じゃあ、花穂の目が覚めたって保健の先生に言ってくるね」
どうやら私は、学校の保健室で眠っていたらしい。
「え? あ、ありがとう」
目が覚めたばかりでぼんやりしていた頭がクリアになるにつれて、さらに強くなる違和感があった。
“本当にわからない?”
保健室の出入り口に向かうリョウちゃんの後ろ姿を眺めていると、どういうわけか突然脳内にリョウちゃんの声がこだました。
違う。リョウちゃんじゃない。
彼は──。
「……ショウ、ちゃん?」
思わず私の口からこぼれたのは、小さくてかすれた声だった。
それでも少し離れた場所にいる彼の耳には届いたようで、ピタリと彼は足をとめた。
驚いたような表情の彼と目が合う。
だけど、きっと私も同じ表情をしているのだろう。
一気に記憶の波が押し寄せて、まるで走馬灯のようにこれまでの記憶がよみがえってくるのだから。
だからやっぱり思う。
ああ、やっぱりあなたはリョウちゃんじゃない。ショウちゃんだったんだって。
「ショウちゃん、なんだよね……?」
ショウちゃんは回れ右をして、再び私のそばまで戻ってくる。
同じ格好をすればリョウちゃんと瓜二つと言われるショウちゃんだったけど、よく見ると違う。
リョウちゃんの首筋にあった小さなホクロは、ショウちゃんにはない。
「花穂?」
ショウちゃんは、疑うような目で私を見ている。
ここ最近、何度も見た顔だ。
倒れて記憶がなくなる直前に私が何かを口走ったとき、ショウちゃんはいつもこんな表情で「まさか思い出した?」と聞いてくれていたのだから。
すっかり抜け落ちてしまっていたその記憶も、今の一瞬でよみがえってきた。
「……全部、かどうかはわからないけど、ほとんど思い出したよ」
リョウちゃんやショウちゃんと過ごした日々のこと、お父さんお母さんのこと、学校の友達のこと、これまで私が生きてきた軌跡も。
リョウちゃんと付き合い始めた日のことも、リョウちゃんと行ったデートも。
そして、蒸し暑い夏の夜のお祭りでの事故も、記憶をなくした私のそばでショウちゃんが私のことを支えてくれていたことも、さっきまで見ていた不思議な夢のことも、全部。
きっと今、ショウちゃんが私に向けて疑問に思っているであろう事柄を、私ははっきりとこたえた。
「……本当に?」
「うん。ずっとショウちゃんのことを思い出せなくてごめんね」
「いや、謝るのは僕の方だから。兄ちゃんって嘘ついて花穂の……花穂ちゃんのそばに居て、ごめんなさい」
ショウちゃんは私の方へ深く頭を下げる。
どうして、ショウちゃんが謝るの?
「やめてよ、ショウちゃん。ショウちゃんは、私のためにリョウちゃんになってくれてたんでしょ? 私が、リョウちゃんのことしか思い出せなかったから」
「……でも、嘘ついて恋人みたいなことをしてたのは変わりないし。怒って責められて当然というかなんというか……」
「そんな風に私は思ってないから。ショウちゃんは悪意を持って私に嘘をついていたわけじゃないでしょ?」
「そう、だけど……」
私の隣にいたのがショウちゃんだとわかって、こうしてショウちゃんと話して、改めて現実を思い知る。
そんなリョウちゃんを見ると、またか、と思ってしまう。
だけど、いつもはそうだったんだと受け入れるしかないリョウちゃんの話も、今日は違和感を覚えた。
「……私とリョウちゃんは、事故に遭ったんじゃなかったの?」
リョウちゃんは一度まゆを寄せるが、すぐに「ああ」と納得したようだった。
「ううん。でも、花穂が意識を失う直前、学校のすぐそばの道路でガードレールと車の接触事故があったから、そのことかな……?」
違う。それじゃない。
だけど、何だかモヤがかかったみたいになって、すぐにははっきりと思い出せそうになかった。
何となく腑に落ちないままうなずくと、リョウちゃんは軽く微笑んで椅子から立ち上がった。
「じゃあ、花穂の目が覚めたって保健の先生に言ってくるね」
どうやら私は、学校の保健室で眠っていたらしい。
「え? あ、ありがとう」
目が覚めたばかりでぼんやりしていた頭がクリアになるにつれて、さらに強くなる違和感があった。
“本当にわからない?”
保健室の出入り口に向かうリョウちゃんの後ろ姿を眺めていると、どういうわけか突然脳内にリョウちゃんの声がこだました。
違う。リョウちゃんじゃない。
彼は──。
「……ショウ、ちゃん?」
思わず私の口からこぼれたのは、小さくてかすれた声だった。
それでも少し離れた場所にいる彼の耳には届いたようで、ピタリと彼は足をとめた。
驚いたような表情の彼と目が合う。
だけど、きっと私も同じ表情をしているのだろう。
一気に記憶の波が押し寄せて、まるで走馬灯のようにこれまでの記憶がよみがえってくるのだから。
だからやっぱり思う。
ああ、やっぱりあなたはリョウちゃんじゃない。ショウちゃんだったんだって。
「ショウちゃん、なんだよね……?」
ショウちゃんは回れ右をして、再び私のそばまで戻ってくる。
同じ格好をすればリョウちゃんと瓜二つと言われるショウちゃんだったけど、よく見ると違う。
リョウちゃんの首筋にあった小さなホクロは、ショウちゃんにはない。
「花穂?」
ショウちゃんは、疑うような目で私を見ている。
ここ最近、何度も見た顔だ。
倒れて記憶がなくなる直前に私が何かを口走ったとき、ショウちゃんはいつもこんな表情で「まさか思い出した?」と聞いてくれていたのだから。
すっかり抜け落ちてしまっていたその記憶も、今の一瞬でよみがえってきた。
「……全部、かどうかはわからないけど、ほとんど思い出したよ」
リョウちゃんやショウちゃんと過ごした日々のこと、お父さんお母さんのこと、学校の友達のこと、これまで私が生きてきた軌跡も。
リョウちゃんと付き合い始めた日のことも、リョウちゃんと行ったデートも。
そして、蒸し暑い夏の夜のお祭りでの事故も、記憶をなくした私のそばでショウちゃんが私のことを支えてくれていたことも、さっきまで見ていた不思議な夢のことも、全部。
きっと今、ショウちゃんが私に向けて疑問に思っているであろう事柄を、私ははっきりとこたえた。
「……本当に?」
「うん。ずっとショウちゃんのことを思い出せなくてごめんね」
「いや、謝るのは僕の方だから。兄ちゃんって嘘ついて花穂の……花穂ちゃんのそばに居て、ごめんなさい」
ショウちゃんは私の方へ深く頭を下げる。
どうして、ショウちゃんが謝るの?
「やめてよ、ショウちゃん。ショウちゃんは、私のためにリョウちゃんになってくれてたんでしょ? 私が、リョウちゃんのことしか思い出せなかったから」
「……でも、嘘ついて恋人みたいなことをしてたのは変わりないし。怒って責められて当然というかなんというか……」
「そんな風に私は思ってないから。ショウちゃんは悪意を持って私に嘘をついていたわけじゃないでしょ?」
「そう、だけど……」
私の隣にいたのがショウちゃんだとわかって、こうしてショウちゃんと話して、改めて現実を思い知る。
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